第6話 第七
アスランは目を覚まし、窓の外を覗いた。周りには初めて見る景色が広がっていた。
坂道を下った先には海がいつもよりも近く、青く見えた。道路には、アスランが乗っているのと似た形の車が列をつくり、クラクションを鳴らしていた。街は賑やかだった。人がたくさん歩いていて、背の高いビルはそんな人々を囲うように建っていた。
『アスラン、目が覚めたか。あと30分ほどで到着だ』
「あ、すみません。眠ってしまって」
『いやいや、昨晩はきっと緊張して眠りにつけなかったんだろう』
コライは大きく欠伸をし、蓄えられた顎髭をボリボリとかいた。
「いえ、昨晩はぐっすり眠れました」
アスランの答えを聞いて、コライは豪快に笑った。
『ガハハハ、たくましい!ティムールの目は節穴じゃぁなかったってことだな。製造部隊に必要なのは手先の器用さだけじゃない。探究心、忍耐力、継続力。どれだけ技術が優秀でも、そこが欠けてる奴らはあれよあれよと脱落していく。しかし、きっとアスランなら上手くやれる。12歳にして親元を離れる決断をしたんだからな』
「ありがとうございます。あの、コライさんは地英隊なんですよね?普段はどんな仕事をしてるんですか?」
『俺は地英隊第一師団で、王政の城がある北区の防衛、警備、災害派遣といった国民保護を担当している。王政の常備隊は第七師団まであって、日々それぞれのエリアの防衛にあたっているんだ』
「あれ‥‥でも、国を東西南北で区切るとしたら第四師団まででいいのでは‥‥。残りの師団は何をしてるんですか?」
『鋭いね〜。第五師団は海の防衛、第六師団は地の防衛、第七師団は空の防衛だ』
「空の防衛とは、疾風隊のことですか?」
『大正解』
「‥‥もしかしたら、僕の友人がそこにいるかも知れません」
『だいなな?』
「はい」
『そりゃぁすごい友人だな。なりたくてなれるもんじゃない。だいななの隊員に求められるのは、洞察力、決断力、実行力、そして‥‥』
コライは何かを言おうとして言葉を止めた。
「そして‥‥?」
『自己犠牲の精神』
車はスピードを落とし右折した。まっすぐ伸びた並木道の先に王政の本城が見えた。正確には、今アスランに見えているのは石垣から顔を出した本城のほんの一部であった。
アスランの住む西区にも師団が見張りをするための小さな城があるが、本城は比べ物にならないくらい大きいと噂で聞いたことがあった。近づくと、石垣の高さは予想以上で、本城の屋根も見えなくなった。コライに聞くと、10メートルはあると教えてくれた。車は本城の正門前でゆっくりと左折し、どこまでも続く石垣に沿って進んだ。メーターの針は15をさしている。
『あと少しでCAR'sの工場が見えてくる。でかいぞー』
アスランは、隙間なくきれいに積まれた石垣を眺めていた。技術が進歩していない中で、昔の人はどのようにしてこんなにきれいに四角い石を作ったのだろうと考えていた。時計に目を向けた。今は午後3時。タイヤが石を踏み、ガタンと揺れた。
目線を外に戻すと、アスランの視界から石垣が消え、フェンスの向こうに整備された広い土地と、四角い白色の建物がひとつ見えた。
「うわぁ、すごい。向こうに見えるのがCAR'sの工場ですか」
『そう、あの白い建物の中で造ってるんだ。横の広い土地は最近整備されて、滑走路になった』
「何のためにですか?」
『それは今からのお楽しみさ』
コライは片方の口角を上げニヤリと笑った。
車は完全に停車し、運転手がアスラン側の扉を開けた。
『さぁ、まずは挨拶に行くか。アスラン、お前の教育係の名前は聞いてるか?』
「あ、確か紙に名前が‥‥えっと、ルステムさん?です」
『おぉ!ルステムか!そいつは俺の同期だ。はっきり言って愛想は悪い。しかし腕はたしかだ。最初はとっつきにくいかもしれんが、聞けばちゃんと教えてくれるいい奴だから安心しろ』
「はい」
『あと、モテる』
「はい?」
『鉄塊の構造にしか興味のない奴だが、謎が多いところがミステリアスでセクシーらしく女にモテるんだよ。蓋がしてあると気になるのが人間の性。まぁ見目も悪くないしな。どこがいいのか、俺には全く理解できんが』
「あぁ、そ、そうですか」
乾いた地面を歩く革靴の音が響いた。コライの腰には、小型拳銃一丁と腰鉈 、そして護身用のナイフがひっかかっていた。
「腰に巻いてるそれ、Mなんとかって拳銃ですか?」
『ほぉ〜、よーく知ってるな。こいつは最新モデル、中に9mmパラベラム弾が入ってるんだ。こういうの好きか?』
「嫌いじゃないです。よく本で読んでました」
『やっぱりアスランは、ここに向いてるよ』
工場の入り口にはひとりの男が立っていた。タバコを吸ってるのか、煙が見えた。コライが軽く手をあげると、男も手をあげて返した。コライとは対照的な細く背の高い男だった。
『あれがルステムだ。ほら、久しぶりに同期に会ったってのにニコリと笑いもしねぇ。でも俺には見える。あいつの蝋燭には、俺に会えた喜びでたった今火がついた。人は見た目では分かんねぇってことで、仲良くしてやってくれな』
コライはアスランの肩に手をのせた。
『ルステムー!たった今団長から呼び出しが入った、あとは頼んだぞー!』
ルステムは、コライの声にまた軽く手をあげた。
『じゃあな、アスラン』
「はい!あ、あの、ここまでありがとうございました!」
コライは手をふりながら車の方に向かい、アスランはその背中に頭を下げた。振り返ると、壁にもたれながら長い腕と脚を組んで立つルステムが見えた。アスランは駆け足で近づいた。
男は、白のワイシャツに黒のスラックスを履いていた。顔色ひとつ変えず、クロスしていた脚を元に戻した。
「は、はじめまして」
『どーも。君の教育係、ルステム・サイ。名前はアスランだっけ?』
「はい。アスラン・コルクトです。よろしくお願いします」
ルステムはタバコをジリジリと押し付け火を消すと、こっちに来いと言うように軽く手招きをした。
『ここからが寮』
玄関の鍵を開けると、扉は見た目に反して軽やかに開いた。
ルステムは革靴の踵を擦りながら歩いた。それが彼の歩き方らしく、そのまま廊下を進んだ。木の床がギィギィと音を立てる。
アスランが窓の外に目を向けると、緑の軍服を着た数名の男が、走ったり指示を出したりと忙しそうに動き回っていた。
「あの人たちは何をしてるんですか?」
『あぁ、あれは、だいなな』
「だいなな?疾風隊ですか?」
『んー、あれは青龍隊かな。だいななには、青龍と疾風のふたつがある。試験飛行が終わったのかな。おととい完成したから』
「試験飛行?あの、ここで造っているものって‥‥」
『あれ、聞いてない?』
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