第21話 劇は終わった

 演劇フェスティバルの帰り道、私は葛城くんと一緒に歩いていた。

 観客が口々に感想を言い合っている。


「『シンデレラの秘密』よかったなあ……」


「ああ、鬼気迫るものを感じた」


「お孫さんだけあって、気持ちの入りようが違うなあ」


「今のほうが圧倒的にいいじゃん? なんで、脚本を変えたんだ?」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 やっぱり、新聞部のサイトに公開した『シンデレラの秘密』の記事を読んできてくている人が多いのだろう。

 かなりバズったからねえ……。

 なぜ記事を書くのに苦労したのかというと、全ては麟太郎くんのせいだ。

 ゴールデンウィークのことを報告するなり、麟太郎くんは大興奮した。


「おいおい、最高の話じゃないか! 取材費を捻出した甲斐があった! 2冊の脚本に秘められた50年前の悲劇! 最高! 最高だ! 絶対いい記事になるぞ!」


「ちょ、ちょっと落ち着こうよ、麟太郎くん?」


「落ち着けるか! 2冊の脚本の謎ってだけでも美味しいのに、50年前にそんな悲劇まであるなんて! こんなの、誰がどんなふうに書いても面白いだろ!」


 そんなわけで私が記事を書くことになったのだけど――

 ……ああ、もう、本当に、思い出したくない……。


「佳奈……お前の文章、かなりアレだなあ……」


 読んだ瞬間、麟太郎くんにそんなこと言われた。


「どうやったら、あのネタで、こんな内容になるんだ? 最高級の食材を消し炭にする迷コックみたいだぞ?」


 だって、仕方がないじゃない!?

 記事なんて書いたことないんですけど!? 記事どころか、ネットで日記とかすらも書いたことないんですけど!?

 ま、まあ、自分でも少し微妙かな、とは思っていたけど……。

 そこから、麟太郎くん主導の地獄リテイクが始まった――

 いや、もう本当にね……さすがは新聞部部長という感じ。すごい勢いでツッコミが入ってくる。直しても直しても直しても、修正修正修正。

 へこたれそうになったとき、麟太郎くんに言ったよね。


「もう、麟太郎くんが書いたらいいんじゃないの!?」


 だって、相当、腹が立っていたから。

 だけど、滅多に見せない冷めた目で麟太郎くんはこう返した。


「……本当にいいのか? 佳奈、これはお前が見て、お前が感じたものだろう? 辛くても、お前の手で世に出すべきじゃないのか?」


 ――ハッとした。

 杉山さんの決意も、50年前の悲しみも、全ては私が一番知っている。

 それを麟太郎くんに伝えれば、熟練の技で素晴らしい記事を作ってくれるだろう。だけど、そこに私の感じた『熱』はない。麟太郎くんが言っていたのはそういうことだ。私にしか、私が感じたこと、伝えたいと思ったことは正確には文章にできない。

 麟太郎くんの言葉は全く正しい。単に楽がしたいだけ。この仕事は、私が最後までやり遂げるべきなのだ。

 演劇部のみんなは、足りない時間を補うため、朝練、昼休み、放課後――そして、家に帰ってからも――あらゆる時間で追い込んでいる。

 部長である杉山さんの想いに応えるために。

 ならば、彼らよりも楽な私が頑張らなくてどうする。

 これは、私の仕事なのだ。


「そうだね、頑張る」


 そんな想いを胸に、鬼のリテイクのも耐え抜き、どうにか最終稿を書き上げた。

 最終稿を読んだ麟太郎くんが、最後にこう言った。


「……ま、いいだろ。悪くはない」


 素直に褒めてくれてもいいんだよ、麟太郎くん!


「ふふふ、どれくらいのアクセス数を稼ぐかなあ……楽しみだ」


 ちょっと欲張りすぎなんじゃないですかねぇ……。

 なんて、思っていた私が浅はかでした。

 ネットに公開された記事はあっという間に反響を呼んだ。麟太郎くんの睨んだ通り、2つの脚本の謎と、そこに秘められた悲劇は人々の注意を引いたのだ。

 SNSで話題になり、大手Webメディアに取り上げられて、あれよあれよとアクセス数が上がっていく。

 わ、私の書いた記事が、こんなに読まれるなんて……。

 当然、50年前に封印さえた台本が蘇ることは大きく話題となり――ここに多くの人々を呼び込んだ。


 うーん、仕事をしたなぁ!


 ちなみに、この記事はとんでもない大炎上も巻き起こした。

 50年前のねじれを産んだ、件の大演出家である。記事では実名報道はしなかったのだけど、どこにでも事情通はいるようで、すぐに実名が割れてしまった。

 もう80歳くらいだが、今も業界では活躍している著名な人物らしい。


 あっという間にネットの大炎上――が巻き起こしたマスコミの追及に飲まれてしまい、謝罪と引退宣言をする羽目になった。


 い、引退に追い込んじゃったかあ……。なんだか悪いような……。でも、50年前のことを思うと、そうでもないような……。なんだか複雑な気分だ。

 動揺する私に、麟太郎くんがこんなことを言ってくれた。


「ま、80歳まで現役なんだ。引退を考えていた頃だろうから、いい踏ん切りくらいに思ってるんじゃないか」


 そして、続ける。


「法律には時効があるんだけど、人の感情には時効がない。今の時代、みんなが正義を振りかざしたがっている。悪だと思われると、たくさんの人から容赦のない攻撃を喰らうこともある……令和の時代じゃなかったら、こうはなってないかもしれない。まあ、お互い、言動には注意しよう」


 そうですね、はい……。恨まれないように! 公明正大に!

 そんなことを思いながら歩いていて――

 周りの人通りが少なくなってきたときだった。


「なあ、三森さん」


「ん?」


「ちょっとそこの公園で話をしないか? すぐ終わるから」



「なんの話?」


「ま、いいから」


 ご、ごまかされた! まあ、葛城くんには初取材の日々でとてもお世話になったから、少しくらいなら構わないけれど。


「ここで待っておいて」


 私を公園のベンチに座らせて、葛城くんが自動販売機へと向かっていく。

 ……?

 なんだろう、妙に改まって。おまけに、話の内容ははぐらかせて。

 ……。

 …………。

 ま、まさか!? 愛の告白ってやつ!? い、いや、そんな……そんなそぶりはなかったけども……少し行動を一緒にしていたから……旅行もしたし……ああ、そういう気持ちがあったとしても……。

 いやいや、ないない!

 そんな魅力的な女子じゃないし! 勘違い、絶対に勘違い!

 で、でも、そんなことを切り出されたら、どどど、どうしよう……。

 勝手に考えて耳まで赤くなってしまう。たぶん、赤くなっている……落ち着け、落ち着きなさい、三森佳奈……! きっとゆっくり座って劇の感想を交換したいだけなんだ!

 ……でも、それなら誤魔化さなくてもいいような。


「お待たせ、はい」


 戻ってきた葛城くんが缶ジュースを差し出してくれる。


「付き合わせたから、プレゼント」


「あ、ありがとうございましゅ……」


 あ、噛んでしまった。

 プルタブを開けて、葛城くんがゴクゴクとジュースを飲む。一方、私は両手で缶ジュースを持ったまま、固まっていた。

 お、お願いだあああ! 葛城くん、早く本題を切り出して……!


「実はさ、三森さんに聞きたいことがあるんだ」


 今、好きな人はいますか、とか?


「なんていうか……俺も半信半疑で、よくわからず喋るんだけど……」


 意を決したように葛城くんが続けた。


「三森さん、その……人の過去に関わる力――みたいなのを持ってない?」

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