第12話 変わらないもの



蝉が鳴いている。暑さは増し、立っているだけで体力が奪われる日々が続いていた。



『アスラン久しぶり!と言っても5日ぶりだけど!』


「サム、ジェラール、おかえり。1年ぶりの帰郷はどうだった」


『もうさいっこうだったよ〜!僕のおじいちゃんは東の農地で果物を育ててるんだ。桃にメロンに果物が食べ放題だったよ!』


「それはいいなぁ。ジェラールはどうだった?」


あまり答えたくなさそうな表情をしたジェラールの代わりに、サムが言葉を放った。


『そういえば、おじいさんは大丈夫だった?』


「あぁ、大丈夫だよ。軽い怪我だったから」



5日ぶりに見るふたりの笑顔に、アスランは少しだけほっとした。


『しっかし王政は一体何を始めようとしてるのかねぇ』


「家族から何か聞いたの?」


『いいや。でも変なんだよ。おじいちゃんは昔王政批判団体に入ってて、1年前僕がCAR'sに行く時も猛反対してたのにさ。今回帰郷したら、海は神様だとか今までとは真反対のこと言い出した』


「そういや、批判団体のデモがなくなったって言ってたな‥‥。あと、国からの配給が増えたって」


『そっか。ジェラールの家族は何か言ってた?』


『いや、特に変わったことは』


「サムはどうして、何かが始まるって思うの」


『野生の勘‥‥っていうのは冗談で、特に根拠はない。ただ‥‥』


「‥‥ただ?」


『やけに静かだなと思ってね。人々が』



3人は工場に到着すると、自分の場所へと向かいずんずん進んだ。祈祷の時間。手を合わせるアスランの頭の中は、今晩のメニューのことでいっぱいだった。この儀式だけはどうしても好きになれないので、意図的にそうしていた。


修繕に取りかかろうとした三人をそれぞれの班長が呼び出した。アスランもルステムに呼ばれ、自動車修繕部隊のさらに奥にある扉の中へ進んだ。長い廊下だった。窓からは滑走路が見える。


『今日から、君には新しい持ち場に入ってもらう。俺たちは南館って呼んでる。ファルクもいるから安心して』


「はい」


廊下を渡り、もうひとつの工場、南館の扉が開かれた。 

まずいつものように、ドリルが鉄を貫く音、ハンマーの鈍音が耳に入り、アスランは目の前の光景に目を見開いた。


「これは‥‥」


そこには、骨組みされた剛鉄の鳥が、翼を広げたまま、飛び立つ時を待つように静かに眠っていた。


『南館は別名、飛行機工場だ』


『おう、アスラン待ってたぞ。早速こっちに来てくれ』


ふたりの存在に気づいたファルクが、骨組みの中から顔を出し、手を挙げた。


『後はあいつが教えてくれる。俺は見回りに戻るから、困ったことがあればファルクに聞いてくれ』


ルステムは右手を上げると、南館を後にした。


『おー、アスラン待ってたぞ。人手が足んねーんだ』


「すごいですね。この大量の部品たちは一体どこで」


『細かい部品は南の工場地帯で生産して送ってもらう。ここでは機体の骨組みをして、届いた部品を組み立てて、飛行機にぶちこんでいく。あとはエンジンを作ったりが主な仕事になる』


「機械も人もすごい量だ」


溝掘り隊員の中には、女性隊員の姿も多く見られた。ドリルを器用に操り、鉄板に穴を開けていく。機械のリズムに合わせ、体を揺らしながらハンドルを上げ下げしている隊員もいた。


『国の維持のため、前年の倍の生産を求められてる。他の国に負けない飛行機をとにかく多く作れというのが、国王陛下からの命令だ』


「完成した飛行機はどこかに行くんですか」


『他国への輸出がメインだろう。腹にでかいコンテナが入る部分がある。たぶん貨物輸送用の飛行機だ』


『おいそこ!!無駄口をたたくな!!手を動かすんだ手を!!!』


握ったハンマーを振り翳し、現場監督の男はふたりに鋭い視線を送った。


『はいはいすいませんねぇ!今指示を出してるんですよ!』


ファルクは強い口調で返した。


『とっとと済ませて作業にとりかかれ!!』


向けていたハンマーの先を下に下ろし、男は舌打ちをした。


『アスラン、こっちに来い』


近くにあったスクリュー・ドライバをアスランの手に持たせると、裾をひっぱった。


『まぁとにかくここの部隊の奴らは毎日カリカリしてやがる。生産ノルマに全く追いついていないからな。上からの圧が凄いんだろ。さっきみたいに怒鳴られることは日常茶飯だから、気にするな』


「ありがとうございます」


『うしっ、じゃあ始めるか』


ファルクから鉄板を受け取り、骨組みの枠に被せるようにして塞ぐ。角4箇所にネジをはめドライバでねじ込んでいく。ひたすらこの作業を繰り返す。南館には窓がなかった。いや、正確には、横長の細い窓が上部に付いているだけで、まるで外部から隠すかのように全面は窓なしの壁で覆われていた。蛍光灯のおかげで、中央館よりは作業がしやすかった。





夜。流石にこの時間になると外は真っ暗になる。206号室の扉を2回ノックする音が廊下に響いた。アスランはルステムに呼び出され部屋の前にやってきた。結局、アスラン自ら行ったことはなかった。


『どーぞ』


「失礼します」


『ベッドの上とか適当に座って』


「はい。‥‥あの、なぜ呼び出されたのでしょう」


『一応班長だし、面談?的な?おじいさんはその後元気?』


「何も知らせがないということは、元気にしてるんだと思います」


うんうん。と頷きながら、何かの項目を指でなぞりながら確認する。


『あと、君は?』


「僕ですか?」


『1年で、心境の変化はあった?』


変わった、のは、嬉しいことなのか悲しいことなのか、その判断は今はできないと思った。


「変わったと思います。いいことなのかは分かりません。言葉にするのは難しいですが」


『変わらないものなんてないよ。街だって、人の心だって』


「仕事は楽しいです。飛行機、昔よく作ってたので。他国への貨物輸送用だと聞きました。自分が関わった飛行機が、国と国を繋げる役割をするのだと思うと、少し嬉しかったりします」


何かを書いていたルステムの手がピタリと止まった。机に向けていた体を、アスランの方へ移動させた。


『アスラン‥‥っ‥‥』


名前を呼んだ後、ルステムは少し考え、言葉を続けるのをやめた。


『‥‥良い心持ちだ。これからもその調子で頼む』


「おやすみなさい」と告げ、アスランは自分の部屋へと戻った。





翌日の昼。12時を知らすチャイムが鳴り、アスランとファルクは中央館へと続く廊下を歩いていた。前からルステムがやってきた。


『お、やってるやってる〜!第七の試験飛行だな』


ファルクの後ろから顔を出し、滑走路を見た瞬間、アスランの視線はひとりの少女に向けられた。


「あ‥‥あの子は」


『あの子は君と同じ12歳で入隊して、訓練兵として2年間基地で訓練を受けていたそうだ。入隊年齢としては最年少、筆記も実技もずば抜け、っておい!アスラン!』


ばっさりと切られた金色の髪、きっと瞳は、海のような青色だろうとアスランは思った。

アスランの足は回転を早め、あっという間に中央館を抜けると玄関を飛び出し滑走路へ向かった。


後ろ姿が見えた。



「ジーベル!!」


その場にいた隊員の視線がアスラに集まった。息の切れたアスランを見つめ、ジーベルは、ゆっくりと近づいてきた。


「ジーベ「私は、第七師団疾風隊訓練生、ジーベル・シャルルと申します!我々の任務遂行のため、毎日工場でのお勤めご苦労様です!」


額に添えられた右手は、指の先端までまっすぐと伸びていた。ジーベルの挨拶は、はじめましてと告げるようだった。青い綺麗な瞳がアスランを貫いた。


アスランの頭の中で、ルステムの言葉がこだました。


変わらないものはない。





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