第17話 稽古場の記憶
私たちは野村謙三さんの案内で、稽古場を訪れた。
稽古場は古びた木造の1軒屋で、もう手入れもされていないのだろう、周辺にぼうぼうと雑草が生い茂っている。
「……ここが、稽古場だ」
ぶっきらぼうに言うと、野村さんはドアを押し開ける。薄暗い部屋の中、窓から差し込む光に当てられて微細な埃が透けて見える。
「うわっ!?」
葛城くんが鼻を抑えて顔を背ける。
「……最後に来たのはいつかな……。中はこんな感じだが、やめておくか?」
「いえ、探します」
絶対に引かないぞ、という強さで杉山さんが言い返す。当然だ。ここまで来て後に引けますか! 一応、バタバタとあちこち探すのを覚悟して、全員ジャージ姿出来ているしね!
野村さんは肩をすくめると、そのまま稽古場に入っていく。
広大な一軒家をそのまま使っているらしく、まさに『田舎の家』という感じだ。使わなくなったときに整理はしたようだけど、家具とかはそのままらしく、時間が止まったような風情であちこちに配置されている。
……もちろん、本棚もあって、そこには何かしらの台本とかが詰まっている。
これは色々と探しがいがありますなあ……!
「先に言っておく。お前たちの探している台本はここにはない。それでも探したいのなら好きにしろ。暗くなるまで付き合ってやる。だが、これ1回だけだ。それ以降は、昔の仲間も含めて2度と連絡するな。わかったな」
「はい!」
ここしか手掛かりはない。頑張るだけだ!
古い床がぎしぎしと音をたて、埃の匂いが鼻をつくなか、私たちは一軒家の捜索に取り掛かった。棚の中、引き出しの中、古い箱の中……どこを見てもホコリだらけで、手が汚れてしまうけど、そんなことは気にしていられない!
という感じでやる気満々で奮闘したものの――
「見つからないなあ……」
葛城くんがため息をつく。杉山さんも難しい顔がしている。
『シンデレラの秘密』の台本なら見つかったのだ。
残念ながら、もともと杉山さんたちが使おうとしていた台本と同じものだったけど……。お婆ちゃんから聞いた『シンデレラの秘密』につながる情報はどこにも見つからなかった。
ううむ……。
そんなことをしているうちに、すでに日は翳り始めていて、残り時間は少なくなっている。
何か糸口を見つけないと――
疲れている私たちに、それまで押し黙っていた野村さんが嘲笑まじりに話しかけてくる。
「言っただろう、ここにはないって? 無駄足だったな。そろそろ帰ったらどうだ?」
杉山さんが首を振る。
「……まだ、天井裏とかは探していませんから」
「映画じゃないんだ! そんなところにあるわけないだろ!」
そんなことは杉山さんもわかっている。だけど、それくらい糸口がないし、それくらい諦めたくないのだ。
「正直な、早く出ていって欲しいんだ。ここは俺たちの青春であり、思い出の場所だからな。楽しいことも苦しいことも、星の数ほどある。見た夢も、散った夢も。何もかも。俺たちの青春の墓場なんだよ、ここは。無関係なお前たちに踏み荒らして欲しくない」
その感傷的な言葉は、しかし、役者としての感受性に優れた杉山さんの心にはどしりとのしかかった。杉山さんは諦めかけている。確かに、無駄な徒労で、墓場と呼ばれた場所を荒らすことに罪悪感を覚えている。
だけど、その感傷的な言葉は――
ぱちり。
あ――
私の『追憶』をも干渉する。その瞬間、私は、見た。この稽古場で談笑する、若い男女の集団を。
その中には、孫の杉山さんに似た面立ちの初子さんの姿もあった。とても、にこやかで楽しそうな様子だ。
そうか、これも『糸口』なんだ。
糸口は過去にだって存在する。私の力なら、その過去の糸口を見つけることができる。この突破口がある限り、諦めるわけにはいかない――!
「……無関係なんかじゃ、ありませんよ!」
私は声を絞り出す。視線をぴたりと野村さんに向けて。
「何ぃ?」
「だって、杉山さんは初子さんのお孫さんじゃないですか! お墓参りをする権利くらいありますよ!」
「くっ……!」
図星のように、野村さんが顔をしかめる。
「台本とか関係なく、せめて初子さんの話を聞かせてくださいよ。あなたたちの仲間だった初子さんのことを!」
「初子のこと、か……」
野村さんの顔に暗いものが浮かぶ。それは、後悔、あるいは、懺悔――野村さんが初子さんに罪滅ぼしの気持ちを持っているのは間違いない。
だから――
「……初子の孫か……いいだろう、少しくらい話してやる」
杉山さんが劇団について話し始めた。その成り立ちから、地域で名声を得るまで。言葉を選びながらではあるが、とつとつとした口調で。そして、初子さんがどれほど輝いた女優だったのかも。
杉山さんも葛城くんも無言でじっと聞き入っている。
だけど、私にとって杉山さんの言葉は遠くで響く雷のようだった。私の目も耳も、今この稽古場で繰り広げられる青春讃歌に注がれていた。
若い頃の野村さんや、初子さんや、光代さんたちが演劇に青春と情熱を注ぎ込んでいる。少しでも劇をよくしようと練習に励む苦しい姿も、それを見た観客たちが熱狂する姿も、全てが眩しい。
野村さんの話す言葉は、それを正しく伝えてくれていた。
「才能ある女優たちの中でも、初子の演技力は頭抜けていた――」
その言葉の通り、初子さんの輝きは他の団員たちを圧倒していた。団員たちは初子の才能を褒め称え、あるいは嫉妬していた。そして、観客たちは劇を終えると、まず最初に初子さんの演技を口々に評価した。
それほどの中心人物だった。
「そんな人気絶頂の中、演じたのが『シンデレラの秘密』だ。有名な脚本賞を取った作品でな、著名な演出家も読んで、俺たちはその公演にかけていた。こいつで成功して、東京を目指す! ってな……」
野村さんが、当時の話を始める。
――だけど、そこで分岐が起きた。
今までは『追憶』の映像と同じ内容だったのに、全く違う過去が見えてきた。
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