第15話 真実のありか
部屋の中、小さな光の下にアスランは座り込んだ。
『海の中‥‥って、あの海のこと?』
体の中に散らばっていた点と点が、繋がるような感覚だった。それは昔から思っていたことだった。
表面は星の絨毯のようにきらきらと輝きながら、その奥になにがあるのか、誰も知らない。人々は、神だと崇められる海について、疑問を持ったことなどないだろう。
言葉で説明するのは難しい。しかし確かな直感だった。あの海は不気味だ。
「サム、僕はずっと前からそう思っていたのかもしれない」
『‥‥なんのこと?』
「海には、何か秘密がある」
立ち上がり、写真を灯りにかざし、もう一度よく見てみる。消しゴムで消されたようだ。バークが書いた文字を、後から誰かが消したのだろうか。本人が意図的に薄く残したのだろうか。
『何かあったとしても、僕らは海には近づけない』
サムの言う通りだ。海に入る以前に、近づくことすらできない。ただひとつ、あの部隊を除いては。
「サム、海は海勇隊が管理しているよね」
『そうだよ。彼らが海の警備と、周辺の見守りをしている』
「いつも海を見ている彼らが、そこから目を離すタイミングはないかな」
『んー、そんなのあるかなぁ。24時間ずっと監視してるんだよ』
口元に手を置き、少し下を向いた。アスランも同じポーズでサムの隣に腰掛ける。
『‥‥聖海祭‥‥』
ふたりは顔を上げ、目を合わせた。
「祈祷‥‥」
聖海祭の夜、祈祷の時間には各地の住民たちが一斉に海に近づく。その間海勇隊は、海に触れようとする者がいないか監視する役割を与えられている。つまり祈祷のタイミングだけ、海勇隊の視線が海周辺の住民たちに注がれるのだ。
「祈祷の時間、チャンスはその時だけだ‥‥」
『待ってアスラン、何を考えてるの』
肩に添えられた手をゆっくりと下ろすアスランの目には、何かが宿っていた。
「海に潜る」
その答えに数秒沈黙し、サムは首を振りながらアスランの右手を握った。
『アスランちょっと待って、それは危険すぎるよ。王政にバレたらどんな刑罰が下るか分からない。指を10本失うだけじゃ済まないかも知れない。もう一度冷静になるんだ』
しかし、アスランの頭の中はすでにとても冷静だった。
「父さんがこの国の秘密に気づいて、真実のありかを伝えているのだとしたら、それが一体なんなのか、僕は知りたい」
アスランの気持ちは、変わることはなかった。添えられていた手は、崩れるように離された。
サムは何も言わなかったが、納得はしていないという表情のまま、自分の部屋へ戻って行った。
聖海祭まで、残り3日。
翌朝。寮の玄関にいたのは、サムひとりだった。
「サム、おはよう。ジェラールは?」
『おはよう。‥‥アスランとふたりで話がしたくて先に行ってもらった』
「そっか」
しかし、サムが話し出す様子はなかった。何かを躊躇しているようだった。無意識だろうか。前髪や顔周りを落ち着きなく触っている。
「話って?」
先に言葉を放ったのはアスランだった。
立ち止まったサムは何かを言いかけ、それを止めると、はぁと小さく息をこぼした。
『本当はこんなこと言いたくなんだ。友人を裸のまま戦場に送り出すみたいで。‥‥でも』
ふたりの間を、朝の涼しい風が通り抜けた。
『昨日、一晩中答えを探した。僕はどうしたいのか。アスランを止めることも考えた。そうすれば何も変わらないかも知れないけど、僕らはこのままでいられる。アスランが危険にさらされることもない。でも、海の中に重大な秘密が隠されてるって考えたら‥‥』
アスファルトの道に浮かぶ、ふたつの影。
『正直、こんなにワクワクすることはないよ!』
「え?」
『僕も最近のこの国は様子がおかしいと思っていたんだ。もうお利口さんのサムを演じるのはやめる!刑罰上等だ!国の秘密を暴いてやろう!』
「‥‥え?サ、サム?」
『僕も協力する』
海に触れること、それはこの国では犯罪者になることを意味する。犯行に関われば共犯者として罰を受けることになるだろう。
しかし、サムの目には昨晩のアスランとは少し違う、別の何かが宿っていた。
「後悔しない?」
『どの道を選んでも、後悔はするよ。きっと』
その日の夜、アスランは206号室の扉を叩いた。
『どうぞー』
「失礼します」
ルステムは机に向かい何かを書いていた。紙とペンとルステムは親友のように常に一緒だ。
『どうした』
意識は紙に向けたまま、振り向かずに問いかけた。
「突然すみません。聞きたいことがあります」
『代理の件ならしばらくは無理そうだ。あの後師団の上層部からこっ酷く叱られた』
「その件については、ありがとうございました。しかし今回は、その話ではないです」
『見なくてもわかる。そんな怖い顔してたら女の子にモテないぞー』
「‥‥」
『愛しの上官にラブレターを書いてるところだ。手短かに頼む』
静かな部屋。唾を飲み込む音が、いつもより大きく聞こえた。
「今、外の世界はどのようになっていますか」
カリカリと、紙の上をリズムよく走っていた音が止まった。
『君たちは何も考えなくていい』
背もたれに腕をかけ、振り向くと、優しく微笑んだ。
「知る権利はないと」
『そうじゃない。物事にはタイミングがある。時がくればいやでも知ることになる。それまで俺たちは与えられた作業に集中するべきだ』
「真実は、どこにありますか」
ルステムは大きく息を吐き、ガシガシと頭をかいた。
『ここ最近の出来事だと、各地にあった王政批判団体が全て解散した。解散命令が出たわけじゃない。彼らの意思でだ。隣国との貿易は盛んになり、国民への食糧配給も昨年度より大幅に増加している。健康問題の対策にだって積極的に取り組んでる。それがこの国の現状だ。みな、不満を抱かなくなったんだ。素晴らしい国じゃないか』
「そうですね。不気味なほどに、素晴らしいです」
『アスラン。情勢について探るのはやめた方がいい。あと、君の友人にもそう伝えておいて』
『悪い、こっちに集中する』と、ルステムは意識を戻し、その背中に「遅くに失礼しました」と投げたが、ボールは返ってこなかった。
次の日、南館に新しく20名の隊員が動員された。製造が遅れているため、そして、試験飛行に隊員が数名取られるからであった。
完成した機体から順番に、エンジン確認が行われた。油圧系統、電気系統を稼働させ、動作に問題がないか確かめる。少しでも異変があれば、このどでかい鳥は飛ぶことはできず、ただの鉄屑同然となる。機体が正しく機能していることが確認できれば、そのまま滑走路をゆっくり走っていく。スピードを上げ、ブレーキの確認をする。この工程を全てクリアした飛行機のみが、試験飛行として空を飛ぶことができるのである。
アスランたちは、試験飛行に駆り出された。乗り込む隊員の中にはジーベルの姿もあった。
アスランが右手を軽く上げ、ジーベルは敬礼で返す。
1体の飛行機が3人の頭の上を通過した。
『あれ見て。お腹に爆弾を抱えてる。400kg分の爆弾だって。どこに持っていくのかな』
『隣国だろ』
地面を割るようなエンジン音に、アスランは顔を歪めた。
金曜日の夜はカレーと決まっている。最近は牛肉が多めに入っている。カレーだけではない。全体的に、入っている具の量も種類も変化している。
「気づかなかった」
『ん?何がぁ??』
サムはジャガイモを頬張り、リスのようになっていた。
「いや、なんでも。サム、夜部屋に行ってもいいか」
『もちろんだよ』
3人は早々に夕食を済ませた。
サムの部屋には、写真や絵がたくさん飾られていた。
「この写真、妹?仲良いんだね」
『アイシェンかわいいでしょ、あげないよ』
「似顔絵?」
『全部アイシェンが描いたの。絵を描くのが好きなんだ』
一通り部屋を観察したアスランは、ベッドに腰掛けた。
「明日、決行だ」
『そうだね。海へつながる道はたくさんあるけど、どこを通るつもり?』
「工場裏に森に降りる階段がある。森の道を辿っていこうと思ってる。日頃から警備が手薄な場所だ。聖海祭の夜に裏の森を、警備してるやつはいないだろう」
『時間は、どれくらいかかりそう?』
「階段を降りてから徒歩で25分、潜るのは10分間、1時間で帰ってくるつもり」
『祈祷は6時から7時だよね。チャンスはその1時間か。明日、就業のチャイムがなったらアスランはすぐに向かうんだ。僕も終わり次第工場裏に向かうよ。誰か来ないか見張りをする』
「ありがとう。誰かいたら合図をくれ。上がらずに森に隠れる」
『分かった』
ふたりは目を合わせる。少しの沈黙。部屋に響く呼吸の音が少し荒くなる。
『うわーーーー!!!』
突然大声を放ち、サムがベッドに横になった。
「どうしたの?」
『初めてだ、悪いことするの。少しドキドキするよ』
アスランは立ち上がり、窓の外を眺めた。月が綺麗だった。少し開くと、窓から冷たい風が入り、アスランの頬を撫でた。
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