第六話:「皆仲良く手を繋ぎましょう」って学級目標に掲げるべき?
真っ白で、一目見ただけでも明らかに上質だとわかるであろう布団に寝かされていた
うっすらと開けた瞼の先には、こちらを心配そうに覗き込んでくる最愛の兄、
「……
「……にい、さん……」
「……身体の方はどうだ?」
「うん、私は大丈夫。それより……」
ここはどこなのか。何故自分は今こうして起きているのか。兄と共に黒化されていたはずなのに。
様々な疑問が頭の中で飛び交い、
全体的に家具が少なく、白を強調としたシンプルな作りの解放感のある部屋。
寝かされている自分を、未だ心配そうに顔を歪ませながら黄金の瞳で見つめてくる兄。
思っていたよりも元気な
いや、現れたと言うと語弊になる。正確には、『ずっとそこにいたけど、推しに失礼な事はしまいとめっちゃ努力してその場で静止していたが、ついに我慢ができずに膝から崩れ落ちて泣き喚いて存在感を主張してきた』と言った方が正しいかもしれない。
「うあああ動いてる
ダンゴムシのように地面に丸まりながら、水泳選手のような肺活量で推しへの
ちなみに、悶絶するまでに追い込まれた背中と肋骨のヒビは、
連日ずっと
勝手に変態親父との約束を取り付けてきた
「……あれ、
「えっと、
「俺はそんな話信じてないからな」
「ひえっ……」
いつものように何回繰り返したかわからない我が師匠の状況説明をしただけなのに、
未だこちらに疑いをかけてくる妖王から、信頼などは一切得られていないようであった。
未だ射るような目でこちらを見つめてくる妖王の瞳には気づかない振りをしながらも、自身の話を静かに頷きながら聞き入る妹の方に、
しばらく頷くだけで無言で話を聞いていた
「……そう、そんな事があったんだね……」
深く思い詰めるようなその声色は、可憐で慎ましやかな物であるが、どこか物憂げな雰囲気を携えている。
まさか、自身が眠りについている間に再び壮絶なる戦いが繰り広げられていたとは思わず、もう戦いに身を染めてしまってほしくないと切に願っていたはずの兄がかつての仲間をまた傷つけてしまった事への悲壮から、何も言えずにただ視界を閉ざす他なかった。
一方、いつもはうざいほどに饒舌な
「……
その様はまるでどこかのホラー映画の幽霊のような有り様であり、不気味な事この上ない。
「んあ?ああ、悪ぃ……推しの沼にハマりすぎて危うく溺死するところだった」
「んじゃ、早速本題に入るな。お前の首に巻いてある枷を取ったはいいが、一つ約束してくれ。罪のない人たちには手を出すな。それだけを守ってくれたら、枷を外した状態でこの仙城内であれば自由にしててもいい」
「……お前たちがこちらに危害を加えたりしなければ、俺たちも大人しくする。だが、俺たちは忌み子の半仙半妖。今までどれだけの奴らから疎ましく思われ、石を投げ付けられて来たか……そう簡単に俺たちが自由に過ごせるとは思えない」
そう呟く
奥歯をギリッと噛み締め、やるせないとでも言うかのように細い眉を釣り上げる。
それに釣られるように、
そんな二人の様子に、自然と
「それに関しては、俺からも弟子たちに厳重に言っておいた。道友たちにも理解してくれるまで説明するし。まあ、もしもそれでも喧嘩吹っ掛けられてきたら、その時は正当防衛として少しはやり返してもいいとは思うけど……」
「
「だーいじょうぶだって!コイツめっちゃ強いし、力の加減くらいできんだろ?」
「そんなの当たり前だ」
えっへんと胸を張って言い切る
あと数日も経てば仙根も妖根も完全に元通りになり、妖王としての戦闘力を取り戻す事ができるはずだ。
本来の強さを取り戻した
強者は、他者を制圧する力を持つだけではなくそれをコントロールする事にも長けている。
とりあえずは先の事は決まったとばかりにふんふんと頷く
推しが突如として自身の元へと寄って来る事に対し、
「あの、
「へぁっ!?なにどうしたん!?」
恐る恐るといったように上目遣いで見つめてくる
しかし
「……私たちを、助けてくれてありがとう……」
「……お安い御用だよ。何かあったら、いつでも俺に相談してきな」
健気に礼を述べる律儀な
兄と違い、元々
その様の何と可愛らしい事か。
「お礼言われた猫みたいに頭押し付けられたやばい幸せ可愛い無理尊さが限界突破上目遣いの破壊力凄まじい今なら空も飛べそう」
あまりの尊さにその場からそそくさと虫のように這って逃げ出した
そのあまりにも情けない
オタクとして気持ちはわかるが、あまりにもキャラブレが酷いのでいい加減にしてほしいと思わずにはいられない。
一方、冷静沈着で生真面目だったはずの
「……ふふ、彼、本当に人が変わったみたいになっちゃったね。何だか凄く明るい性格になって……」
「……」
「……兄さん?どうかしたの?」
「……いや。何でもない」
思わず小さな笑い声を溢す
問いかけてくる妹の声も耳に入らず、
「……おい、
「んー?」
「俺はまだお前を完全に許したわけじゃない。故に、お前の事をいっさい信用もしていない。お前がどうして人が変わったかのようになったのか、そして俺たちを解放した理由すらもまだ完全にはわからない状況で信用なんかできるはずもない。それだけは覚えておけ」
鋭い声色でそう言うや否や、勢いよく立ち上がった
急に引き摺られるように兄に引っ張られていく
途端、シーンと静まり返る広々とした部屋。
こんな時にどんな会話をすればいいのだろうとキョロキョロと辺りに視線をさ迷わせる
「……アイツ、マジで性格ひん曲がってんなぁ。なーんでこんな奴が人気あるのかねぇ」
「
「お前本当に俺の事舐め腐ってんだろ」
先ほどまてキョロ充と化していた
推しの悪口を言われれば、どんな引っ込み思案だって黙っていられなくなるのは同じオタクとしてよくわかるからこそ、皮肉にも文句は言わないでおく事にする。
仙城を好きに使っていいとは言ったものの、慣れない場所で、尚且つ弟子たちとの折り合いもこれからどうなるのかと思案する
仙城に面する、修行で用いる事の多いこの広い中庭を、
せっかくだから仙城の色々な所を見て回りたいという
研ぎ澄まされた聴力が仇となり、中庭に生える大木の陰に隠れるようにしてこちらをこそこそと覗いてくる
「見ろ。
「おお、恐ろしい。いつ殺されるかわかったもんじゃない」
「
「どうやら話によると、こちらから危害を加えないかぎりはあちらからも手を出さないという取り決めをしたらしいが……三界を滅ぼそうとした妖王の約束事なぞ信用できるわけがない」
ひそひそと声を潜めながらもはっきりと聞こえてくるその不快な内容に、
何も知らない、自身に指一本すら触れるなぞ到底できないであろう有象無象が話している事なんて何の価値もない事は理解している。
しかし、やはりこうして直接耳に入ってきてしまっては気持ちのよいものでは当然なかった。
「……」
「……兄さん」
ぐっと握り拳に力を込める
一回り小さな白い手が拳に重なり、自身を抑えるかのように優しく名を呼んでくる
しかし、その拳はすぐに凶器へと化してしまう事になる。
「にしても、前から思ってたがあの妹の方は可愛い顔をしているなぁ」
「女っ気のない私たちにとっては眼福だ」
「そうだ、
弟子たちが低劣な言葉を吐き、ニヤニヤと気色の悪い笑みで
刹那の出来事に何が起こったのか理解ができない弟子たちだったが、宙に浮く若者の首に大きな手がかけられ、ギリギリと締め上げられているのに気づくと途端に言葉を失ってその場にへたり込んでしまう。
呼吸を奪われバタバタと足をバタつかせる若者を冷酷な目で睨み付ける
こめかみには太い青筋が浮き出ており、首を締めている手の甲にも血管が張り巡らされている。
「たかが人間ごときが、俺の妹を邪な目で見るとは……どうやら地獄を見るよりも苦痛な目に合いたいようだな」
「う、ああっ……がっ……!」
まるで海の底のような、冷えきった声色。
その尋常ではない兄の様子に、
このままでは、大切な兄がまた手を血で染めてしまう。
「兄さん、ダメ!死んじゃう!」
「何やってんだお前ら!」
いよいよ若者の顔から色が抜け始めた所で、突如として
背後から、首を締めている手を引き剥がそうと添えている自らの手にも渾身の力を込めるが、
「離せ馬鹿野郎!」と怒鳴り付けても、
「黙れ、コイツらは俺の妹を侮辱した。命を持ってして償わせる」
未だ冷たさを保っている声色は、まるで地の底から這うような迫力を伴っている。
居室から出ていった
(どうしてこうなったんだよ全く……!また神通力使って止めても、今の
ガッチリと若者の首を締めている手の力が緩む事は全くなさそうである。
どうにかして打開策を編み出さねばと、混乱する頭を働かせる
「あーもう、どうにでもなれ!」
そう叫ぶや否や、
そのまま
「んー!」
「!?っ……」
そう。
柔らかな薄い唇を、己の唇で優しく食むようにふわふわと吸い付けば、少しばかり
苦肉の策とはいえ、男同士で二度も口づけを交わさなければいけない事実に内心泣きたい思いでいっぱいの
しかし、意外にもこの方法は効果覿面であった。
突然の口づけにまたもや驚愕で身体を硬直させた
同時に首を絞めていた腕からもふっと力が抜けて若者から手を離した事により、若者は急速に空気を肺に取り込んで大きく咳き込んだ。
危うく死の一歩手前まで来てしまっていた若者を取り囲むかのように他の弟子たちが急いで駆けつけるが、未だ呆けた様子の
「なっ……また
「お労わしや
「このままだと
「……兄さんと
あっちこっちで好き勝手に言いたいことを言う弟子たちや、なぜか頬を赤らめてうっとりとした表情を浮かべる
「貴様っ!?一度とならず、二度も俺に穢れた口づけをするなぞ……殺してやる!」
「だってよー、普通に止めてもお前絶対止まんないじゃん。結果的にこういう不意打ちキッスの方が効果抜群だし?」
顔がトマトのように赤らむ
まるで、キスなど対して重要ではないとでもいうようなプレイボーイ的な態度だ(但し、立派な童貞である事は内緒だ)。
このカオスな状況を何とかせねばと、
「弟子ども、全員中庭にしゅうごーう!」
「!?」
その怪獣のような叫び声に、城の中にいた弟子たちもおろおろとしながら大人しく中庭へと向かう。
次々と弟子たちが中庭へと集まり出し、ついに任務で不在の者以外の全員が集まった。
敬愛する師匠や同窓たち、そして
ふと、一人の勇気ある若者がおずおずと挙手をし、
「し、
その質問に、待ってましたとばかりにパアッと笑顔を浮かべた
「命令!今後いっさい、
「ぷ、ぷらんく……?」
よくわからない横文字に若干戸惑いつつ、弟子たちは今しがた宣言されたその内容にいささか疑問と不満が込み上げてきた。
何となくだが、これでは
なぜだか自分たちがないがしろにされているような感じを受け、再び一人の勇気ある若者が挙手をした。
「し、しかし
「だーいじょうぶ!もし今みたく何かされたとしたら、俺が駆けつけて濃厚キッスして止めてやるから!というかお前ら、自分が嫌な事は人にしちゃいけないって習わなかったんか?何もやってないのに暴力振るわれたらそりゃ俺もコイツの事ボッコボコにすっけど、今のはお前らが悪いんだから多少は自業自得!はいもう今回の件はこれで終わり!仲直り!解散!セイグッバイ!」
不安そうな弟子たちを一掃しようと、
こんな話じゃ納得できそうにない。そもそも
そのような事がまるまる顔に書いてあるかのように訝しげな視線を寄越してくる弟子たちなぞ気にする素振りも見せず、
「あーあと、もう一つ」
その瞬間、先ほどとは打って変わってピシッと背中を伸ばして列を正し始める弟子たち。
その様子を見ながら、
件の人物である
深い海のような、はたまた満天の星空のような済みきった蒼い瞳が細められ、艶やかに色づく唇が柔い三日月を描く様は、まさに天女のような蠱惑さを秘めている。
そのあまりの無垢な美しさに、弟子たちや陰で見ていた
挙げ句の果てには、なんとあれだけ
怒りで赤くなるのとはまた違う、妖艶さに当てられ執着心が芽生えた時の頬の赤は、儚くも美しい色をしていた。
皆が皆、顔を赤くして黙り込んだのを見やり、
美形って最高。マジで使えると、清楚な見た目に相反した思考を巡らせているのは内緒である。
「もうこれから畏まった演技なんてしねぇ。俺は俺らしく、やりたいようにやらせてもらう。素の俺はこんな感じだからよろしくな~」
そう言い終わるや否や、
その束の間の出来事を消化しきれない弟子たちは、師匠の背中が完全に見えなくなったのをいいことに再び好き勝手な事を呟き出した。
「……あれは本当に
「何か、やっかいな妖怪にでも取り憑かれてしまったのか?」
「ああ、お労わしや
一方、一部始終を木の陰からこっそりと見ていた
これで、これからは我らが
「あーもう、知らん知らん。どうにでもなれ」
心底呆れ返ったかのようにそう呟きつつ、いつしか
一方、
「……兄さん、大丈夫?」
しばらくペチペチとし続け、ようやく戻ってきた
「……毎回毎回、何かあるごとに俺はアイツに口づけされなきゃいけないのか……?」
やはり、
頭の上にクエスチョンマークを浮かばせながら、
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