異世界脳破壊
スケキヨに輪投げ
白い部屋脱出編
第1話 死んだら閉じ込められた
目が覚めたら、10畳くらいの四角い部屋の中にいた。
室内には窓や扉はなく、白い壁に囲まれており、部屋の中には私が横になっているベッドと、椅子と化粧台、化粧台の空きスペースに電子タブレットのようなものが置いてある。私の他には誰もいない。
「えーなんなのこの状況……」
心当たりが全くない状況に溜息が出る。
確かわたしは、昨日は早めに仕事を上がって、自宅に帰るために駅で……。
「あー……思い出した。駅のホームから落ちたんだ。そんでタイミング悪く電車がやってきて……」
電車を待っていたら背後から衝撃があって、目の前の線路にわたしは落ちていく。落ちながら振り返ったら、見覚えのある女がそこにいて、ニヤニヤと笑みを浮かべてわたしを見ていたのを覚えている。
自分の体を見回して、腕を回したりしてみるが、痛みも無く体に異常はないようだ。まあ電車に轢かれた記憶が事実であれば、仮に生きていたとしても、当然五体満足ではいられないと思う。
「電車に轢かれちゃったのに体は健康そのもので、死んでいない?ここはあの世ってこと?あの女に殺されちゃったってことか。はぁ……」
わたしはここ半年くらい、頭のおかしいストーカー女に付き纏われていた。
会社の同僚の元カノらしいその女は、その同僚と親しくしていたわたしに逆恨みし、何度か問題を起こしていた。自宅を特定されてしまったらしく、ポストに呪いの手紙を投函されたり、会社の前で張り込んでいたり。鬱陶しくてほとほと困っていたけれど、ついにはやらかされてしまったようだ。そもそもわたしは同僚と特別に親しくしていたわけではなく、仕事上の付き合いでしかないし、完全にあの女の勘違いだ。方法があれば復讐してやりたいのは山々だけれど、死んじゃったのならどうしようもない。どうしようもないのだ。
「でも死んじゃったんならここはやっぱり天国?それとも地獄かな?」
この部屋には光源がない。外部と繋がる窓なども見当たらないが、なぜか明るい。部屋の壁の白さで明るさを保っているのだろうか。わたしが無知なだけかもしれないけど、この謎テクノロジーも、あの世説を後押しする。
とりあえず、この部屋から脱出することを目標にしよう。
ベッドから降りようとして足元を見ると、ご丁寧にスリッパが置かれてあった。わたしはまずはスリッパを履こうとしたがふと思いとどまって、ベッドの上からスリッパへ腕を床に伸ばして手に取る。
「脱出ゲームだと初期地点で手に入るものにグッドエンドのキーアイテムがあったりするよね……うわっ!ほんとにあったよ!マジかよ!」
スリッパを裏返すと、片足の裏面に【特典その2】と日本語で書かれたシールが貼ってあった。
「自分のことながらよくこんなのに気づいたな、天才か。でもコレってなんの役に立つんだろ?スリッパ型の鍵穴でもあるの?とりあえず履かないで持っておこうかな」
素足で歩いたところでスリッパと対して変わらないし、そもそも普段、家でスリッパを履く文化がわたしには無い。でもトイレとキッチンはさすがに履きます。
『【特典その2】を取得しました』
なんの前触れもなく、静かな声がわたしの頭の中に響いた。男性のものとも、女性のものとも聞き取れるその声は外部からではなく、わたしの頭の中に直接発生してるのが感覚的に分かった。
突如聞こえたその声にわたしは警戒して身構えたけれど、10秒経っても30秒経っても声に続きは無い。
「なんなんですか……説明してくださいよぅ……もう嫌だよなんなんだよ……」
死んでしまったかもしれないという現状と、立て続けに起きる意味不明な状況に、唐突に不安が押し寄せてきて、わたしの心は限界を迎えた。死後の世界という現状を無理やりテンションを上げて誤魔化そうとしたけど、もう無理だ。怒涛のように弱気な感情が湧いて出てくる。なんでいつも理不尽なことが起きるのだろう、両親は若くして事故死し、苦労して就職した会社は入社三ヶ月で社長の不祥事で大暴落、転職先ではストーキングされ、死んだらあの世で脱出ゲームもどき。到底受け入れられない。せめて死んだところで終わらせてほしい。あの時死んでいれば死んだ不幸に気づかずに逝けたのに。
ひとしきり泣きじゃくって、体感10分くらい経ったところで、少し落ち着いて冷静になる。もう、どうしようもないし、とりあえずここから脱出することだけを考えよう。脱出した後にどうなるかとか考えても仕方ないし。
さっきの脳内アナウンスでは、『取得した』と言われた。それにその2っていうことは一つ目があるって考えるのが筋というものではないだろうか。特典を取得することでどのようなメリットデメリットがあるのかは分からないけれど、わざわざスリッパの裏なんかに隠しているくらいだからボーナス的要素が強いはずだし、デメリットが発生するとは考えづらいと思う。他にも特典を探してみるべきだろう。
少し考えてみよう。このよく分からない脱出ゲームを仕込んだ何者かの立場になった時に、わたしなら特典をどこに隠すだろうか。その2はスリッパの裏にあった。であれば……。
自分の体を確認する。今の今まで全く違和感を持たなかったけれど、今の服装はわたしが死んだ時と変わっている。会社帰りだったため当然、当時の格好はスーツ姿だ。しかし今は病院服のような薄水色の貫頭衣を着ている。下着もわたしの所持していたものとは違うが、一応は着用していた。そして両足には白い靴下を履いている。くつした?
「靴下はなんか違和感あるな、コレかな?」
脱いで確認してみると、左足に履いていた靴下の底に【特典その1】と刺繍がされてあった。これスリッパの方を見つけてなかったら気づかなかったかも。
『【特典その1】を取得しました』
「お!またきたね!へーい!特典って何さ!教えてプリーズ!」
……。
「説明が欲しいよー!この靴下とスリッパいつまで持ってればいいんだよー!荷物になるからここに置いといていい?それとも常に持ってた方がいいです?」
……。
……。
ガン無視決めやがって許すまじアナウンサーめ!
謎の声から全く反応は得られないけれど、とりあえずベッドの上から降りて散策を開始しよう。
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