第8話 追憶、その届け先は
真咲さんが口を開く。
「ずいぶんと大きな口を叩くな。プレッシャーに押しつぶされそうだったお前はどこに行った?」
「覚えてなーい! 俺は本番に強いタイプなんだよ! つって――」
そこで倉田さんが真剣な表情を浮かべる。
「――必死だったからな。本当に必死だった。下の連中に情けない姿を見せられなかったからな。死ぬほど練習した。それが良かったんだろ?」
「後輩にカッコつけたかっただけだろ。なんで、そんな爛れた理由で頑張ったお前が最優秀男優なんだ」
「ちゃんとカッコつけられたから、最優秀なんだよ。はははは!」
「少しくらいは認めてやる。いい演技だったぞ」
それから、真咲が話題を変えた。
「……次の部長は杉山か?」
「だな。演劇に対する厳しさと真摯さ――あと、演技のスキルが頭抜けている。あいつになら、託せる」
「副部長は?」
「松本しかいねーだろ? 杉山は熱くなりやすいからな。優しいあいつがフォロー役に最適だ。憧れたやつを間違えたせいで自己評価が低いのが難点だけど……。なあ、憧れられている真咲さん?」
「見上げる星が高いことはいいことだ」
「言うねー」
「いつか気づくだろう。俺のようにしなくても、あいつの演技にはあいつの良さがあることに」
「そう言ってやれば?」
「俺が言うと思うか?」
「思わないねー」
……あ……。
倉田さんの、ヘラヘラとした笑い声が遠くになっていく。風景が遠くへと去っていく。私が、過去から離れていく。現実が近づいていく。
「――大丈夫。あいつらに託せば、間違いはないさ。俺たちの、最高の後輩なんだから」
現実に戻った。
私の前には、松本さんと葛城くんがいる。
……どうやら、私の異変に気がついていないらしい。無理もない。体感的には長かったけれど、一瞬のことだから。
私はメッセージを受け取った。とてもキラキラとした、宝石のような。
きっと、誰かに受け取られるべきものを。
さて、私はどうすればいいのだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
インタビューが終わったけれど、松本さんの顔色は最後の最後まで暗いままだった。亮太くんは少し残念そうに見えたが、私の心には何かが残った。
このままじゃいけない。松本さんの心に何かを伝えなければ――
「俺、野球部だったんですよ。エースで4番で――だから、試合の前は吐きそうなくらい緊張する日もあって、でも、ちゃんと練習の成果は出せました。だから、松本さんも思い詰めないでください」
亮太くんの声はいつも通り明るいけれど、どこか優しい響きがあった。
「そうだね」
松本さんは弱々しく笑って答えた。その笑顔にはまだ不安が漂っている。彼の心には、先輩たちの偉業と、自分への不安が混在しているんだ。
このままだと松本さんの心の重荷は消えない。言葉だけでは伝わらないのなら、
言葉以上の、言葉を超えた『何か』を伝えるしかない。
そして、それができるのは、私しかいないんだ。
「……実は……その……」
ああ、なんだか変なことを言おうとしている。だけど、仕方がない。自分の能力を隠す以上、使える手は限られてくる。
「応援が得意なんです! 応援させてください!」
松本さんは一瞬驚いたような顔をしたが、楽しそうに肩を揺すった。
「応援か、ははは、面白いことを言うね!」
「やってみてもいいですか?」
「いいよ、やってみて」
立ち上がってもらった松本さんの後ろに回る。すーっと深呼吸をした。深呼吸をした。手のひらが少し汗ばんでいるのを感じたけれど、それが緊張の証だ。
だって、自分以外の人に対してこの力を使うのは久しぶりだから。
美咲ちゃんの声が蘇る。
――私、そんなことしないもん! お母さんがくれた大切な人形だもん! どうして、そんなひどいことを言うの、佳奈ちゃん!
大丈夫、大丈夫。
だって、この記憶は絶対に松本さんを傷つけないから。
きっと、救ってくれるから。
信じよう、二人の先輩と松本さんの絆を――!
集中して、彼の背中に手を当てる。そして、力強く言った。
「がんばれがんばれ、やればできるぞ、えいえいおー!」
言葉とともに、過去の記憶が松本さんへと流し込む。
お願い、伝わって!
「――え……? これは……? 部長……?」
松本さんの体が震えた。
まるでそこにはいない誰かを幻視したかのような、あるはずのない蜃気楼を見つけたときのように、松本さんが前に踏み出す。
見えている、届いている。
先輩たちの残してくれた感情が。
松本さんたち後輩を思う気持ちが。頑張れよ、と託してくれた想いが。
封じられていた先輩たちの声が、彼の心に染み込んでいく。
「部長……僕のことを……」
松本さんの目に涙が浮かんでいる。彼の表情が徐々に変わっていくのが感じられた。心の中で何かが解けていくようだった。
「え、あ、あの、どうしたんですか……?」
亮太くんが心配そうに松本さんを見ている。彼には見えていないからね……。
松本さんは鼻をすすりながら、目を擦る。
「ごめん。ちょっと……言葉にならないんだ。僕もよくわからなくて。だけど、うん……」
涙に濡れた目で私を見つめる松本さんの顔には、どこか晴れやかな表情が浮かんでいた。
「ありがとう。応援の効果なのかな……なんだか、気分が良くなったよ」
「よかったです!」
「なんだか、自分の演技に集中できそうだ。明日から頑張るぞ!」
松本さんが笑顔を浮かべる。夕焼けの光が部室に差し込み、彼の背中を優しく包んでいる。それはまるで、新しい希望の光のようだった。そんな光景を見つめながら、心の中で彼の成功を祈った。
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