第7話 追憶

 松本さんがテーブルの一方に座り、私と亮太くんが向かい合うように座る。テーブルの木目が触れると、冷たいけど滑らかで、指先に心地よい感触が伝わってきた。

 イ、インタビューって何から話せばいいんだろう……。

 私がカチンコチンに固まっていると、隣の亮太くんが勢いよく喋り始めた。


「いやー、感動しました!」


 松本さんはちょっと驚いたように目を見開き、笑いました。


「恥ずかしいところを見せた僕にそれを言うのかい?」


「それはこれから良くなるし、ミスなんて誰でもあるじゃないですか! じゃなくて、俺は部のみんなの、演劇に対するひたむきさに感心したんですよ。みんな一致団結! って感じで! 俺も野球部だったんで、そういうの熱く感じちゃうんですよね!」


 亮太くんの言葉は、部屋の中に暖かな雰囲気をもたらした。彼の声には本気の感動が込められていて、その気持ちが伝わってくる。松本さんも、その言葉のおかげで少し元気を取り戻したかのように見えた。


「……ま、ありがとう。気分は悪くないよ」


 そして、続ける。


「どんなことを話せばいいのかな?」


「この劇についてなんですけど――」


 亮太くんが次々と質問を投げかけていく。劇に対する取り組み、見どころ、苦労話……。松本さんは少しずつリラックスして、楽しそうに話し始めました。


「それはもう、公演日が決まったら毎日が戦いみたいなものさ。放課後はもちろん、朝早くから集まって練習したり、土日も自主練で埋まるしね」


 さらに続ける。


「セリフを覚えるだけじゃなくて、演技の細かい部分までみんなでチェックして、お互いにアドバイスし合っているんだ。特に、クライマックスのシーンは盛り上げたいから、早い段階から念入りにみんなで練習しているよ」


「『シンデレラの秘密』はオリジナルの脚本なんですか?」


「いいや、違うよ。大昔の脚本集に紹介されていて――どれくらいだろう……戦後まもなくに作られたくらいだったかな」


「どうして、この脚本を使おうと?」


「部員たちで話し合ってね。誰でも知っている題材がベースだから、とっつきやすいんじゃないかって。部長は芸術的なこだわりが強いから、そんな安易な決め方でいいのかと反対されたけどね」


 ……すごいな、亮太くん……。

 次々と話を引き出す様子に感心しながら、私は聞き入っていた。


「王子役に対する難しさ、みたいなのはあるんですか?」


 亮太くんの質問に、松本さんの表情が少し曇りました。


「そりゃシンデレラと並ぶメインだからね……演劇の出来を左右するくらい重要な役だから――プレッシャーを感じるよ、本当に」


 そう言った松本さんの手がかすかに震えている。言葉には不安と焦りが滲んでいた。

 部長さんは何度もミスをしていると言っていたから……追い詰められている部分があるのかな。どうすれば立ち直ってくれるかな……?


「何度もミスをしちゃってね……みんなに悪いよ」


 松本さんが自嘲気味に笑う。

 そこで、今まで黙っていた私が口を開いた。


「……あの、何か緊張する理由があるんですか?」


 ミスが多いと言われていたけれど、そんな人物が副部長になれるのだろうか? ミス以外のシーンを見る限り、松本さんの演技には素晴らしいものだったけど。


「ああ……この劇を公演する『演劇フェスティバル』はこの地域で大昔から続いている有名な催しでね……意外と業界でも有名なんだ」


「だったら、演劇の方面で名を挙げたいから、ですか?」


 だけど、松本さんは首を振った。


「そんな大それたことは考えていないよ、さすがに。だけど、先輩から渡された伝統に恥を塗りたくないんだ。この学校の演劇部はいつも高評価を受けている。それを僕の代で終わらせたくない、そんな気持ちがあるんだ」


 強い言葉だったが、続いたのは弱い声だった。


「……自分に演技のセンスがないことはわかってるんだ。副部長になったのも、お情けでって感じだし……」


 自嘲気味に笑う。


「先輩方の、去年の公演は今も思い出せる。自信たっぷりで輝いていて、怖さなんて何もないって感じだった。自分たちの最高を出す――出せる――出せて当然。そんな無敵の雰囲気。あれと同じものをやり遂げる……とても自信がないよ」


「先輩たちはそんなに凄かったんですか?」


 松本さんの表情に、誇らしげな感情が浮かぶ。


「部長の倉田さんは最優秀男優賞を取ったよ」


「わあ、すごい!」


「演技が心に迫ってくるような、見ているだけで胸が熱くなってくるような――部長の倉田さんは本当にすごいよ。カリスマ性があるっていうか、オーラがあるっていうか……見ているだけで惹き込まれる感じで。でも、俺は副部長の真咲まさきさんの計算し尽くされた演技が好きで――」


 夢に浮かれたかのように、松本さんが当時の興奮を語る。

 そのとき――


 ――!?


 視界から入ってくる風景とは全く違う別の風景が頭に広がるのを感じた。まるで世界が広がるような、世界が流れていくような――

 重力の鎖が消えて、意識が飛んでいくような感覚。

 部屋が見えた。今いる部屋と全く同じ部屋。でも、私も亮太くんも松本さんもいなくて、代わりに二人の男性学生が座っていました。一方はワイルドな感じで、もう一方は眼鏡をかけた真面目そうな感じ。

 ワイルドな男が口を開いた。


「ようやく終わったな、演劇フェスティバル」


「……お前が最優秀男優とは、フェスティバルも落ちたものだな」


「ははは、悔しいんですか、真咲敦弘さん?」


 ――真咲……?

 さっき、松本さんが言っていたような……そして、演劇フェスティバル――

 二人が相対してるテーブルには演劇フェスティバルのチラシが置いてあった。そこに印刷されている西暦は――

 去年……。

 ああ、これは……。

 私の『追憶』の力だ。誰か、あるいは何かの記憶を読み取る能力。その『追憶』が松本さんの感情と話に感応して、この部屋に残された過去を私に見せている。


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