第二話:余楽清として目覚めたはいいけど、マジでこの先どうすればいいの?
三界中に響き渡りそうな勢いで叫び散らかす
知的で冷静沈着、一見冷たくも見える美貌の裏に潜む何気ない優しさが魅力の我らが
「……どうやら
「ああ、お労わしや我らが
「やはり、妖王である
互いの肩を寄せ合いつつ、ひそひそとそう呟く若者たちの声を微かに聞き取りながら、
しかし、だからといって架空の世界でしかない修仙人妖伝の主人公に転生するという、非現実的すぎる事を受け入れられる訳では断じてない。
どうしてこうなったと遂にしくしくと涙を溢し始めた
「お前たち」
「
「…
他の若者たちと同じような、前開きの白いシンプルな作りの衣を纏い、漆黒の髪の毛を高い位置で団子状に結んでいる青年だが、その出で立ちは他の者と違い、どこか厳かな雰囲気を漂わせている。
眉の凛々しい端正な顔付きのその男に、またしても
そうだ、確かこの男は
修仙においての師範として、そして育ての親として長年にわたり
ボケっと現実逃避をしながら呆けたかのようにアホ面をする
「
敬愛する兄弟子のその言葉を受け、若者たちは未だ心配そうな表情を浮かべるも素直に指示に従った。
各々、『お大事になさってください、
ふと、それまで厳かな表情を浮かべていた
どこかで見覚えのある、怪しげな色を携えた瞳を
顔付きは全く違えど、その陰険な表情は死ぬ直前に見たあの眼鏡の青年にそっくりだった。
「……さて、
「……お前っ!あの時の陰キャクソモブヘタレムッツリ眼鏡~~韓流カブれのマッシュヘアーと空けたてで既に膿み始めた軟骨のピアス穴を添えて~~野郎か!」
「ちょっと待ってください、その悪口は僕にあまりにも響く」
やはり予想は間違いないようだった。
コイツは元の世界での
あの時理不尽に殺された怒りと憎しみが
こんな程度の罵倒では全く割に合っていない。むしろ釣り銭が山のように帰ってくるはずだ。
怒涛の悪口を言われた事で、先程までの凛々しい表情から一変し今度は捨て犬のようにしょぼくれた
「んで、どうしてこうなったのか一から説明してもらおうか?あぁ?」
背の高い恵体を子犬のように縮こまらせ、キリッとしたハンサム顔を叱られている子供のように歪ませているその様は、原作中の漢前な
ギリギリと鋭い眼光で睨み続ける
「……僕は
「……ほぉ~、男で
「あんまりモブモブ言ったら許しませんよ」
うるさい、殺人犯が言い返して来るなと喉まで声が出かかった
確かに
故に、
現実世界では
「……君も今日、講義後に嘆いていましたよね。僕も同じです。今日、修仙人妖伝の最終巻を授業そっちのけで見ていました。ウキウキとしながら読んでいたのに、まさかあんな結末になろうとは……」
何二人して授業サボってるんだ、教授が可哀想だろうという言葉が再び喉から出かかったが、またもやぐっと堪える。
小説が面白いのが悪い、と無責任な結論付けをした
「……僕の推しが!何で!あんな結末に!僕は悔しい!君も
「いやあんなにモブ否定してた癖に今自分でモブ認定してんじゃん」
ついにわぁっと涙を散らしながら叫び出した
あの弟子たちがこの状況を見ていたなら、二人のあまりのキャラ崩壊具合に卒倒する者もいたかもしれない。
しばらくの間わんわん泣き喚いていた
変わり身が激しすぎてサイコパス染みている気がしないでもない。
「そこでです。どうにかして
「いやお前のばあちゃん何者なんだよ!あと途中端折りすぎて何が何だか!」
聞き捨てならないおばあちゃん情報をあっさりと終わらせた
今の話だけで理解できた猛者がいたなら、ぜひ紹介してほしい物だ。
ふざけるなとギリギリ奥歯を噛み締めながら睨み付けて来る
さっきまでのヘタレな態度は何処へ行ったのか。
「僕のおばあちゃんは現役の最強呪術師なんです。どんな呪いもかけられる、とにかく凄い力の持ち主です。おばあちゃんが念じればそこいらの草木は枯れ果て、水は枯渇、ちょっと頑張ればこの中国全土を支配する事もできる。僕らの住んでいた世界はおばあちゃんの指一本でちょちょいのちょい、破滅だってあり得ます」
「いや現実でもそんなファンタジーな人間いるのかよ、凄いなお前のばあちゃん」
そんな凄まじい力を持ったばあちゃんがいたなら、これまたすぐさま紹介してほしい物だ。
下手したら地球ごと爆破でも出来るんじゃないかというそのばあちゃんが、なぜ孫のこんなくだらなさすぎる願いの為に力をフル活用しているのか。もっと他に、戦争を無くすとか病気の子供たちを救うとかやれる事があるだろう。
「そのおばあちゃんに相談したんです。『どうにかして推しを幸せにできないか』と。そうしたらおばあちゃんは僕の持っていた修仙人妖伝の各巻の挿絵に呪いを込めました。名付けて『
「名付けるも何もそのまんまじゃねーかよ」
どうやらネーミングセンスは皆無のようだ。
というか、呪いが限定的すぎる。
そもそもあんな形で闇落ちして封印までされてしまった
あまりにも
「呪いの込もった挿絵を口に詰めて窒息死すれば、あら不思議この小説の世界に転生する事ができるってわけです。ちなみに転生者は呪いが込もった挿絵に載っていた人物となります。君には主人公である
「つー事は、俺を殺した後にお前も挿絵飲み込んで後を追ってきたわけか」
「そういう事です」
推しの為に躊躇なく自決を選べるその強い決意は素直に凄いと思わないでもなかった。
しかし一連の話を聞いて、
これ、俺が巻き込まれる必要あった?と。
「てか何で俺を巻き込むんだよ。
「甘いですね。根っからの陰キャでコミュ症である僕がそんな大それた事をできると思ってるんですか?君は友達もたくさんいてとても気さくな人で、
「さっきから自信満々に自分を否定する言葉ばっかり使ってるけど、お前はそれでいいんか?」
「もうこの際だからいいんです」
やはり殺人の動機があまりにも理不尽すぎた。
理不尽すぎてもはや怒りも沸いてこない。
確かに生前の
明るい性格と愛嬌のある表情があってこそ、痛めのオタク性質を受け入れてくれていた友人も多かった。
だからといって、殺される筋合いは断じてないが。
次々と判明する怒涛の情報にため息をつきたくなる思いだが、
「
「君ちゃんと原作見てます?
「お前さっきから偉そうに命令してるけど、そもそもお前が俺を殺した事許してねぇからな!?」
先程まで日和っていたあの弱気な態度はいったい何処へやら。
子犬のように震えていた態度は鳴りを潜め、今度は偉そうにふんぞり返りながら
普通にブチのめしたい思いでいっばいになるが、呪いの話的におそらくコイツを伸したとしても、目的を果たすまでは現実世界に帰る事は不可能だろう。
怒りを沈める為にふーふーと深呼吸を繰り返し、幾分か気分も落ち着いてきた頃。
ふと、
「………てかこの状況的に、今って最終巻の後って事になるよな?何かめちゃくちゃ怪我してて身体中痛いし、さっきの弟子っぽい奴らも『かの戦闘』がうんぬんかんぬん言ってたし。何で物語の途中からじゃなくて最終巻後からの転生なんだよ。物語途中からだったら
「そんなの、作者様が丹精込めて作ってくださったこの作品の結末を変えるなんて事したら不敬罪に当たるからに決まってるでしょ。最終巻後なら作者様も関与してない所だし、いいかなと思ったんですよ。そんな事もわからないとか君本当にファンなんですか?」
「お前後で俺がマジでブチのめしてやるから覚悟しとけよ」
「おー、陽キャ怖い」
確かに原作ファンとして、物語の本筋を変えてしまうのはいかがな物かとは思わないでもない。
しかし、だからといってやはり人を殺していい理由にはならない。
何故か余裕綽々とした性格に成り代わってしまった
先程までの生意気な態度から一変、
コイツの情緒大丈夫か?と思わないでもなかったが、そのあまりの勢いに怒りも何処かへ吹っ飛んでいってしまった。
「とにかくお願いします!どんな形でもいいから、
地面に顔を擦りつけるようにそう叫ぶ
コイツは、推しの為に本気で運命を変えようとしている。
推しの為ならば、人を殺して自身をも殺す程までに。転生という本当に叶うかもわからない非現実的な現象に身を委ねたのだ。
それに自分が巻き込まれてしまったのには未だ怒りが沸き起こらないでもない。
しかし、もうこちらの世界に来てしまった以上、彼に協力する他に手段はない。
何より、ほんの少しだけこの強い願いに手を貸したくなってしまった。
見事に絆されてしまった
「……しょーがねぇなー。まぁ俺も、推しの
「……本当ですか!?ありがとうございます!僕も精一杯頑張ります!よろしくお願いしますね、
ようやく納得してくれた
涙で潤んだ瞳を真っ直ぐに
あまりにもコロコロと変わる目の前の男の表情に鬱陶しそうな視線を寄越しながら、
これは長い旅になりそうだと、痛む頭を抱えたい思いでいっぱいになるのであった。
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