第5話 新聞部の相棒・葛城亮太

 放課後の校庭には、部活動を楽しむ生徒たちの笑い声が響いている。

 私は校庭のベンチに座りながら、風に揺れる木々のざわめきや遠くで聞こえる鳥のさえずりに耳を傾けていた。

 手元のスマートフォンには、麟太郎くんが送ってきた演劇部のチラシが写っている。公演のタイトルは『シンデレラの秘密』、5月の下旬に開催予定だ。


 インタビューか……本当に大丈夫かな?


 初陣に想いを馳せて不安が募る。昨日から何度も読み込んでいるけれど、どんな些細なことでも頭に入れようと、再びチラシと睨めっこする。


 すると――

 突然、私の頭上に大きな影がさした。


 なんですか、これ!? 夜!? 夜ですか!? 思わず体がびくりと震える。

 見上げると、そこには大きな男の子が立っていた。間違いなく身長は170センチを超えている。クラスメイトの男子の平均が160センチないくらいだから、彼の存在感はひときわ目立つ。さらに体つきそのものが大きく、まるで小さな山のようだった。


「初めまして、三森さんだよね?」


 低くて優しい声に導かれて、私はうなずいた。野生味のある顔つきだが、彼の目は明るく輝いていて、その笑顔はとても親しみやすかった。


「うん。あなたが葛城くん?」


「そう、俺が葛城。ごめんな、待たせて」


 葛城くんはにっこりと笑った。うおおお……なんか、体の奥底から溢れるポジティブオーラみたいなものを感じてしまう……。ジメジメウジウジナメクジ系の私には、実に眩しいものだ。


「気にしないで。早く来ただけだから」


 そう言いながらも、私は首を傾げる。


「……ところで、葛城くんは一年生?」


「ああ、タメだよ」


 だよねー。

 いや、確認するまでもない話なんだけど。なぜなら、この学校ではネクタイの色が学年ごとに違うからだ。それでも確認したかったのは――

 入学したばかりの、1年生同士で取材に向かえと!? 何を考えているの!?

 普通、片方は熟練の3年生じゃないですか!?

 麟太郎くぅぅぅぅぅんんんん!


「だ、大丈夫かな……入部したばかりの二人だけでなんて……」


 私が不安を口にすると、亮太くんが、はははと大きく笑った。


「大丈夫、任せてくれ。俺はここに入学する少し前から手伝っているから。全くわからんって感じでもないぜ?」


「え、そうなの?」


「麟太郎さんが声をかけてくれたのさ。野球で怪我をしてヘコんでいた俺に喝を入れるためにな」


「野球してたんだ?」


「おう、幼稚園の頃からな。エースで4番さ。いい体してるだろ?」


「……それなのに、新聞部なの?」


 この学校にも野球部はあったと思うのだけど。

 ああ、と私の疑問に納得した葛城くんは、迷うことなく答えを教えてくれた。


「怪我をしたんだ――ちょっと、野球を続けられないくらいのな」


 な、なんですってえええええ!? すんごく気まずい話を聞いてしまったんだけど!?

 葛城くんの表情はニコニコしているけれど、ダメですよ、これ!?


「ごごご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 変なことを聞いて!」



「いいさ、もう終わった話だからさ。今はもう、俺の中では終わった話だ」


 今はもう、か……。

 今はもう、というのなら、それが、そうではなかった時期があったということだ。今でこそヘラヘラとしているけれど、きっとそれを消化するには、それなりの時間をかけたのだろう。

 さすがに、その辺についてズカズカ踏み込むつもりはないけれど。

 あー、でも、いい人そうで本当に良かった。麟太郎くんが言っていた『従姉妹のための選りすぐり』というのも嘘ではないかもしれない。

 思わず、ホッと息を吐いた私を見て、葛城くんが不思議そうに首を傾げる。


「どうした?」


「ホッとして……。今日はどうなるかと思って不安だったけれど、葛城くんが頼りになりそうで本当に良かったなって」


「ははは、大丈夫、頼ってくれていいよ」


 葛城くんが、本日何度目かのスマイルを送ってくれる。その笑顔は、人の不安をなくす魔法を感じさせてくれた。エースで4番――チームの中心として、きっとメンバーたちを鼓舞し続けていた人間の笑顔なのだ。


「むしろ、俺のほうがホッとしているかも。麟太郎さんの従姉妹っていうから、どんな人かと思ってビビりまくっていたからさ」


「ああ……」


 麟太郎はとても頭が良い。優秀だけど、その分、切り替えも早く、次々とアイディアを出したり、打ち出した方針をすぐに丸っと変えたりする。いい意味でも悪い意味でも周りを振り回す。面倒見はいいけれども、振り回す。きっと、葛城くんもそんな麟太郎の洗礼を受けているのだろう。


「三森さんが常識人ぽくて安心したよ」


「私ほど常識を極めた人はいないから、安心してよ」


 軽く自己紹介を兼ねた雑談を終えた私たちは、連れ立って演劇部の部室へと向かった。

 演劇部は、校内にあるわりと広めの部屋を部室として使っている。その部屋に近づくと、練習中の声や笑い声が聞こえてきた。

 ドアの前でドキドキしていると、ためらいなく葛城くんがドアに手をかけた。


「失礼しまーす」


 部室のドアを開けると、そこには色とりどりの衣装や小道具が散らばっていて、舞台の世界に迷い込んだようだった。中央にある大きな空間に部員たちが立っていて、脚本を手に動きを確認している。

 演劇部の部員たちが動きが止めて、こちらに視線を投げかけてくる。うぐ……人見知りなので、体が強張る。過去の記憶が読める以外は、新聞部員としての資質が全くありませんな、私は……。


「こんにちは、演劇部の取材に来ました!」


 またしても葛城くんが大きな声で遠慮なく挨拶する。

 ええい、私もびびったままでどうするんだ! 行くぞ!


「よ、よろしくお願いします!」


 覚悟を決めて、私も葛城くんの横に並ぶ。

 ――その言葉と共に、新しい挑戦が始まった。



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