第11話 杉山部長のお宅訪問

「ううん……そ、それは――こう、作中から類推していね、方式、とか?」


 松本さんの言葉は実に苦しそうだった。


「松本くん、類推できた?」


「いや、全く……」


「あなたに理解できないものを、普通の人が理解できるはずないでしょ」


「そうだね……」


 苦笑してから、松本さんが話を切り返した。


「確かに、この脚本は粗い部分もある。それで、杉山はどうしたいんだい?」


「この脚本を演じたくない、と思い始めている」


「――!」


 部員たちの体が震えるのを感じた。

 無理もない……今までかなりの時間を練習に費やしただろう。それだけじゃない。公演の日は決まっているのだ。ゼロから新作を練習するとなると――

 松本さんが首を振る。


「……無茶を言わないでくれ。それが無茶なことは、部長もわかっているだろ?」


「おかしなものを世に出したいとは思わない」


「現実的には厳しいよ」


 他の部員たちも口を開いて、意見を表明し始める。内訳は、もちろん、杉山さん個人軍vs残りの部員。部長といえども、これほどのちゃぶ台返しを許すわけにはいかないだろう。

 全部やり直しだもんなあ……。


「エンタメじゃないか。そこまで深く解釈しなくても……」


 そんな部員の声に、噛み付くような口調で杉山さんが反論する。


「いいものを作りたいからこそ、こういう細かいところにもこだわりたいの!」


 直後、熱くなっていた杉山さんの表情が曇る。


「……ごめんなさい。言いすぎた」


 そして、首を振った。


「お互いに冷静になりましょう。また明日、話をさせて」


 そう言うと、杉山さんは荷物をまとめると足早に部室を出ていった。

 残された演劇部の部員たちが顔を見合わせて、どうしようか、と話し合っている。腹が立っている、というよりは、困っている感じだ。まとめ役の松本さんが「わかった、杉山にはよく話をするから」と言って、部員たちを落ち着かせている。

 ……まあ、どうしよう、と困っているのは私もなんですが……。

 隣に立つ葛城くんにこそこそと話をする。


「ど、どうしようか……?」


 だって、演目が変わるのなら、今までの取材をやり直さないといけないから。別に嫌ではないし、必要であればやるのだけど……問題は、いつから始めればいいかだ。全てがリセットされそうなんだもんなあ……。


「そうだな。まあ、細かいことは麟太郎さんと相談するとして――」


 葛城くんは、今日の昼ごはんを報告するかのような、のんびりとした口調で次の言葉を続けた。


「とりあえず、杉山さんのお宅訪問してみるか」


「そうだね――って、なんで!?」


 なんで、この状況で、杉山さんの家に行くの!?


「え? だってさ、演劇の取材はしばらくできないなら、出演者を取材するしかない。杉山さんの記事なら、興味を持ってくれる人もいるんじゃないか?」


 そして、私の大声に反応して(うるさくてごめんなさい!)こちらに目を向けていた松本さんたちに声をかける。


「すんません、今から新聞部の二人が家に行っていいか、メッセージか何かで杉山さんに確認してもらえませんかね?」


 ほんと、すごい行動力だな……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 松本さん経由で確認してもらい、訪問の許可が取れた。取れてしまった……。


「よし、行こう!」


 ついでに住所も教えてもらって、スマホの地図を頼りに二人で歩いていく。

 杉山さんの家は、庭付きの古い日本家屋だった。なかなか昭和なたたずまいで、時代を感じてしまう。

 玄関先で、部屋着に着替えた杉山さんが迎えてくれる。


「まさか実家でインタビューしたい、なんてね。しかも、あの話の直後に」


 困ったような、でも、意表をつかれて笑ってしまそうな、そんな顔だった。


「ははは、鉄は熱いうちに打て、それが記者魂だ、と麟太郎さんから教えられたんですよ」


 葛城くんが悪びれもなく応じる。


「ご迷惑でした?」


「別に、予定はないから。それに取材が無駄になっちゃうと悪いからね。罪滅ぼしってことで」


 杉山さんに案内されて、大きな居間だ。リビングではなくて、居間。ビシッと緑色の畳に、大きな座卓がでーんと置かれている。


「両親はいないから、好きにくつろいでくれていいよ」


「じゃ、遠慮なく」


 葛城くんと私は杉山さんの対面に座った。葛城くんが口を開く。


「杉山さん、脚本の違和感について教えてもらえますか?」


「構わないわよ」


 そう言って、部室で話した内容を噛み砕いて話してくれた。


「――全体的に、派手な展開を盛り込もうとして急展開すぎる印象ね。もう少し丁寧な展開にするべきだと思うんだけど」


「やっぱり、演じるのは無理ですか?」


「できることはできるけど、あんまり気が進まないかな。気が進まないから、みんなに相談した」


「役者としてのプライドですか」


「うーん……それだけじゃなくてね、この作品だけは、割り切れないまま演じたくないんだ」


「どうしてですか?」


「だって、これは私のお婆ちゃんが所属していた劇団が作った脚本だからね」


「「へー」」


 葛城くんと綺麗にハモらせた後、私はうっかり大声で続けてしまった。


「えええええええ!? お、お婆さんが!?」



「うん」


「知らなかったですよ!?」


「……誰にも言ってないからね。思い入れがあるって話すと、他の部員たちの重荷になるかもしれないからね。あ、とくダネだった?」


 劇が変わらなければ。いいフックになるかもしれない……!


「……あれ? でも、部長はこの脚本の採用に反対だって聞きましたけど?」


 確か、副部長の松本さんがそう言っていた。

 お婆さんの関係があるものなら、むしろ、積極的であるべきでないか?


「一読して、何かが違うと思ったから、かな……。みんなに遠慮して決定を譲ったけど……失敗だったな。演技のために理解すればするほど、それが大きくなってきて――」


「その違い、お婆さんに相談してみたらどうですか?」


 関係者であれば、何かいいアイディアを出してくれそうだけど。

 杉山さんは首を振った。


「お婆ちゃんはずいぶん前に亡くなったから、今はもう……」


 杉山さんはため息まじりにつぶやくと、縁側に視線を送った。懐かしそうに目尻が緩む。


「小さいとき、あそこでお婆ちゃんと並んで座って、色々と話をしてもらったな。もうあんまり思い出せないけど、おばあちゃんが演劇好きだったのは心の底に残っていて――私を沼に引き摺り込んだ張本人かもね」


 ふふふ、と笑ってから、杉山さんが続けた。


「また話がしたいな、お婆ちゃんと」


 その瞬間だった。

 私の視界とは別の映像が脳裏に広がっていく。時間が伸びたり縮んだりするような、ぐにゃぐにゃとした曖昧な感覚。

 ……ああ、これは……!

 きっと杉山さんの感情に反応して、全ての記憶を蘇らせる能力『追憶』――それが始まったのだ。

 縁側に二人の人物が座っていた。1人は小綺麗な格好の老婦人。もう1人は、背丈が100cmくらいの小さな少女。

 ああ、あの二人は――

「ねえねえ、お婆ちゃん! またお話聞かせて!」



「やれやれ、凛は本当に、お話が好きな子だねえ」


 凛。杉山さんの名前だ。

 つまり、この二人は杉山さんとそのお婆ちゃん。私は、二人が話していた頃の記憶を見ている。


「今日はなんの話を聞きたいんだい?」


「あれ! シンデレラが終わった後の話!」



「はいはい。本当に凛はあれが好きなんだね。いいよ、よくお聞き――」


 そうか……杉山さんは子供の頃にずっと『シンデレラの秘密』の話を聞かされていたのか……。

 その話に耳を傾けながら、私は内心で心が冷えるのを感じた。

 ――え……?

 お婆ちゃんが語ってくれた話は、私の知っている『シンデレラの秘密』とは全く違う内容だったのだ。


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