第20話 演劇フェスティバル
ゴールデンウィークから、あっという間に日が過ぎて――
本当に、もう、光陰矢の如しという言葉すら生ぬるいほどの忙しい日々があったんですよ……。
演劇フェスティバルの当日となった。
私と葛城くんは近所の大ホールに向かう。初夏の陽射しがまぶしくて、制服の袖をまくりあげた腕に熱が感じられる。ホールの中はひんやりとして、照明の淡い明かりが舞台を神秘的に照らし出していた。
「お、なかなか、たくさん客が来てくれてるな!」
葛城くんの口調が実に誇らしい。
言葉の通り、映画館の大箱ほども大きい空間には、すでにたくさんの客が姿を見せていた。
「俺たちも少しばかりは貢献できたかな?」
「あはは……貢献できなかったら、泣くかも……」
いや、絶対にできているはずだ。
新聞部のWebサイトで公開した記事は反響を呼び、大手のサイトにも紹介されたんだから。
あれだけ見てもらえたのは執筆者である私としては幸せだったけど、そりゃもう産みの苦しみと言ったら――(涙)
麟太郎くんのこだわりが炸裂しちゃったからね……。
私は記者として素人だからね……。
いや、私の苦労なんて、たいしたことではないのだ――杉山さんたち演劇部の奮闘を思えば。
ゴールデンウィークが終わった初日、約束通り、『シンデレラの秘密』をどの台本で進めるか話し合いが持たれた。
副部長の松本さんは、杉山さんが持ち帰った台本を読んだ後、
「反対しようと思っていたんだけど、これを読んだ後じゃ仕方がない。脚本の完成度が違うんだから。前のものなんて、もう使えないよ」
そして、続ける。
「部長、やりましょう」
他の部員たちの顔にも迷いはない。
彼らは再び、一致団結したのだ。この作品を、杉山さんの思いを、世に送り出してみせると。
「……本当に、ありがとう、みんな。私のわがままを聞いてくれて」
松本さんは目に涙を浮かべたが、すぐに晴々とした表情を浮かべた。
「一緒にいいものを作ろう!」
ええ話やなあ……という感じだが、現実はええ話だけでは終わらない。
演劇フェスティバルの公演日が延期になるはずもない。公演日のカウントダウンが迫る中、演劇部は必死に練習をしていた。
そのおかげか、最後の通し稽古では、特に問題もなく進んだ。
「ははは、奇跡だ!」
そんなふうに松本さんが笑っていた。
その奇跡が、本番でも続いきますように!
私たちの席は舞台の中央寄り、ちょうど良い場所だった。
周りには他の生徒や地域の人たちも集まっていて、期待に満ちたざわめきが漂っている。
目の前のステージは幕が降りていて、その向こうにどんな物語が待っているのか、想像するだけで心が弾んだ。
やがて、時間が来た。
電気の輝きが落ちて、舞台が始まる。
この演劇フェスティバルには、近隣の学校の演劇部が参加している。一定の足切りが存在するのか、どの演劇部も立派な演技を見せてくれていた。
「なかなか面白いな」
幕間、そんな葛城くんの囁きに私は頷くことを迷わない。
だけど、やっぱり見たくて見たくて仕方がないのは――
「続いて、ナンバー3、星川中学校演劇部、『シンデレラの秘密』です!」
来た!
その気持ちは、私たちだけではなくて、他の観客も同じようだった。観客たちの空気が変わったのを感じる。
新聞部の記事を読んでいれば、バックストーリーは知っているのだろう。であれば、これが真の『シンデレラの秘密』とは違うものだということも――
歴史の闇に消えていた本当のシナリオ、それはどんなものだろう?
それを、関係者の孫である演劇部はどう表現するのだろう?
みんなの、好奇心が空気に溶けた。
――やがて、50年前に開くべきだった幕が、今ついに上がる。
物語は、シンデレラと王子の結婚式から始まった。
舞台上には美しいドレスをまとった杉山さん、その隣には、王子役の松本さんが立っている。
「王子から頂いた愛を、私は確かに受け取りました! ですが、この愛は私たちだけのものではありません! 王国に住むすべての民もまた、我々の大切な隣人なのですから!」
杉山さんのセリフが朗々とホールに響き渡る。
おお……すごいな……。稽古場では何度も見ていたけれど、それとは迫力も本気度も違う。これが本番かあ……。
杉山さんの気合いに呑まれるように、私は劇に没頭する。
歴史の闇に埋もれた本物の『シンデレラの秘密』――それは、シンデレラと王子が王国を周りながら、国民たちと触れ合う心温まる物語だ。
書き換えられた後の『戦争やスパイが横行するシナリオ』とは真逆の、小さな優しさと小さな幸せを重ねていく物語。
心温まる繊細さの積み重ねが、涙腺にくる。
「ぐす……」
うう……涙もろくて。好きだな、このシナリオ。
終盤、王子とシンデレラは迷いの森に入ってしまう。妖精たちの干渉を受けてしまったからだが、
そこで、巨木に宿る大精霊から、『シンデレラの秘密』を聞かされる。
――あなたは妖精たちに愛されているのです。なぜなら、あなたには妖精女王の血が流れているからです。
亡くなったシンデレラの実母の家系には、そんな秘密があったのだ。
この展開を聞いたとき、葛城くんは新聞部の部室で、
「前の脚本だと無視された『秘密』が明かされたのはいいけどさ、ちょっと雑過ぎないか? 実は隠された血の力がありました! って。少年誌かよ」
なかなか厳しい批評をこぼしていた。
それを聞いた部長の麟太郎くんが、ふふふ、と笑った。
「教養がないな、葛城くん」
「どういう意味ですか?」
「絵本とかだとあまり書かれていないけど、シンデレラの足は小さかったんだ。足が小さ過ぎて、誰の足にも靴のサイズが合わなかった。じゃないと、おかしいだろ? 普通のサイズなら、国中の女性で1人くらい同じ人がいてもいいのに」
「確かにそうですね……足が小さかったのか……」
「妖精の血筋というのは、この足が小さいことを伏線とした設定だ。だから、無理やり取ってつけたわけではないだろう」
妖精たちとも縁を取り付けたシンデレラは王城へと戻る――
「ああ、なんて素晴らしい国、素晴らしい民なのでしょう。私は幸せ者です」
「君に気に入ってもらえてよかった、君だって、素晴らしい王女だ。民は君のことを好きなようだ。もちろん、僕が最も君を愛しているけどね」
なかなか松本さんがキザなセリフを口にする。
松本さんの演技も立派だった。初めて出会ったとき、緊張で演技をミスしていた姿はどこにもない。堂々とした姿で、主演女優をサポートし続けていた。
「2人でこの国を導きましょう。もっともっと素敵で、もっともっと美しい国に」
「ああ、一緒に頑張ろう!」
見つめ合い、手を取り合う二人。そこに永遠の未来があると信じたくなるほどの光景だった。
このずっと続く幸せを見ていたい――
だけど、永遠なんて言葉はなくて。照明が暗くなっていき、緞帳が降りる。
夢のような舞台は、終わりを迎える。
観客席から大きな拍手が巻き起こった。その音は物静かな物語とは対照的なほどに熱狂的だった。まるで胸に広がった大きな感情を吐き出すように。それほどの感動を与えてくれたことに感謝するかのように。
「ううう……ぶううう……」
私も泣きながら手を叩いた。本当、泣き上戸でごめんなさい……。
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