第四話:クッソ嫌われすぎて攻略法が見つからないんだが!
――――真っ暗な闇が、
逃げられない。己の犯した罪からは、逃げられない。
足掻き、沼から這い上がろうと、
誰かに届いてほしい、引っ張ってほしい。その思いを込めて、腕を伸ばし続ける。
伸ばした先には、
途端、その手は
この力強い手の主は、まぎれもなく――――。
広く開け放たれた窓から入り込む日の光に充てられ、
未だ光に慣れていない眼を細め、状況を把握するために辺りを見渡すと、目の前には己の宿敵である男がこちらを真っ直ぐに見つめる光景が広がっていた。
「……っ!」
「よっ、目ぇ覚めたかイタチ野郎?」
「
「あ…っと。ようやく目が覚めたか。
広々とした椅子にふんぞり返りながら座り、傍らに立っている
ちなみに余裕綽々とした表情を浮かべてはいるが、先ほど
一方、自身を妹とともに黒化した張本人である
射殺すような眼光を携え、憎しみを募らせた胸の内を表すかのように奥歯をギリギリと噛み締める。
妖王のその、視線だけで人を殺してしまえそうな程に強い殺意を滲ませた表情に、
「……
全ての憎しみを乗せて
同時に、目の前の男の身体を今すぐにでも引き裂いて再起不能にするため腕を振り上げようとした瞬間。
腕はおろか、足や胴体ですら何かに阻まれ、まともに動かす事が叶わない事に気づく。
言うなれば、手足や胴を頑丈な鎖で雁字搦めにされているような感覚だった。
「っ!?何だこれはっ……!クソっ!」
戸惑う
見下ろすにも限度があるために首元を見る事は叶わないが、この鎖に見覚えのある
「まぁ、なんだ。目が覚めたらお前は当然のように私を襲ってくるだろ?だから先手をとっておいたまでだ。なに、危害を加えないと約束してくれるなら、私はお前たちにはこれ以上何もしない」
「……」
この首枷は、神通力を流し込む事により強大な力を発揮する事のできる神器の一種である。
神器を創造する事を得意とする仙人が作り上げた首枷は、装着した者の神通力や妖力を一時的に外へと放出できない状態にするのと同時に、他の者に少しでも危害を加えそうになったら身体が硬直する性質を持っている。
そしてやっかいな事に、この首枷は装着する際、持ち主の神通力を流し込んで鍵をかけなければいけないため、神通力の主である者の手でなければ外す事は叶わないのだ。
首枷を装着する際、これまた小説の見よう見まねで神通力を流し込んでいた事により、今現在
普段の
しかし、黒化から目覚めたばかりでそのどちらもが尽きかけている今の現状では、抵抗する事ができない。
「……
「……
「何が安心しろだ!お前の事を俺が今さら信用できるとでも思っているのなら、お前の頭は随分とお気楽になったものだ!」
自身と妹を封印した男の言葉なぞ、誰が信じるものか。
世界の全てから裏切られ、苦汁を舐めさせられた者の怒りは、三界を震えさせる程に凄まじい迫力を携えている。
「俺はお前たちを信じない……俺たちの母親を殺した仙人どもも、俺を裏切った父や妖怪も、俺を気味悪がり、石を投げ付けてきた人間どもも、そして俺を妹とともに封じ込めたお前の事も……俺はもう、戻れない所まで来てしまったんだ!全てを恨み、全てを壊さないと俺のこの怒りや憎しみが絶える事はない!」
かつて、怒りと悲しみの果てに三界を消滅させようと殺戮の限りを尽くしてきた
「
静かに呟くその声は、どこか儚さすら感じ取れた。
妖怪の頂点に君臨する王のそのあまりの迫力に、
推しがめちゃくちゃ怖い。死ぬほど格好いいけど怖い。
おばあちゃん助けてと情けなく心の中で懇願するばかりだ。
一方、先ほどから黙って
そしてそのままゆっくりと
「……かげんに……」
「……
「いい加減にしやがれこの中二病野郎がぁぁぁ!」
先ほどの
しかし
まさか怒鳴られるとは思ってもみなかった
「思い上がるのも大概にしろよ!そもそもそんな状況で俺の事殺せるとでも思ってんのか?ああ妖王様はさぞかしお強くて偉くて大層なお方なんでしょうねぇ!ぼくがこーんなに不幸なのはぜーんぶお前たちのせいだー!ってわんわんガキみたく泣き喚けば許されるとでも思ってんのか?舐めんのも大概にしとけクソガキが!」
自分は不幸だと決めつけ、何もかも後ろ向きに考えてしまうその心を許せなかったのだ。
確かに彼の今までの事を思えば、自分の人生に絶望してしまうのは当然かもしれない。
しかし、今こうして解放された事をも頑なに受け入れようとしないその態度に、堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
怒りで手がぷるぷると震える
再びぐっと胸ぐらを掴んでいた手に力を込め、声量を落とさずに子供相手のように叱り続ける。
「いいかよく聞け!俺はお前を救いたかったから、お前ら兄妹に幸せになってほしかったから黒化を解いてやったんだよ!なのに恩を仇で返すようなマネしやがって……」
幸せになってほしいという気持ちを抱いたのは、それこそ最初は自分たちが元の世界に戻るための必要条件に過ぎなかった。
しかし、今こうして本人と対面した事により、その気持ちが徐々に本気の物となっていったのもまた事実だ。
ほぼ初対面に過ぎない相手。しかし、ずっと『修仙人妖伝』を追ってきた根っからのファンである
「戻れねぇ所まで来ちまったんなら、俺がお前らの手ぇ引っ張って連れ戻しに行ってやる!だからうだうだ言ってねぇでお前は幸せになる準備でもしとけってんだ!」
ありったけの気持ちを込めて
勢いあまりすぎてはぁはぁと大きな息切れをする
「……おい」
「は、はひっ!?」
まさか話しかけられるとは思ってもみなかった
情けなくも裏返った声が、潰れた蛙のようである。
「こいつは頭がおかしくなったのか?」
「えっ、と……
「……これが混乱だけで片付く事か?」
訝しげに視線を寄越してくる推しの圧力に冷や汗を流す
勢いに全てを任せて怒鳴ってしまったはいいものの、マジで枷外したらめっためたにやられるのでは?と今さらながらにビビり散らかす。あと普通に怒鳴ったせいで腹と背中の骨が痛い。
しかし
首枷は、他の者に危害を加える可能性がなければ日常生活程度の動きはできるため、
「……どこ行くんだよ?」
「……これ以上ここにいたら、お前のように俺も狂ってしまう。妹を連れてすぐにここを出ていく」
今の
「ダメだ。下界に出たら、お前は人間や仙人、罪のない妖怪を殺す可能性だってある。そう簡単には行かせねぇぞ」
「……もう、三界には関わらない。俺の復讐はあの時、実の父の命を持って果たした。これからは静かに妹と過ごしていく」
「……本当だな?」
「ああ」
気力のない、しかし確かな決意を滲ませたその声色に、
先ほどまでの殺意がまるで嘘のように意気消沈気味に呟く
力の入っていない手で扉に手をかける
「あっ、
「……今度は何だ」
「最後だし、せっかくならもう一回口づけでもしてみる?」
「っ!?」
そっと細い指を艶やかな唇に添えながら、
長い睫毛の影が頬に落ち、蒼い瞳が欲情を誘うかのように細められる様は甘美な光景に映る。
自身の容姿の美しさを最大限に活かしたその笑みは、相手が
しかし、件の男は馬鹿にされたと思い込んだのか、
「……俺を馬鹿にするのも大概にしろ!この変態男衆野郎!」
「なっ……俺は女の子が好きだってのバーカ!」
あんな事があっては確かに男好きだと思われても仕方がないのだが、そこは勘違いしないでほしかった。
あれは
再度言い争いをした事によるその後の独特な沈黙で、
しかしその沈黙も、
「
「えっ、でも……」
しっしっと追っ払うように手を振る
黙って後ろから着いてくる推しの存在にドギマギしながらも、
行く充てもないだろうに、それでも妹を数多の敵から守ろうと歩みを進める推しの後ろ姿を見てしまえば、もう何も言えなかった。
「
「あー、まあいんじゃねーの?とりあえず復活はさせられたし、後は好きなように
「……こんな形で
確かに、忌み嫌う宿敵の相手と共に過ごすよりかは、大切な妹と密やかに過ごしていった方がまだハッピーエンドになる確率は高いのかもしれない。
しかし、どうにも納得がいかない。
もっと何か劇的な出来事があってもいいのではないかとうんうん悩む
「あ、ところで
「……」
「……」
「……あらら、やっちゃった……」
てへへと舌を出しながらおどけてみせる
首枷を着けられたままの妖王を野に放ってしまったら、ここぞとばかりに次の妖王の座を狙おうと画策する野蛮な妖怪が現れる可能性が非常に高くなる。
万が一、
「ちょっとアンタ何やってんですか!?あれ外さないと、
というか、
巻き込まれただけの身とはいえ、あれだけ
「……仕方ねぇ、助けに行くか!」
意を決したように
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