夫が勇者になりまして

中田カナ

夫が勇者になりまして


「ただいま~」


 いつものようにのほほんとした表情の夫が帰ってくる。

「おかえりなさい。今日はちょっと遅かったのね」

「うん、いろいろあってさ~。あとでゆっくり話すね~」


 夕食の場で聞こうと思ったけど、話が長くなるとかで食後のお茶の時間にまわされた。

 私はお酒が全然ダメなので団欒のお供はもっぱらお茶。

 反対に夫はどれだけ飲んでも顔色も態度も変わらないくらい強い。

「家でも遠慮せず飲んでもいいのに」

 とよく言うんだけど、

「君と同じものが飲みたいからこれでいいんだよ~」

 と言ってくれる。


「それで今日遅くなった理由なんだけどさ~」

 お茶のカップを手にしてゆっくりと飲む夫。


「こないだ大神殿で『選ばれし勇者はこの国の王宮の中にいる』って神託があった話、覚えてる~?」

「覚えてるわよ、大騒ぎになったじゃない。王宮の宝物殿にある台座に刺さった聖剣を引き抜いた人が勇者って話でしょ」

 誰がやってもびくともしなかったという話はあちこちで聞いている。

「でも、それがどうしたの?」


「それ、僕が引き抜いちゃった~」

「…は?!」

「だから僕が勇者に選ばれちゃったみたいなんだよね~」

 へらっと言ってるけど、マジか。


「騎士団や王宮警護の近衛兵は誰も引っこ抜けなくてさ、事務方や雑務担当にまで順番がまわってきちゃったんだ~」

「ああ、うちの部署にも連絡が来てたわね。明日からだったらしいけど」

「僕は今日呼ばれたんで、どうせ無理だろうな~とか思いながらやってみたら、するっと抜けちゃったんだよね~」

 ああ、今後のことをを考えると胃が痛くなりそう。


「貴方、王宮図書館の司書のはずよね?」

「うん、一番下っ端だけどね~」

 ちなみに私も王宮勤務で、いろんな部署を経験して現在は経理会計部門だ。


「剣とかって使えるの?」

 無駄だとわかってはいるけど一応聞いてみる。

「学院で一応は習ったけど、剣術の成績はひどかったからたぶん無理~」

「そりゃそうよねぇ」

 いわゆる幼馴染の関係だったので子供の頃からよく知っている。

 この人、身体を動かすのは本当に苦手なんだよね。

 鬼ごっことかではいつも私がかばってたし。


「それで勇者になったら何かしなきゃならないの?」

「えっとね、魔王討伐に行かなきゃならないんだって~」

「それって大任じゃない!」

「うん、そうなんだよね~」

 あいかわらずのんきすぎる夫。


「それで費用とかは王宮がすべて出すけど同行者とかは任せるって~」

「誰かあてはあるの?」

「全然ないよ~」

 そりゃそうだ。

 夫も私も王宮勤めではあるけれど平民の出だもの。


 お茶を飲みながらしばし考える。

 この人を誰かに任せるなんて無理だ。

 こんなのんき者、お世話する人に申し訳なさすぎる。

 そうなれば答えは1つ。


「わかった、それなら私が一緒に行く!」

「わぁ、ホントに?!君が一緒なら心強いな~」

 こうして私達の新婚旅行は魔王討伐に決まった。

 結婚してから遠出なんて1度もしてないから、これが新婚旅行だよね。



 翌日から夫に代わって私が王宮の各部署と交渉し、私の同行も認めさせ…認められた。

 魔王討伐の旅は出張扱いになり、日当もつくし必要な経費はきっちり請求できる。


 そして表向きは地方視察ということになった。

 国民を不安にさせないようにするためなんだとか。

 立ち寄る各地の役場で必要なお金を受け取ったり経費の精算が可能。

 成功報酬や復職時の地位の保全、失敗した場合に故郷の家族への支払うお金なんかもきっちり取り決めた。


「君がいなくなると本気で困るんだけど~?!」

 上司や同僚には泣きつかれたけど、もちろん仕事の引継ぎもきっちりとこなす。

 相手がどんなに偉くても一歩も引かないことから、不本意ながら『経理の鬼姫』とか呼ばれていたりする私。


「大丈夫ですよ、なんとかなりますって」

 私は相手によって出方もいろいろと変えているので、もちろんそのあたりもしっかり伝授した。

 上手くできるかどうかは知らんけど。


 私が王宮の各部署で交渉している間、夫は長旅に必要なものを揃えたり、魔王討伐に関する資料を読み漁ったりしていた。

「普段は入れない王宮の古文書館にも入れてもらえたんだよ~」

 本と歴史が大好きな夫は嬉しそうだ。


「それで何か収穫はあったの?」

「あったよ~。でも、まだ情報を整理しているところだから、ある程度考えがまとまったら話すね~」

 この人の記憶力と分析力は信頼できるから大丈夫だろう、たぶん。


 魔王討伐はいわば極秘任務なので、ひっそりとした出陣式を終えて貸与された幌馬車で出発した。

 見た目は簡素だけど一応は王宮の紋章がついている。

 表向きは出張だからね。

 田舎育ちの私達は馬車くらい楽に扱えるし、騎乗だってバッチリいける。

 いや、夫はちょっと怪しいけど、馬がお利口なら大丈夫かな。


「いい天気だねぇ~」

 御者台に並んで座る夫が空を見上げる。

「そうねぇ、本当にいい天気」

 魔王討伐に向かっているとは思えないくらいののどかさだ。


「僕、この旅で各地の郷土史とか伝承の本も集めたいんだよね~」

 夫は子供の頃から本の虫とか呼ばれていた。

「いいんじゃない?昔からそういうの好きだもんね」


 急にこちらを向いて、にへらっと笑う夫。

「ど、どうしたの?」

「君と結婚してよかったな、って思ってさ」

 馬車のたづなを握る私の手に夫の手が重なる。


「な、何よ、急に」

「僕って昔からどんくさいとかへらへらしてるとか言われてたけど、君だけは僕を否定しないでいてくれた。それがとても心強かったんだ」

 重ねられた手に少しだけ力がこもる。

「…だって、いつだってがんばってたのを知ってるもの」

「うん、いつも見守っててくれたのがうれしかった」

 手の熱から思いまで伝わってくるようだ。


「そ、それを言うなら、そっちだっていつも私を助けてくれたじゃない」

「あはは!君は曲がったことが大嫌いだから、いろんな人と衝突してたもんね」

 ううっ、おっしゃるとおりです。


「自分でもわかってるのよ、余計なこと言わなきゃいいのにって。でも、いつだって貴方が間に入って上手く収めてくれてた」

「君のためなら僕は何だってがんばれるからね」

 私が悲しい時や苦しい時、いつも誰よりも早く気がついて力になってくれた。


「その、いつもありがとね」

「こちらこそ」

 幼馴染から始まったから劇的な恋じゃなかったけれど、私達には確かな絆がある。

 青空の下で馬のひづめの音を聞きながら実感した。


「あのさ、今夜はイチャイチャしたいな~」

「ダーメ!そういうのは役目を終えてから!」

 出発前に話し合って子作りは無事に任務を果たしてからと決めていた。

「ちぇっ。でもエッチなことはほ~んのちょっとしかしないから、ベタベタさせて~?」

「…ほどほどにね」

 どうも私はこの人のおねだりに弱いんだよねぇ。



 旅は順調に進んでいく。

 私は各地の役場に立ち寄って業務の手順や課題を話し合い、報告書にまとめて発送する。

 その間に夫は現地の図書館や郷土資料館、遺跡などに足を運ぶ。

「今日行った図書館、規模は小さいけどすごくよかったよ~」

「こっちも事務作業の改善につながりそうないい収穫があったわ」

 領主の館や役場に紹介された宿に泊まり、夜はあれこれと話し合う。


「えっと、ここは右だってさ~」

 魔王城への道は聖剣が知っているらしく、道の分岐点では夫の指示に従う。

 本来の大きさは大剣なんだけど、持ち主の意思で大きさが変わるようで普段は短刀サイズで夫の鞄に納まっている。


「こいつって結構毒舌なんだよね~」

 聖剣の声は夫にだけ聞こえるらしい。

「へぇ、そうなんだ」

「でも君のことは行動力とか折衝能力とかを褒めてるよ~」

「あら、そうなの?」

 聖剣に認められて悪い気はしない。


「でも、ボンキュッボンじゃないのは残念だって言ってる~」

 ちょっとカチンときた。

「そいつ、寄越して。あの橋から川にぶん投げるから」

 つかもうとしたら夫の鞄の中へ逃げ込みやがった。


「平謝りしてるから許してあげて~」

 仮にも聖剣だから本気で投げる気はなかったけどさ。

「次はないからね。言っていいことと悪いことはちゃんと教えておくように」

「は~い、努力はしてみる~」

 ちゃんとわからせなさいってば。



 夫婦2人と聖剣1本の珍道中は続く。

 実感はあまりないけど、夫が言うには魔王領が近くなってきたらしい。

「それにしても、なんで騎士とかじゃない人が選ばれちゃったのかしらねぇ?」

 ふと思った疑問を口にしてみる。


「あ、それはなんとなくわかってるかな~」

「そうなの?」

 さんざん文献を読み漁ってたから推測できているらしい。

「うん、たいていは魔王領の内政問題が発端っぽいんだよね~」

「?」


「例えば世代交代とかで上手く統制が取れなくなったとするでしょ?」

「うん」

「反乱分子が現れたり内政問題を他にすり替えようとして人間界を襲うようになったりした場合、聖剣の持ち主である勇者は武人になるみたいなんだよね~」

 なるほど。


「じゃあ、今回は?」

「たぶんまだそこまではいってないんだと思うんだ~」

 求められているのは武力じゃないってことか。

「つまり、魔王領の内政問題かなんかを解決すればいいってこと?」

「うん、僕はそう思ってる~」

 短剣モードの聖剣を鞄から取り出す夫。


「だって聖剣は君も勇者だって言ってるもの~」

「へっ?私?」

 聖剣がぽわっと光を放つ。

「僕達2人で勇者なんだってさ~。王宮での聖剣チャレンジ、女性職員まで対象になってたら君も抜いてたと思うよ~」

 マジか!

 それはちょっとやってみたかったかもしれない。


「だって大剣モードの聖剣を持てたでしょ~?」

「うん」

 大きさのわりにはえらく軽くてびっくりしたんだよね。

「僕が抜いた後で王宮でいろんな人が持ち上げようとしたけど、誰も歯が立たなかったんだよね~」


 えっ?

 あまりに軽いんで片手で振り回してたんだけど。

「あの騎士団長ですら全然持ち上がらなかったよ~」

 常人離れした筋肉を誇るあの騎士団長が?

「つまり選ばれた人しか持てないわけで、君もその1人ってこと~」

 そうなのか。

 でも私には聖剣の声は聞こえないから、あくまで勇者は夫なのだろう。


「2人で勇者か~。それで私達は何をすればいいわけ?」

「聖剣が言うには、僕達にできることをすればいいんだって~」

「そんなこと言われても私ってただの事務方だよ?」

 困惑する私にニッコリ笑う夫。


「それでいいんじゃない~?問題をハッキリさせて解決していく、いつもの君でいいんだからさ~」

 いつもの私、か。

 配属された各部署では時には衝突しながらも業務改善を目指してきた。


「そっか、わかった。私にどこまで出来るかわからないけど、とりあえずがんばってみるよ」

「そうそう、それでこそ『経理の鬼姫』だよ~」

「鬼姫って言うな!」

 ぷんすか。



 魔王領へ行くためには空間のゆがみを通らなければならないらしい。

 だが、そのゆがみの位置は日々変動するのだそうだ。

 聖剣はゆがみの位置を正確に把握できるそうで、私達は何の問題もなく馬車ごと魔王領へ入ることができた。

 いろんな種族が暮らしているそうだが、人間は極めて少ないと聞いている。

 だから私達は魔王領に入ってからフードをかぶっているわけなのだが。


「あ、思い出した。これ、つけてみてよ~」

 森で休憩中に夫が幌馬車の荷物の中から取り出したのは猫耳つきのカチューシャ。

 私の髪色に合わせているのか黒い猫耳だ。

「何これ?」

「王都で流行ってる猫耳カフェの女給さんがつけてるんだって~」


 職場の雑談で作り物の猫耳と尻尾をつけた若い女性が給仕するカフェが人気だと聞いたことがある。

 男性達が鼻の下を伸ばしているだけでなく、若い女性にも女給さんの衣装や料理の盛り付けがかわいいと評判なのだとか。

「料理を持ってきたら目の前で『にゃんにゃんにゃにゃにゃん、美味しくなぁれ♪』っておまじないをしてくれるんだって~」

 その後も楽しそうに説明を続けるのだが、やけに詳しいんじゃございませんこと?


「…貴方、そういうところに行ってたわけ?」

 尋ねる声が思わず低くなる。

 私の声音の変化に気付き、あわててぶんぶんと首を横に振る夫。

「い、行ってない!絶対に!女神様に誓ってもいい!カフェの猫耳を作った魔道具師が僕の友達なんだってば~」

 そういえば大発明家を自称している愉快なお友達がいたわね。


「と、とにかくつけてみてよ。魔王領では獣人はめずらしくないそうだから、フードよりは怪しくないと思うからさ~」

 それは一理あるわね。

 受け取って頭につけてみる。

「あれ、これってちょっと動く?」

 頭の上で小さな振動を感じる。


「そうなんだよ!本物の猫の耳みたいでしょ?しっぽも動くんだよ~」

 そう言って荷物の中から黒いしっぽまで取り出す。

「ねぇねぇ、しっぽもつけてみてよ~」

「やだ。馬車で座るのに邪魔じゃない」

「じゃあ宿に着いたらつけてみてよ。ちょっとだけでいいから、ねっ?お願い~」

 その日の夜のことはあまり思い出したくないにゃん。



 猫耳効果かどうかは知らないけれど、その後の魔王領内の道中は特に問題が起きることもなく魔王城にあっさり到着。

 時々ぴくぴくする猫耳にもすっかり慣れてしまった。

 ちなみに夫も猫耳カチューシャをつけてるけど、髪の色に合わせて茶色だ。


「着いちゃったわね。これからどうするの?」

「もちろん正々堂々と行くよ~」

 道中、夜は私を宿に残して酒場へ情報収集に行っていた夫。

 御者台からぴょんと飛び降りると、通用門の門番にニッコリ笑って大きな声を出した。

「求人募集を見て来ました~!僕達2人とも経験者なので即戦力になれると思います~」


 魔王城はよほど人手不足なのか、人間界のとある国で事務方をしていたと伝えたらあっけなく採用された。

 数はそう多くないけど、人間界でも地域によっては獣人が暮らしていたりする。

 まぁ、私達は偽者なんだけどね。


 面接の相手は宰相さんで、聞けば吸血鬼の一族とのこと。

 ただ、現在の吸血鬼族は生き血をすすることはないそうで、魔力枯渇時に輸血に頼る程度なんだとか。


「僕はともかく妻の事務能力はすばらしいものがあり、きっとお役に立てるはずです~」

「夫の記憶力、そして分析力はとても優れております。まずは試用でかまいません。どうか雇っていただけませんでしょうか?」

 もちろん勇者がどうこうのあたりは伏せたが、私達の経歴を説明して宰相に雇用をお願いした。

「諸事情により城内が混乱しており、私も手がまわらないのは実情です。まずは3ヶ月は試用期間といたしましょう」

 こうして私達は魔王城の潜入にあっさりと成功した。


 せっかちな私はその日のうちに宰相の許可を得て動き出した。

 まずは実情を知ること、現場の声を聞くこと、問題点を洗いだすこと。

「お忙しいところ大変申し訳ありませんが、お仕事に関して少しお話を聞かせていただけますか?」

 私が相手から仕事の内容や不平不満などの話を引き出し、夫が記録していく。


 住まいは魔王城の隅の方で空いている一室を借りられることになった。

「あの、もっと広くて快適な職員用住宅もご紹介できますけど」

 私達の世話係になったといううさぎ耳の侍女にそう言われたけれど、

「そのあたりはおいおいと。まずは仕事最優先で!」

 きっぱり言い切った。

 だって通勤の時間がもったいないじゃない。


 夜は夫と2人で聞き取った内容を整理していく。

「働く人達の不満がずいぶんと溜まっているわね」

「人員が急に減ったみたいだから、そりゃみんなの負担も増えるよね~」

 ほとんどの人が日々の仕事量が増えて残業や休日出勤は当たり前だと言っていた。


「でも、急に人が減った理由は誰からも聞きだせなかったのよね」

「どうやら緘口令が敷かれてるっぽいかな~」

 女官達に話を聞くため別行動した時間もあったのだが、どうやら夫も聞き出せなかったらしい。


「まぁいいわ。まずは現状を改善しないとね。これから忙しくなるわよ!」

「まかせといて!僕は家での君も好きだけど、働いてる時の君もキラキラしてて好きだからがんばるよ~」

 目の前にいる人の眼鏡越しの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。

 顔だけじゃなくて耳まで熱くなる。

 この人、時々こういうのを投下してくるから油断ならないのよねぇ。


 翌日、宰相さんに今後必要と思われることをざっくりと説明し、優先順位もある程度決めていく。

 各部署の作業手順の取りまとめや書式の統一化、まともに存在していなかった就業規則などの制定などやらなければならないことが山積みだ。

 だけど、越えなければならない山が高ければ高いほど燃えるのが私なのである。


 幸いにも誰よりも頼れる相棒が一緒にいてくれる。

 本気出していきますかね。

「よーし、がんばるぞ!」

「「 お~!! 」」

 2人でこぶしを突き上げた。


 約1ヶ月ほど、不眠不休とまでは言わないけど食事と睡眠以外はほぼ働きづめだったように思う。

「ほらほら、文字の書き間違いが増えてるから、そろそろ休まないとだよ~」

「わかったってば。ちょっと休憩するわ」

「それじゃお茶とお菓子をもらってくるね~」

 いつでも欲しい資料や書類をサッと出してくれる夫は、私の働きすぎを止める役割も担っている。


「魔王領って食べ物が美味しいよね~」

 ニコニコしながらきつね色の焼き菓子にかじりつく夫。

「そうね、レシピや材料を輸出できたら外貨獲得にもつながるんじゃないかしら」

 厨房で働く人達とも親しくなり、人間界にはない食材が多く使われていることを知った。

 聞けば魔力を含んだ植物由来のものがほとんどのようで、収穫後に乾燥させるものも多くて輸送も比較的容易なんだとか。


「城内にあるいろんな魔道具もすごく進んでるから、時間ができたら城下町へ見に行きたいな~」

 卓上の計算機や書類の複製機など正直なところ欲しいものだらけだ。

「いいわね、私もこっちでいろんなものを見てみたいわ。だけどその前にある程度は片付けないとね。さてと、そろそろ仕事に戻るわよ」

「は~い」


 魔王城は実に業務改善のしがいがある職場だった。

 ちょっと調べただけでも無駄な部分がかなり多いのだ。

「歴史が長いだけに当たり前になってしまって変えるきっかけがなかったのかもねぇ~」


 夜も夕食後に書類作成や整理をこなし、日付が変わる前に夫によって有無を言わさず部屋に戻される。

「おやすみなさい」

「おやすみ~」

 軽くキスして明かりを消す。

 私が集中モードの時、夫は夜もちょっかいを出してこない。

 ただ、間違いなく後から反動がくるので今から覚悟はしておかないとなんだけどね。




 そろそろ3ヶ月の試用期間が終わりに近付いてきた頃。

 移動中に城内で働く人達とすれ違うと誰もが元気に笑顔で挨拶してくれる。

「最近では定時で帰れるようになったので子供達と過ごす時間が増えましたよ」

「僕、昨日は意中の人とデートして、プロポーズまで成功しちゃいましたっ!」

 来た頃とは比べものにならないくらい城内の雰囲気もよくなったように思う。


「私達のがんばりもそれなりに実を結んでいるのかな?」

「もちろんだよ~」

 そんな会話をしている時に宰相さんが呼んでいるとの連絡が入る。

 何の説明もなく案内されたのは豪華な応接室。


 ソファーに座って待つよう指示される。

「誰がいらっしゃるのかしら?」

「さぁ~?」

 のんきな夫の口調からして、おそらく予想は出来てるみたいだけど。


 コンコンコンコン


 ノックの音がして最初に入ってきたのは宰相さん。

 その後ろを5~6歳くらいの半袖半ズボンの男の子がとことこ歩いてくる。

 整った顔立ちのとてもかわいい子だ。

 頭にはくるんとカーブしている真っ黒な角が生えてるけど、それもまたかわいらしい。


 2人は向かい側のソファーに座るけれど、男の子は足が床に着かなくてぶらぶらさせている。

「こちらにおわすお方は魔王代理、当代魔王のご子息であらせられます」

 ちょっと驚いたけど紹介を受けたので挨拶を交わす。


「さて、本題に入ろう。宰相よりそなた達の働きぶりを伝え聞いており、大変感謝している。我々が至らぬばかりに迷惑をかけたな」

 明らかに上に立つ者の言葉遣いなんだけど、声はやっぱり男の子。

 そのギャップがまたいい。


「いえ、私達にできることをしたまででございます。ただ、もし差し支えなければこうなった理由をお聞かせいただけますでしょうか?」

 城内の方々とはだいぶ親しくなったけどそこだけは誰も口を割らず、今日まで判明しなかったのだ。

「…そうか、おそらくは皆が私に遠慮してそなた達には説明しなかったのであろうな」

 何とも微妙な表情の魔王代理少年。


「父王はある日突然『勇者が私を倒しに来るので城から去る』と言い出して出奔してしまったのだ」

「へっ?!」

 ちょっと待って。

 勇者って私達のことだよね?


「父王はいかつい見た目で他の追随を許さぬ魔力量をお持ちなのだが、本当は争いごとを好まぬ心優しい方なのだ」

 しょぼんとする魔王代理少年。

 そっか、お父さんのこと大好きなんだねぇ。


「当代魔王を追うため、この城に勤める者達から選抜隊が編成されて追跡に出ました。当代魔王は魔力量がとにかく膨大で、かなりの人数をつぎ込まねば身柄を確保できないと判断したからです」

 あ、人手不足の理由はそれなのか。


「でも偉いですねぇ。まだ幼いのにお父様の代わりを務めるなんて」

 私の言葉に宰相さんと魔王代理少年が顔を見合わせる。

「ああ、そなたは私の年齢を知らぬのか」

 再びため息をつく魔王代理少年。


「あれ、私もしかして何か間違ったこと言っちゃいました?」

「私はこれでも5百歳を超えている」

「えっ?!」

 こんなにかわいいのにはるかに年上?!


「高位の魔族は外見を変えることが出来るのですよ。かなりの魔力量が必要なので、あまり頻繁には変えられませんが」

 宰相さんが説明してくれる。

「そのとおり。父王がいるので私は幼く見えた方ががよいだろうと思い、この姿を維持しているのだ」

「そうだったのですか。失礼いたしました」

 知らないままだったらずっと子供扱いしてたかも。

 危ない危ない。


「話が少し横道にそれてしまったな。実はその父王の身柄を確保したとの報告がつい先ほど入ってきたのだ」

「えっ、そうなんですか?」

 魔王代理少年の言葉に驚く。


「ああ、現在こちらに向かっているので、ここ数日のうちに到着するだろう」

 戦いの場となってもよいよう北の荒地へ向かうと予想していたそうで、あっけなく追いついたのだとか。

「なんとか説得して帰還にこぎつけたのですよ」

 宰相さんが話を続ける。


「貴方達の試用期間がもうすぐ終わるので今後の話をする予定だったのですが、先にこちらの問題を片付けてからでもよろしいでしょうか?」

 夫の方を見るとニッコリ笑って無言でうなずく。

 私が答えていいってことだよね。

「かしこまりました。状況が大きく変化する可能性もあるでしょうから、その方がよろしいでしょう」


 まだ仕事が残っているという魔王代理少年は先に応接室を出ていく。

「先ほどは申せませんでしたが、当代魔王が出奔した理由はあのご子息にもあるのです」

 応接室の残っている宰相さんが口を開いた。

「先ほどの彼ですよね?」

「はい。すでにご子息が職務の多くを担われているのですが、それがあまりにも優秀でして」

 あの魔王代理少年はいわゆる天才肌というやつで、一を聞いて十を知り、さらに倍みたいなタイプなんだとか。

「当代魔王とて決して無能ではなかったのですが、どうやら最近では自信を失っておられたようで」

 魔王様にも悩みがあったんだなぁ。



 数日後、当代魔王が帰還したとの情報が城内を駆け巡った。

「ねぇねぇ、ちょっと見に行こうか~」

 夫とともに中途半端に開いた扉の隙間から魔王城の広間を覗き込む。


 広間の真ん中には大きくて黒い2つの角が生えた男性が大きな身体を縮こまらせて床の上に座り込んでいる。

 数名の方々と話しているようだ。

 会話はよく聞き取れなかったけれど、魔王様の声だけはよく通るようではっきり聞こえててきた。


「勇者の目的は魔王たるこの私。私さえいなければ誰にも迷惑をかけることはない、そう思ったのだ」

 その言葉で私の中でプチンと何かが切れた。

 バン!と扉を開けて部屋に乗り込む。


「お話中失礼いたします!魔王様が迷惑をかけたくないというその気持ち、理解はできます。周囲の人々のことを思ってのことだったのでしょう」

 一呼吸置いてから話を続ける。

「ですが!魔王城の方々やご家族だって魔王様のことを思っているのですよ。ほら、よくご覧になってください!」

 床に座り込んだまま周囲を見回す魔王様。

 宰相さんに魔王代理少年、他の人々のまなざしは決して咎めるものではなかった。


「…そうか、私のことを心配してくれていたのだな」

 みんなの気持ちにようやく気付いてくれたようだ。

「魔王様がすべきだったのは、お1人ですべてを背負うのではなく、まずは皆さんと話し合うことだったのではないでしょうか?」

 一番言いたかったことを魔王様に告げると即座に声が上がった。


「そうですとも!魔王様に我らがついております。力ではお役に立てぬかもしれませんが、知恵を出し合うくらいはできると思います!」

 宰相さん、いつも冷静沈着だと思ってたけど魔王様が絡むと熱い方だったようだ。

「父上、私もおそばにおります!」

 泣きながら声を上げる魔王代理少年を見て魔王様も涙を拭っていた。


 しばらく続いた魔王城での男泣き祭りが終わる頃。

「…ところで、そなたらは見かけぬ顔だが何者だ?」

 ふと我に返った魔王様の視線がこちらを向く。


 私が答えようとしたら夫に制される。

「僕達は魔王様がお留守の間に採用された魔王城の臨時職員なんですけど、実は先ほど話にも出てきました人間界の勇者です~」

 夫は獣人に偽装するために装着していた猫耳カチューシャをはずす。

 さらにポケットから取り出した聖剣を床に置いて大剣サイズに戻す。

「あ、こちらにいる妻は勇者その2です~」

 私も夫に習って猫耳カチューシャをはずすとみんなの目が点になった。

「「「 はぁ~?! 」」」


「見てのとおり我々はひ弱で剣技も魔力もないので、できれば勝敗は痛くない方法で決めたいとか思うんですけど~」

 あざとく小首をかしげる夫。

 それは私にしか通用しないと思うよ。


「えっと、ババ抜きとか神経衰弱とか7並べとか?」

 痛くなさそうな勝負ごとといったらトランプくらいしか思いつかないんだけど。

「運任せっぽいけど、それはそれでいいかもね~」

 ニッコリと同意する夫。


「いや、勝負の必要はない」

 ゆっくりと立ち上がった魔王様は思っていた以上に長身だった。

 しょぼくれている時はもうちょっと小さく見えたんだけどなぁ。


「先ほど奥方殿に説き伏せられた。だから私の負けだ」

「へっ?」

 さっきの私の怒鳴り込みのこと?


「私は魔王の座を降り、息子に譲ろう。これで討伐も成立するのではないか?」

 魔王様の言葉に床に置かれた聖剣が一瞬ぽわんと淡い光を放った。

「どうやら聖剣も認めてくれたようだな」

 ようやく笑みを浮かべた魔王様。


「で、ですが、本当によろしいのですか?」

 せっかく帰ってきて家族や部下と分かり合えたのに。

「私は魔力こそ膨大だが、人の上に立つ器ではないことは自覚していた」

 魔王様の視線が息子である魔王代理少年に向く。

「我が息子は間違いなく有能だ。私は微力ながら支える側へまわろう」


「…父上」

「前にも2人きりで話しただろう?これからはそなたが主体となるが、ともに魔王領をよりよい地にしていこうではないか」

「はい!」

 よくわからないけど、過去に何らかのやりとりがあったらしい。


「出でよ!」

 魔王様が右手を高く掲げると突然黒くて大きな杖が現れる。

 どうやらあの杖が魔王の証であるらしい。


 魔王様と魔王代理少年は向かい合う。

「頼むぞ」

「はい!」

 黒く大きな杖が手渡される。


『これにて魔王討伐は成された』


 床に置かれたままの聖剣から声が聞こえた。

 私は初めて聞いたけど結構いい声なんだねぇ。



 新魔王の正式なお披露目のため魔王城はドタバタしまくっている。

 そんな合間にいろいろと話し合いも行った。

「お2人が獣人でないことは最初からわかっていましたよ」

 宰相さんの言葉に驚く。

「耳や尾の動きが感情とまるで合っていませんでしたからね」

 不規則に動く仕組みだったけれど、どうやらそれだけでは本物にはなれかったようだ。


「それなのに、よく私達を受け入れましたね」

 ふっと笑みを漏らす宰相さん。

「お2人には悪意や害意、殺気などが皆無でしたからね。ただ、勇者である可能性も考えてはいましたので、下手に動かれるよりは手元に置いた方がよいと思いました」

「なるほど」

 それはもっともだ。


「私としては引き続き魔王城ひいては魔王領の改革をお願いしたいと考えています。さらに人間界との橋渡し役を担っていただけるとありがたいのですが」

 文化や経済の交流については素人ながらもいくつか素案を作成して渡してあった。

「私達としても中途半端にしたくはないです。ですが、報告と聖剣返還のためにいったん人間界へ戻らなければと考えています」

「わかりました。ただ、お披露目が終わるまでお待ちいただけますか?便利な移動手段もこちらでご用意できそうなので」

 宰相さんとの対話は握手で締めくくった。


 後日、前魔王様とも話す機会を得た。

「長い間、魔王領はよく言えば平穏で安定だが、悪く言えば代わり映えせず停滞していた。王位に就いて落ち着いてきた頃、そのことで悩み始めていたのだ」

「でも、安定しているのはよいことだと思いますけど?」

「この地にもたまに人間界の情報が入ってくる。戦なども不穏なこともあるが、新たな発明など常に変化に富んでいた」

 寿命は種族によって異なるらしいが、人間よりも長いらしい。

「魔王も代替わりし、そなたらのような存在も現れた。これからの魔王領はいい方向へ変わっていくものと信じておるよ」

 顔はいかついけれど、とても穏やかな声の前魔王様はそう締めくくった。


 1ヶ月後、新しい魔王のお披露目の式典にしれっと猫耳をつけて王宮職員として参加した私達。

「これってものすごく貴重な体験だよね~」

 厳かに式典が進む中、小声で夫が言う。

「だって魔王の交代なんて何百年、下手すりゃ千年単位なわけでしょ~」

 あ、そうか。

 人間界ならせいぜい数十年だけど、長寿だとそうなってしまうわけだ。

「いい資料になりそうだから、後でしっかり書き残しておかなくっちゃ~」

 夫はずいぶんと楽しそうだった。


 ただ、式典に現れた新しい魔王は以前会った時の少年の姿ではなく人間で言うなら二十歳前後の青年に変わっていた。

 美青年なんだけど、少年の姿もかわいかったのになぁ。

「子供の姿じゃなめられるから変えたんだって~」

 それもそうか。

 今後は年を重ねて見えるように少しずつ変えていくんだとか。



 新魔王お披露目の翌日。

「お待たせしました。準備が整いましたよ」

 宰相さんがやってきた。

 許可を得た者しか使えない転移所を使って、魔王領と人間界の境界付近まで馬車ごと一瞬で送ってくれるとのこと。


「それからこちらを」

「ありがとうございます~」

 宰相さんが大きな封筒を夫に手渡す。

「それ、何なの?」

「ん、これは帰ってからのお楽しみ~」

 ニコニコしている夫。

 怪しいものじゃないといいけれど。


「「「 どうぞ、お気をつけて! 」」」

 3日後、新旧魔王様や宰相さん、親しくなった王宮職員達に見送られて転移所から出発する。

 空間のゆがみも無事に通過して人間界へ。

 その後の道中も順調に進み、到着した王宮で報告を行い、夫は宝物殿へ聖剣を返しに行った。



「ただいま~」

 先に王宮職員住宅へ帰っていた私は夫を出迎える。

「おつかれさま。どうだった?」

「聖剣はちゃんと戻してきたんだけど、宝物殿は退屈だからたまに世間話をしに来いってさ~」

「あはは!らしいわね」

 私が声を聞いたのは討伐完了の1度きりだったけど、夫から聖剣の人となり(?)はたびたび聞いていた。


「それから、早く子供も見せに来いとも言われたんだよね~」

 急に抱きしめられて耳元でささやかれる。

「へっ?!」

「期待には応えないとだよね~」

「えっ、ちょっ、まだ昼間!」

「今は特別休暇だから大丈夫だよ~」

 何が大丈夫なのかはさておき、おあずけの反動はやはり大きかった。



 特別休暇も終盤に差しかかった頃。

「おはよ~!魔王領の宰相さんからもらってきた物が完成して準備も整ったから見てみて~」

 無駄に元気な夫に起こされる。

 こっちは誰かさんのせいで連日ぐったりなんですけど?


 着替えて連れて行かれたのは庭の片隅に置かれた物置の前。

 王宮職員住宅の小さな庭は子供の頃から植物を育てるのが好きだった夫の管轄で、物置には園芸に必要な用具などが入れられている。

「ほらほら、開けてみてよ~」

 ヘンなものが出てこないことを祈りつつ、おそるおそる開けてみる。


「…えっ?!」

 物置の中に園芸用品は1つもなかった。

 そこにあったのは見覚えのある部屋。

「空間のゆがみを固定して魔王領の王宮で暮らしてた部屋とつなげたから、いつでも行き来できるよ~」

 振り向くとニッコリ笑っていた。


 いったん物置の扉を閉めて、夫に作ってもらった朝食を食べながら説明を受ける。

 空間のゆがみを固定する魔法陣は昔から魔王領に存在していたらしい。

 悪用を避けるために秘匿されてはいたらしいけど、新旧魔王様と宰相さんは惜しげもなく私達に提供してくれたんだとか。


「これ、結構難しかったんだよね~」

 魔王領を去る前に宰相さんが夫に渡していたのは魔法陣の原図と実行に必要な魔石、そして手順書だった。

 月の満ち欠けも影響するそうで、実行できるタイミングも限られるんだとか。

 ちなみに私達の他に通れるのは2人揃って認めた人物だけらしい。

「食べ終わったらさっそく向こうへ行くからね~」


 朝食後に改めて身支度を整えてから物置に入っていく。

 しばらく暮らした懐かしい部屋を眺め、廊下に出ようと扉を開けたとたん。


「「「 おかえりなさい!! 」」」


 廊下には見知った顔がずらっと並んでいた。

 時には衝突しつつもともに努力した職員達、世話してくれたうさぎの獣人女性、夜食対応してくれた職員食堂の人達まで…

「た、ただいまです」

 人間界に帰った時もホッとしたけれど、なぜだか涙がこぼれてきた。

 どうやらいつのまにかここも私の居場所の1つになっていたらしい。


 いろんな人達に声をかけられつつ新旧魔王様と宰相さんが待つ応接室に通される。

 特別休暇の間、昼間は頻繁に出かけていた夫はどうやら根回しをしていたようで、私は魔王領と人間界の双方の王宮で非常勤の職員として働けることになった。

「在宅勤務も認めるので、そなたの都合のよいように働くといい。本当はこちらに取り込みたかったのだが、人間界側もどうしても手放したくなかったらしくてな」

 前魔王様が少し困り顔でそう言い、夫の方を見ると苦笑いしていた。


 特別休暇が終わってから双方で今まで以上に積極的に働き始めたのだが、ある時期から在宅勤務に移行した。

 妊娠が発覚したからだ。

 つわりも軽くていたって元気なのだが、魔王領の医師の診断によると双子で間違いないとのこと。

「どっちのお城も階段が多いから心配になっちゃうでしょ~!」

 心配性の夫がうるさくてそういうことになった。


 その夫は人間界の王宮図書館勤務を辞めたけど、魔王領の王宮に勤めることもなかった。

「微力ながら僕なりに2つの世界の橋渡し役になろうと思ってさ~」

 そう言ってまず始めたのは双方の新聞での連載。

 人間界では魔王領のことを、魔王領では人間界のことを綴っていく。

 昼間は取材に出かけ、夜は私に昼間の出来事を話しつつ内容をまとめていく。

 彼の性格そのままの軽妙な文章は多くの人々に受け入れられた。


 私達がたくさん話し合った末に望んだのは、偉い人達ではなく草の根レベルでの異文化交流。

 お互いのことを知らなすぎるので、まずは知ることから始めた方がいいと思ったから。

 それを夫はさっそく実践している。


 しばらくして超安産で男女の双子が生まれ、たくさんの人たちから祝福されてお祝いをいただいた。

 約束どおり宝物殿にいる聖剣に見せに子供達を連れて行った。

「聖剣もすごく喜んでるよ~」

 あいかわらず私には聖剣の声は聞こえないけれど、子供達は終始キャッキャと笑っていた。



「ねぇねぇ、これ見てみてよ~」

 今日は魔王領の王宮の庭でたっぷり遊んできた3歳の双子が寝静まった頃。

 寝室で夫が出してきたのは、なつかしの黒い猫耳カチューシャ。


「これはまだ試作品なんだけど、感情に反応して動くようになったんだよ~」

 人間界と魔王領それぞれで至宝と呼ばれる魔道具師を引き合わせたのは夫だ。

 だがしかし、なぜ合同開発の第1号がよりによってこれなのか?


「僕がこんなの欲しいって言ったら2人ともがんばってくれたんだよね~」

 あ、そうだった。

 人間界側の魔道具師は猫耳カチューシャの開発者だったわ。


 有無を言わさず猫耳カチューシャをつけられる。

「うん、やっぱりよく似合う!かわいいね~」

「か、かわいくなんかないにゃん!」

 あれ?

 にゃんって何よ?

「猫っぽい話し方になる機能もつけてもらっちゃった~」

 何でそんなこと頼んでるのよ?!


「さてと、今夜はこれでイチャイチャしようね~」

 熱のこもった夫の視線に耳がぴくぴく動きまくる。

「ち、ちょっと待ってにゃん!」

「だ~め、待たない♪」


 猫耳カチューシャは大人用も子供用も大ヒットし、我が家に家族が増えるのは翌年のことにゃん。

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夫が勇者になりまして 中田カナ @camo36152

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