第6話 演劇部の見学

「演劇部部長の杉山です」


 と、にこやかに挨拶してくれたのは、美しい顔立ちの女性で杉山凛さん。彼女の長い黒髪が夕日に照らされて、まるでシルクのように輝いて見える。


「渡辺くんから話は聞いているから、好きに見学して。稽古中の質問や私語はNGでお願いね?」


 そう落ち着いた声で説明する。杉山さんの表情には、部長としての自信と優しさが溢れていた。


「じゃ、練習の様子を見てもらおうかな。これから『シンデレラの秘密』の第3幕の練習をするから。みんな、始めるわよ!」


 杉山さんの指示が響くと、部員たちはそれぞれの位置に移動する。

 シンデレラの役は、部長の杉山さん。

 して、パートナーである王子役が副部長の松本悠真さんだ。台本を手に持ち、大きく息を吸い込んでいる。彼は身長が高く、黒い短髪がとてもよく似合っている。どことなく落ち着いた雰囲気で、情熱的というよりは叡智を感じさせる王子だ。


「第3幕、王国の危機から!」


 杉山さんの声が部屋中に響くと、一瞬にして静まり返った。部員たちの集中力が一気に高まり、緊張感が漂う。この空気の変化がすごくて、私は自然と背筋を伸ばした。

 演劇の練習が始まった。

 衣装をまとっていないし、手には台本を持っているけれど、彼らの立ち振る舞いはとても立派で美しく、思わず息を呑んでしまう。

 すごいなあ、演劇部。


『シンデレラの秘密』とは、誰もが知っている童話『シンデレラ』のアフターストーリーを描いた物語だ。

 童話の最後でシンデレラと結婚した王子様を妬み、隣国の王が陰謀を企てて王国を奪い取ろうとする展開だ。アクションや謀略を中心とした、ド派手な展開が売りのエンタメ作品らしい。


 うおおお……なんかすごいな……。

 あのシンデレラをそんな感じにしちゃう? なんでそんなハリウッド映画みたいな物語になったんだろう……。


 部屋の中央に、シンデレラと王子を演じる部長の杉山さんと副部長の松本さんが立っている。どうやら、玉座に座っているシーンらしい。そこに兵士役の部員が姿を見せる。


「王子様! 西の公爵が支援を拒否するとのことです!」



「な、なぜだ!? 西の公爵であれば、ことの重要さを理解しているはずだろう!?」


 松本くんが大声を上げた。

 おお……王子様の動揺が伝わってくるなあ……。


「そ、それが、手紙では……その……」


 兵士は言いにくそうに言い淀んでから、覚悟を持って続けた。


「シンデレラ様が国の予算を勝手に浪費していると訴えております。今の状況で国を助けることはできないと!」


「そ、そんな、私が……!?」


 杉山さんの悲鳴のような声が響く。


「王子! 私にそんな覚えはありません!」


「当然だ! シンデレラがそんなことをするはずがない!」


 だが、しかし、大臣役の学生が重々しい様子で口を開く。


「どうでしょう……? まことに申し上げにくいのですが、その噂は私も耳にしております……」


「誰がそんな噂を! いや、それ以前に! 噂は噂でしかない!」


「ですが、火のないところに煙は立たぬと申します。身の潔白を証明するためにも、ここは徹底的な調査を――」


「愚かな! 私の妻であるシンデレラをしんでぃらんで……ごめん!」


 噛んでしまった松本さんが片手を振って首を見上げる。

 どうやら、セリフを噛んでしまったらしい。

 ありゃりゃ……でも、練習なんだから当然で。それほど深刻な様子はない。部員たちも、頼みますよ、副部長みたいな感じでニヤニヤしている。

 だけど、部長の杉山さんは違った。


「最近、ちょっとミスが多くない、松本くん?」


「ご、ごめん……」


「疲れているんじゃない? 周りの空気が緩んじゃうから、ちょっと今日は休みで頭を冷やしてもらっていい?」



「そうだな……わかった」


 うなだれた様子で松本さんが隣の部屋へと入っていく。その背後に、他の部員たちからのフォローが飛んだ。


「先輩、平常心ですよ!」


「次はかっこいいところを見せてください、王子!」


「頼りにしているぞ!」


 そんな様子を見て、隣に立つ亮太くんが口元を綻ばせた。


「……いいな、ああいうの」


 松本さん抜きで練習が再び始まった。今度はミスのない、演劇の流れを邪魔しない熱のこもった演技が続く。ああ、こういう練習がしたいから、杉山さんは厳しい意見を言ったのか……。

 そして、練習が止んだ一瞬を逃さず、亮太くんが口を開いた。


「そうだ。松本さんにインタビューしてもいいですか?」


 杉山さんの了解を得て、二人で松本さんが消えた隣の部屋に向かう。


「入りまーす」


 中には浮かない顔で台本を眺めている松本くんがいた。


「……? どうしたんだい?」


 松本くんは少し驚いた表情で顔を上げた。


「もしお暇なら、インタビューをしたいと思いまして……」


「ははは、部の役に立てることなら喜んで」


 そう言うと、松本さんは少し照れたように笑った。

 さて、インタビューの始まりだけど。

 う……何から切り出したらいいんだろう。わかんないんだけど……!?



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