第2話 脱出ゲームじゃなかった

 あれから10分程度、部屋の中を見て回った。

 わたしは美味しいものは手をつけずに取っておいてから、最後に楽しむタイプだ。なのであからさまに怪しいタブレットはそのままに、白い壁面、天井、床、ベッドの下、椅子の下、化粧台など色々調べてみたけれど、結局【特典】は見つからなかったし、出入り口につながりそうな物も見つからなかった。探し残しは無いと思う。


 満を持してタブレットを調べてみる。液晶に触れると、白い背景に黒字で文字が表示された。


『ご愁傷様です』


 いきなりお悔やみを申し上げられた。遺族に対してではなくて死者本人に告げる言葉としては適当なのだろうか。なかなかにレアケースかもしれない。続けて液晶に触れてみる。


『既にご理解の方もいらっしゃるかもしれませんが、説明させて頂きますと、貴方様は亡くなっており、前世の肉体は生命活動を停止しております。遡行不可能であるためご了承頂きますようよろしくお願いします。』


 やはりわたしは死んでしまったようだ。目が覚めてからだいぶ時間が経っての状況説明の遅さにイライラが再燃してくるけれど、探索順序として本来はタブレットが先だったのだろう。わたしが先に捻くれて別の場所を探したから順序が狂ってしまったようだ。


「ここから出してください、喉が渇きました。マスターカシオレ一つ!」


 試しに適当に会話を振ってから、液晶に触れて次を促してみる。


『理不尽な死を迎えた貴方様に、新たな人生、セカンドライフを提供させて頂きます。』


 とりあえずこちらの発言に対して、今はキャッチボールをしてくれる気は無いようだ。定型分なのかもしれない。というか脱出ゲームだと思ってたのに異世界転生っていうやつかな。ちょっとやる気が出てきました。


『貴方様はこれから、貴方様が元いた世界と類似した別世界へと転移されます。その世界は元の世界でいうところのゲームのように、自然環境にモンスターが存在し、現地の人類は資源、外敵としてモンスターを討伐しています。剣や槍、魔法を用いる、個人での戦闘力が必要になる世界です。貴方様はその世界で自由に生きることができますが、最低限の戦闘能力は有していた方が良いでしょう。これから貴方様のキャラクターステータスを確認頂きますが、準備がよろしい場合は《準備OK》を選択の上、《ステータス》と発言をお願い致します。』


 画面に《準備OK》と《まだ》の二択が表示される。部屋の探索は既に終わっているし、やり残したことも無いので、指示通り準備OKを押す。


「ステータス……ってうぉっ!びっくりしたあ」


 突然、それまで触っていたタブレットが消え去り、代わりに目の前に半透明の画面のようなものが現れた。画面は《アバター》、《スキル》、《アイテム》の項目があり、わたしの姿のアバター?らしきものが表示されている。恐る恐る画面を指で触ろうとしてみると、触れた感触をしっかりと感じられる。少し軽めにビンタするつもりで触ろうとすると、今度は何の抵抗もなく透過してしまった。SF映画とかでよくある謎技術を実体験してしまった。


 アバターの項目を選択すると種族や瞳の色、身長などの変更が可能になったようで、試しに目の色を金色に変えてみた。これじゃない感が凄い。大人しく元の状態に戻す。


 種族はエルフやドワーフなど様々選べるようで、種族特徴なども詳細が記載されている。吸血種、魔族なども選択肢にあるので、選ぶつもりは無いけれど、特徴などの解説は一応全て目を通しておく。わたしは普通の人間でありたいのでヒュームという種族を選択する。長命種を選んだら千年以上生きてしまいそうだし、種族特徴の強い種は差別などが怖い。身長などの体格もそのままでいい。体の大きさが変わることで、歩き方などの動作に不慣れになるのが怖いし。ただ、わたしの身長は平均身長より若干低いので前世では若干不便なところもあったのが少し気にはなるけれど。アバターの設定を終えた段階で、わたしの能力値が仮決定したようだ。


 名前:リン

 種族:ヒューム

 魔法系統スキル:未取得

 戦闘系統スキル:未取得

 生産系統スキル:未取得

 技術系統スキル:未取得


 Lv.1

 魔力:    8/8

 筋力:    5

 知力:    9

 防御力:   8

 魔法防御力: 9

 敏捷:    10

 技術:    11

 SP:     5


 上記のようになった。名前は前世のままだ。


 体力というかHPっぽいものの表記が無い、驚いたけど、理屈は何となくわかる。ゲームだと、例えばHP:1/1000の状態でもポーション飲んで回復できるけど、実際はそんな状態でポーションなんか飲んだら溺れ死にそうな気がする。デコピンや時間経過でも死にそうだし動けなくて死を待つくらい、瀕死だろう。転移後の世界がゲームではなく、リアルだとしたら、体力を数値化していないのも納得できる。不安だけどできるだけダメージを受けないように立ち回るしかないかな。魔力は現在値と最大値の表記から考えてMPのようなものかな。筋力は攻撃力、知力は魔法攻撃力と考えて良いだろう。それにしても……。


「うわっ……わたしの筋力、低すぎ……?」


 比較基準がない為、判断しにくいが相当低いのではないだろうか。今のステータスでは前に出て戦う戦士タイプは私には向いていなさそうだ。自分よりでかい斧や大剣をぶん回して戦いたかったけど無理そうだ。かと言って……。


「魔法の適性もそんなに高くなさそうなんだよね。一番高いのは技術で、次は敏捷……」


 斥候みたいなステータスだけど、逃げ足が早そうなのはポジティブに考えよう。わたしは勇者や英雄になりたいわけじゃないし。攻撃手段はスキルに良さそうなのがあれば良いけれど。


「これでおっけー!次はスキルかな、どれどれ……」


 スキルは初級スキルだけが表示されており、選べるようだ。スキルツリー化はされていない。解説を見ると各スキルは最低Lv1、最大Lv10まで成長させることができ、覚えていないスキルでも普段の行動次第で新規で覚えることができる。今表示されているスキルはスキル全体の内のごく一部のみのようだ。現状私に与えられているSPは5で、1ポイント消費してスキルを1つ覚えられるみたい。あと、レベルが1上がる毎に、新規でSPが1貰えるみたいだ。今取得出来るスキルは、転移後でも取得できるようなので、急いで振る必要はないだろう。どんなのがあるのかだけ見ておこう。


 戦闘系統スキル

《剣術》、《短剣術》、《槍術》、《斧術》、《槌術》、《弓術》、《杖術》、《格闘術》、《盾術》

 魔法系統スキル

《火魔法》、《水魔法》、《風魔法》、《土魔法》、《雷魔法》、《氷魔法》、《闇魔法》、《光魔法》

 生産系統スキル

《解体》、《料理》、《採取》、《採掘》、《伐採》、《狩猟》

 技術系統スキル

《鑑定》、《隠蔽》、《気配察知》、《体術》、《投擲術》


 現状だと28種、ここから5種選ぶことになる。初期スキルというだけあって、《空間魔法》とか《経験値10倍》とかチートっぽいスキルはないようだ。まあないものは仕方がない。各スキルの解説が載っていたので、使用を確認していく。とりあえず《鑑定》は必要かな、チートっていうかもはや必須スキルだよね。魔物と戦うにしても相手の戦力がわかるのは強い。《水魔法》も欲しい。水分補給しないと死んでしまうし、体を清潔にするのにも使う。《気配察知》、《隠蔽》なんかもあったほうが良いだろうけど、ポイントが少なくて悩ましい。今の候補としては、《鑑定》、《水魔法》、《短剣術》あたり。


 最後に《アイテム》を確認していく。


 アイテムの確認画面でまず先に目を引いたのが、特典1と特典2の項目だ。スリッパと靴下に隠してあった特典がここで貰えるようだ。特典1を選択する。


「なになに?マジックポーチ!やった!」


 特典1で貰えるアイテムは、下級マジックポーチらしい。仕様としては容量制限が有り、時間経過もするようだが、重量が1/10になる。これが無料で貰えるなんて贅沢すぎる。アイテムを選択すると目の前にベルトの付いたベージュ色のポーチが現れた。ポーチにしては少し大きめで、サイズ感としてポシェットに近いような大きさだ、腰に巻いて使えそう。うまうま。


「開けてみよ。おー真っ暗だ、底が見えない、なんか怖いな」


 ポーチの留め具を外して中を覗いてみると、そこには真っ暗闇が広がっている。恐る恐る手を入れてみる。肘まで入ったところで怖くなってやめた。


「次は特典2っと……、鑑定眼鏡!」


 またもや便利アイテム!細めの銀縁ボストン型眼鏡だ!性能は下級と書いてあるけど、使ってみてのお楽しみだね。


 ふと思いついたので、眼鏡をかけてさっきのポーチを調べてみる。眼鏡をかけた状態で頭の中で(鑑定)と唱えると、《下級マジックポーチ》という情報が頭に染み込むように流れてくる。下級というだけあってあまり詳しいことはわからないみたいだけど、しばらくはこれを使えば、《鑑定》スキルにポイントを振らなくても良いかもしれない。


 特典の確認を終えたので、改めて他のアイテムを確認していく。


《異世界生活セット入りバックパック》を選択すると、ショルダータイプの革製のリュックサックが目の前に現れた。リュックの外側に毛布を巻いて丸めたような布も取り付けてある。中に色々入ってるみたいだ。リュックを開いて中身を取り出して、一つ一つベッドの上に並べていく。


 リュックの中身は刃渡り15センチくらいのサバイバルナイフと鞘、コッヘル×2、木製の先割スプーン、火打石、厚手のマント、ランプ、ランプのオイル、タープ、ロープ、細めのロープ×3、布の小袋×3、水入り皮袋、金貨2枚、銀貨10枚、銅貨10枚。ポーションが1本。


「キャンプ道具一通り集めた感じ。経験ないから慣れないうちは大変そう」


 リュックの中身に関してはステータスウィンドウによる解説が一切無く、リュックが現れてからはウィンドウの表示からも消えていた。眼鏡で鑑定したから分かったけど、火打石とかキャンプ未経験の人は何に使うのか分からないかもしれない。実際にわたしは火打石っぽいなとは思ったけど確信が持てなかった。こういう時の為にも眼鏡があって良かったと思う。


 リュックに荷物を整理して、ついでにマジックポーチの検証もしてみよう。使用頻度の高そうなお金や、ポーション、マント、嵩張って重めのタープなどを入れていく。タープを入れる際にロープで括って、ポーチの検証をしてみた。解いたロープを10メートルくらい入れてもはみ出したりなどはせず、どこまでもロープが張った状態で入っていくのをみてやっぱり怖くなった。取り出したいものを思い浮かべながらポーチに手を入れると指先に触れる感触が有り、掴んで引っ張ると無事に欲しいものが出てくる。こんな便利なものが安いわけがないので、所有していることを他人には知られないほうがよさそうだ。ポーチだけでも荷物の運搬には十分だけれど、リュックはカモフラージュ様に持ち歩いておこう。


 最後にウィンドウの《装備》を選択すると、武器と服装を選択するように指示される。武器は剣、短剣、槍、斧、ハンマー、弓矢、杖、盾。盾は武器ではなく防具じゃないのかと思ったけどわたしは選ばないから関係ない。試着が可能な様なので、一先ず短剣を選択する。刃渡り40センチくらいのシンプルな剣が現れる。鞘から抜いて、ぶんぶん振ってみる。


「せいっ!やぁっ!とぅっ!」


 斬り下げ、斬り上げ、払い、突きをそれぞれやってみたけど、このくらいの重さならわたしでも扱えそうだ。剣や斧も使ってみよう。


 ウィンドウを操作して短剣を戻し、剣を選択する。剣幅が広めで、長さが80センチくらいの剣が現れる。持ってみたけどもうこの時点で重い。鞘から抜いて、慎重に上段から振り下ろす。ギィィィンと音がして、床に傷が付いた。手が痺れる。わたしは黙ってウィンドウを操作して剣を片付ける。


 次に斧を取り出す。両刃で、柄が木で出来ていて、かなりでかい。柄が木ならワンチャン軽いかもしれないと思っていたが当たり前に重い、両手を使っても振り上げることすらできない。危なっかしいので諦めて斧をしまう。


「そもそもわたしの身長だと、獲物が軽くて斬り下げができたとしても、長さがあると斬り上げができないんだよね、地面で弾かれて隙だらけになるもんね。やっぱり短剣かな。低身長デカ武器戦士はロマンだけどあれはファンタジーだよ、斬り上げするためにジャンプするとか馬鹿だよ、諦めよう」


 《槌術》も確認しようかと思っていたけど、すっぱり諦めよう。どうせ適正じゃないんだ。名残惜しいけれどウィンドウを操作して短剣を取り出す。武器は決まった、次は服装選択だ。



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