第16話 稽古場を探そう!

 残された唯一の希望、稽古場は見つかったわけだが――

 別の問題が出てくる。

 鍵だ。

 当たり前だが、建物には鍵がかけられている。管理している人物の許しを得なければ中に入ることはできない。

 優秀な叔父さんは管理者が誰かも教えてくれた。


「野村謙三さん。この辺の地主で有力者だな――あと、婆さんの連絡帳にはなかったけど、劇団の人間らしい」


 叔父さんは、野村さんに連絡しようか? と言ってくれたが、杉山さんは首を振った。


「直接、話したいから、家の場所を教えて」


 おそらく、そのほうがいいだろう。なぜなら、野村さんにも栗田光代さんから連絡が入っているだろうから。電話をかけても門前払いの確率が高い。

 であれば、直談判のほうがいい。

 同じ門前払いでも、電話は通話を切るだけだけど、こっちは学生3人だからね? そんなに簡単じゃないよ?


 翌日――

 私たちは野村謙三さんのお宅へと向かった。近所の人に聞くと、趣味で畑をしているらしく、そこを訪ねることにした。

 いたいた。

 教えてもらった場所には、栗田光代さんと同じ年くらいの、かくしゃくとした雰囲気の老人がせっせと畑仕事をしている。

 彼が畑の脇に移動して、休憩をするタイミングで声をかけた。


「……あのー、野村謙三さんですか?」


 杉山さんが先陣を切る。

 野村さんは私たちを一瞥して、ため息をついた。


「お前たち、初子さんの孫か?」


「……はい」


「……光代さんから話は聞いているよ。お前たちに話すことはない」


 にべもない。

 身長は170センチくらいだが、背筋がピンと伸びていて、畑仕事を続けているからだろうか、体格も歳の割にはがっしりしている。

 まるで、そそり立つ巌のような雰囲気だ。

 だけど、それで帰るつもりなんてない。電話じゃなくて直談判に来たんだから!


「……何を隠しているのかわかりませんし、知る必要もないと思っています。ただ、私たちは2冊目の『シンデレラの秘密』の台本を探しています。そのため、稽古場に入りたいんです。鍵だけでも貸してもらえないでしょうか?」


「2冊目じゃなくて、1冊目だ――」


 つい反射的に出てしまった言葉に、野村さんは自分でもびっくりしたかのように肩を震わせる。

 ……1冊目……?

 つまり、オリジナルがお婆さんの話していた内容なのか……?

 だけど、それを咀嚼している暇なんてなかった。


『追憶』が反応して野村さんの昔の感情が、私に流れ込んできたから。それは映像はないけれど、とても冷たくて寒々しい――

 後悔。

 初子さんへの強い感情が、そこにはあった。

 ……これは……?

 自分のセリフを誤魔化すように、野村さんが鼻で笑う。


「無駄だよ。そんなもの、もう残っているわけがない」


 ぷいと野村さんは顔を背けるけど、杉山さんも引かなかった。


「どうしても探したいんです! お婆さんから聞いた話を劇で使いたいんです!」


「しつこい!」


 野村さんが声を荒らげた。


「何度言わせるんだ! そんなところに台本はない!」


 その剣幕に、さしもの杉山さんも後退りする。

 だけど、私は諦めたくなかった。野村さんの感情のかけらに気づいてしまったから。後悔なんて、抱えていいものじゃない。それは晴らすべきで――それができるのは、私たちだけなんだ。

 勇気を振り絞って!


「お願いします! 台本探しに協力してください!」


「くどい! 帰れ!」


「帰りませんよ! じゃないと、野村さんの後悔が終わらない!」


「な、なんの話を――!?」


 否定するけど、その言葉は弱い。私の言葉は間違いなく、野村さんの弱点をついている!


「初子さんに申し訳ない気持ちがあるのなら! 孫である杉山さんに協力するのが正しくないですか!? きっと気持ちも晴れます!」


「知ったふうな口を――」


 野村さんの顔は激怒を通り越して真っ青になっていた。口元が震える。


「お前に何がわかる!」


「――――!?」


 激昂した野村さんが距離を詰め、平手で私を打とうとした。

 びっくりしたのと恐怖で、体が動かない……!

 当たる――!

 だけど、その前に大きな体が私の前に立ちはだかる。

 葛城くんだ。

 葛城くんは太い腕で野村さんの平手打ちを受け止めていた。


「……すんません、こいつ、女の子なんで。暴力はやめてください」


 野村さんも体が大きいが、野球部で鍛えていた葛城くんも引けを取らない。激昂する野村さんの目を、葛城くんが凝視する――

 舌打ちとともに視線を逸らしたのは野村さんだった。少し距離を取り、深く息を吐いて、少し冷静さを取り戻したようだ。


「妄想を垂れ流したデリカシーのない発言だ。謝るつもりはない」


 きっぱりと言った後、続ける。


「だが、こちらも反応が過剰だった。それについてはこちらも悪い。謝罪の代わりに、稽古場への鍵を貸してやろう」


 やった! 手掛かりが繋がった!

 飛び上がりたいほど嬉しいけど、やめておこう。そういう空気じゃない……。


「準備がある。今日の午後3時に稽古場まで来い。遅れたらこの話はなしだ。私の立ち合いのもと、3時間だけ許可する」


 そう言い切ると、野村さんは、もう話すことはないとばかりに黙り込む。

 私たちはお礼を言ってその場所を離れた。

 ああ……怖かったあああ……でも、無事に鍵をゲットできたから、頑張った甲斐があるよ!


「ありがとう、葛城くん! 守ってくれて!」



「ははは、ボディーガードとしてついてきているから。大丈夫さ」


「痛くなかった?」


「鍛えているから、あれくらい余裕さ」


 と答えた後、質問を口にした。


「なあ、三森さん。ちょっと質問があるんだけど?」


「何?」


「どうして、野村さんが、お婆さんに後悔を感じているってわかったんだ?」


「ブホッ」


 どうしても何も……記憶を読んだからですが!

 だけど、言えない話でして……うううん……何かいい言い訳はないかなあ……?


「それは簡単よ、杉山くん」


 悩んでいるうちに、杉山さんがそんなことを言う。


「え、どうしてですか?」


「栗田光代さんもそうだけど、隠し事をしているのは明らかだから。だったら、普通の人なら後悔していてもおかしくはないでしょ?」


「ああ、確かに!」


「つまり、三森さんの優れた人間観察と、とっさの機転によるカマかけってところじゃないかな?」


 全くもって違うんですけど――

「え、ええと……はい、そ、そんな感じ、です……」


 いや、もう、それ、採用です!


「すごいわね、三森さん。ついてきてもらってよかった。あなたがいなかったら、どうなっていたことか!」


 過大評価感がすごいけど、ま、まあ……結果オーライなので、これでいいかな!? 

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