第7話 武器の工場



「‥‥飛行機ですか?」


走り回る軍人たちを見つめたまま、ルステムは何も答えなかった。そのまま廊下を進み、ゆっくりと階段を登った。階段もまたギィギィと音を立てた。寮の2階、天井に電球がひとつだけぶら下がる寂しい廊下だった。いつから掃除していないのか、窓の縁には埃が溜まり、廊下を歩くと砂っぽい空気がアスラン鼻をかすめた。


『汚いって思ってる?』

「いえ、別に‥‥。掃除とかって」

『月に2回、清掃が入る』


ルステムはひとつの扉の前で立ち止まった。扉には105と書いてあった。


『ここが君の部屋。鍵はこれ』


「ありがとうございます」


『あの工場で何を造っているのか、見に行くのがはやい。荷物を置いて、5分後に下に集合』


「はい」


南京錠を外し扉を開く。中指で押すと、木の扉はキィーと音を鳴らしながらゆっくりと開いた。

部屋は5畳ほどの空間だった。壁は一面、クリーム色の壁紙が貼ってあった。ベッドがひとつと、その近くに窓があり、光が差し込んでいた。扉横のスイッチを押すと、小さなボールの電球がジリリと音を立て光った。トイレと浴室は部屋にはついていなかった。

アスランはベッドにのり、窓の外を覗いた。窓から見える景色は悪くなかった。寮の裏庭には何本かの木が植えてあり、白い小さな花をふりふりと揺らしているのが見えた。

アスランはベッドの上に荷物を置き、ポケットの中を確認すると、何も持たずに部屋を出た。

階段を降りると、ルステムが腕を組んで待っていた。


『16秒遅刻』


「あ‥‥すみません」


『ここで遅刻は許されない。1分を越えれば何らかの処分が下る。覚えておいて』


ルステムはため息をつくと、目にかかった前髪を横に流した。


「あの‥‥これからは、ルステムさんと一緒に働くんですか?」


『そうだ。あとひとり、ファルクという隊員も含めた3人で働くことになる』


「そうですか」


『不満か?』


「いえ!‥‥足を引っ張らないように頑張ります」


『初めてなのは君だけじゃない。あとふたり候補生が来るらしい。君と同じ12歳の』


「そうなんですか?」


『工場にいるかもしれない。行こう』



同い年の子供がいる。その言葉に、村を離れてからぎゅと心を掴んでいた手が少しだけ緩んだ気がした。

工場と寮は1キロほど離れていた。向かう途中ルステムは、遠い、暑い、誰だ設計した奴と不満を垂れ流していた。5分ほど歩くと、滑走路が一望できるところに着いた。


「すごいですね」


『あ?あぁ。最近できたから。行く前にタバコいい?』


「どうぞ」


ルステムはポケットから小さな箱とオイルライターを取り出し、タバコを1本口に咥え、手をかざして火をつけた。風が強く吹いていた。


「海の匂いだ」


『君が住んでたところにも海はあった?』


「一度だけ、聖海祭の時に海に近づいたことがあります。その時と同じ匂いがしました」


『工場の近くにも海がある。海はいいよな。でかくて、深くて、なんでも隠してくれる』


「え?」


アスランがルステムの方を向いた瞬間、ルステムの顔にかかる黒い髪が風で後ろに下がり、白い肌があらわになった。左手はポケットにつっこみ、右手の人差し指と親指でつまむようにしてタバコを持っていた。吐かれた煙は風に乗り、甘く苦い香りを届けた。


『吸う?』


「え!?」


『じょーだんだよ』


ルステムは少しだけ笑ってみせた。服についた灰をはらい、『行きますか』と少し短くなったタバコを投げ捨てアスファルトに踏みつけた。




寮から徒歩15分。白い工場の扉は厳重にロックされていた。ルステムが3つの鍵を開けた。分厚い鉄の扉は簡単には動かなかった。力いっぱい横に引くと、ようやくどろどろと動き出した。広い玄関には、下駄箱ともうひとつ扉があるだけだった。


『これ靴。サイズ合わなかったら教えて』


ルステムから黒いスニーカーを渡された。履き替えると、アスランの足はすっぽりちょうど良くおさまった。

ふたつ目の扉は鍵を開けると簡単に開いた。狭い部屋に細長いロッカーが敷き詰められていた。そこは更衣室だった。アスランは渡されたつなぎに着替え、ゴーグルを首にかけヘルメットをかぶった。一方のルステムは、ワイシャツ姿のままヘルメットだけかぶり、「できた?」と扉に手をかけていた。そして10センチほど扉を開き、隙間から中を確認した。


『発砲だ。耳を塞い』


ルステムが言い終わる前に、パァンと風船が割れるような、しかしそれよりも速く鋭い音が工場中に響いた。アスランは耳を切り裂くような破裂音に肩をすくめた。


『もう1発くる』


続けて、パァンパァンと2発。これは銃の発砲音だとアスランは気づいた。村にいた時、山奥から聞こえた発砲音によく似ていたからだ。ルステムからの合図で、耳に当てていた手をゆっくり離した。


『確認かな。不良品の』


「不良品?」


『どうぞ』


アスランは、開かれた扉の先にある灰色の空気の中へと足を踏み入れた。




入った瞬間、目がおかしくなったのかと思い軽く擦った。しかし再び目を開くと、粒子をのせた濁った空気が行き場を無くしたように工場内を彷徨っていた。

鼻をつく鉄の匂いと飛び散る火花、鼓膜を劈くような轟々たる騒音がアスランを出迎えた。

アスランは説明しながら歩くルステムの後ろをついて歩く。

ミシンに似た機械が整列するように並べられていた。ぐるんぐるんと何かを回しながら、手を止めると中に入っている物を確認し、またグルングルンと取っ手を回し始めた。

隊員がそれぞれの持ち場で作業をしている。顔中煤だらけで、感情を無くしたように手際よく動いていた。

ゆっくりと歩きながら観察した。作業をしているだれひとりとして目は合わず、みな、見えているのは目の前にある鉄の塊だけであった。

奥では鉄の面を被った隊員たちが、火花を飛ばしながら溶接をしていた。また別の場所では、男たちが3人がかりで、2メートルほどの黒いロケット型の何かをロープで吊るし、運んでいるのが見えた。


『あれを海の中で放つと、鯨の魚影が現れる』


「つまり?」


『ミサイル』


作業の様子をぼーっと眺めていると、焦げ付くような鉄の匂いと黒い空気がアスランに襲いかかった。


「‥‥お"ぉ"ぇ」


突然ものすごい吐き気に襲れ、アスランはその場にしゃがみ込んだ。匂いのせいか空気のせいか、それとも他に理由があるのかは分からなかった。


『少し休もう』


ルステムはアスランの肩を支え、更衣室に戻ると、アスランをベンチに座らせた。更衣室の空気が新鮮に感じ、アスランは何度か深呼吸をした。



『今見たのがミサイル部隊。奥に戦車の部隊がある。どう、これが君の新天地』


「‥‥以前祖父から、僕たちの国は世界でもトップクラスの精密機械生産国だと聞いたことがあります。精密機械って、これのことですか」


『軍備品だって立派な精密機械だ』


「でも‥‥これを、僕が作るんですか‥‥人を殺す道具を‥‥」


『怖い?』


「‥‥」


『辞めるなら早いほうがいいよ。ここに残った奴らはみんな、ネジが外れて何も感じなくなってる。出ていくならまともなうちがいい。理由はテキトーに伝えておくよ。故郷が恋しくなったとかね。よくあることさ』


「‥‥聞いてた話と違って優しいんですね」


『俺?‥‥あー、コライがなんか言ってた?』


「愛想がないって」


『彼に愛想良くしても利益がないからね』


「じゃあ、僕に優しくするのは、どんな利益ですか」


ルステムはヘルメットを外しアスランの隣に腰掛けると、ポケットに手を突っ込み、『あ、だめか』と宙に浮いた手を太ももに置いた。


『俺がここに来たの、16歳の時。最初に入れられたのは銃弾の製造部隊だった。当時は俺らが最年少で俺とコライの他に、セヘルって女がいたんだ、金髪の、肌が白い女。同じ製造部隊だったんだ。あれは、17歳の時だった。ある朝、セヘルの部屋をノックしても反応がなかった。俺は嫌な予感がして、扉をぶち破って中に入った。すると、血を流して横たわってた』


そしてぼりぼりと頭をかきながら、気怠そうに立ち上がった。


『君を見てると、頭に浮かんでくるんだよ。セヘルの顔が。だからかな』


そう言うと、伸びをしながら玄関に繋がる扉へと歩いて行った。





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