第3話 新聞部にようこそ!
麟太郎くんが送ってくれたメッセージには、新聞部の部室の場所も書いてあった。
帰宅する生徒たちの流れに逆らい、私は部室へと向かう。
ドアを押し開けると、部屋の中は静かで、かすかに窓から差し込む光が机の上に長い影を落としている。
教室に比べると部屋は手狭で、向かい合わせに並べられた六つの机がくっつけられている。誕生日席の位置に7個目の机があり、そこに、ノートパソコンを忙しなく操作している麟太郎くんが座っていた。
部屋の中は彼一人だけ――
物音に気がついた麟太郎くんが目を向ける。
「おお、佳奈、よくぞ新聞部に来てくれた!」
そんなことを満面の笑みを浮かべて言ってくれる。
大歓迎!
という感じだけど、不思議なもので、いつもと少し空気が違う。キョロキョロと部室を見回す。麟太郎くんは知っている仲だけど、ここで会うのは初めてだから、少し勝手が違う気がした。
「部室を見た感想は?」
「え、ええと……誰も、いない?」
麟太郎くん以外、誰もいないのだ。寂しささえ感じてしまう。
新聞部というと、部員たちが肩を並べて座り、一心不乱にノートパソコンで記事を書いているイメージがあったけど、ここにはそのような光景は見られなかった。
思ったような文章が書けない苦しみの唸り声も、ぱちぱちと機械的に文字を刻んでいく音もない。そして、大きな音を立ててドアから飛び込んでくる部員も――
「部長、特ダネです! ついに教頭の汚職の尻尾を捕まえました!」
それを聞くや否や、麟太郎くんは立ち上がり、大声で絶叫するのだ。
「よくやった! 一面、差し替ええええええ!」
だけど、そんな熱量はどこにも感じられない。静かすぎて、まるで時間が止まっているかのようだ。
「今日はみんなでどこかに取材に行ったとか?」
「いいや? ここには俺しかいないのが普通かな」
「……?」
ええと……どういう意味? それって、麟太郎くんだけが部員ってこと?
「作った新聞はどこ?」
てっきり、過去に作った新聞が壁にずらりと貼られていると思っていたんだけど、そんなことはないみたい。校舎の白い壁が剥き出しになっている。部屋のどこにも山積みになった紙の束がない。
麟太郎くんが首を傾げた。
「新聞? 作っていないぞ?」
「いやいや!? 作ってないとかおかしいでしょ!?」
全力でツッコんでしまった。新聞部が新聞を作らないなんて、ありえない話だ。
「ええと……ひょっとして……これって……新聞部が廃部寸前で部員を5人集めないといけないから入ってくれって展開?」
漫画でよく見たやつだ!
「いいや? 新聞部の新聞は学校の内外問わず大人気で廃部なんて話はないぞ」
「作ってないって言ったよね!?」
これはからかわれているんでしょうか? からかわれていますね。間違いなく、からかわれている。麟太郎くんは頭が良くて、ひねくれたところがあるのは事実で、年下の従姉妹をからかおうとしている!
麟太郎くんは困ったように頭をかいた。
「……ああ、そうだった。新聞部の話をしたことがなかったな――」
少し間を置いてから、麟太郎くんが続ける。
「紙の新聞は作ってないけれど、ネットの新聞は作っているんだ」
「――へ?」
「こっちに来てくれ」
麟太郎くんの後ろに移動すると、彼がノートパソコンを操作して、ブラウザにとあるWebサイトを開いた。サイト名は『学園ざっかん』――ニュースサイトのような作りで、いろいろな記事へのリンクが貼り付けられている。
『電撃的! 春の遠足大作戦!』
『知ってる? 新入生歓迎会の裏の裏の裏!』
『教えて先生!:学園生活キューアンドエー!』
など、楽しそうなタイトルが並んでいる。
「これが、新聞部の作っている『新聞』だ」
「ネットなんだ」
「紙で作るのも大変だし、そもそも、もらう側も面倒だろう?」
「そうだね」
「ネットのほうがお手軽に見られるしな。今はこういう時代なんだよ」
「でも、ネットだと、いろいろな人が見るよね? 学校に関係ない人とかも。そういうのって危なくないの?」
スマホをもらうとき、お父さんからすごく釘を刺されたものだ。
――ネットに投稿したものは世界のみんなから見られるから! 友達だけが見ていると思っちゃいけないぞ! 気をつけて扱えよ!
変なことを自慢げに書いてあちこちからバッシングを食らう――炎上というらしい。ああ、怖い怖い……。
「その辺も抜かりはない。記事を作成する際は、個人名も個人の顔も出ないように気をつかっているし、最終的には先生方にもチェックしてもらっているからな」
「そっか、そこまで考えているのなら大丈夫そうだね。そもそも学校の紹介サイトなんてあんまり誰も見ていないだろうし」
「ちっちっちっち、そんなことはないぞ? このサイト、実はかなり人気サイトだったりする」
「そうなの!?」
「卒業生も気軽に覗けるから、知っている人は毎年増えていく一方だし、あと、記事のクォリティが自慢でな――」
麟太郎くんがふふん、と鼻を鳴らす。。
「評判がいいんだよ。根強いファンがついている」
「へえ!」
なんだか、すごいことになっている!
「すごーい。こんなのあったんだね、知らなかった」
「新入生にも大々的に知らせていなくて、口コミで広がるようにしているからな。いずれは誰かが教えてくれたんじゃないか?」
「あとで読んでみるから、URL送ってよ」
「わかった」
ふぅん、新聞部ってこんなことをしているんだねえ……。
「ネットで記事を書いているから、誰も部室に来る必要がない。だから、ここには誰もいないんだよ。リモートワークだ、リモートワーク」
「す、すごい……」
なんかもう、中学生の領域を超えていないですか、これ。
「新聞部のことはわかったか?」
「うん」
「じゃあ、ここからが本題だ。どうだ、新聞部に入らないか?」
「……」
即答せずに、じっと麟太郎くんの目を見る。麟太郎くんは何も答えない。いつもの、余裕のある笑みを浮かべながら、私の視線を真っ向から受け止めている。私に驚きはない。だって、予想していたから。
そりゃ、入学したばかりのこの時期に、知り合いの部長からあんなメッセージを受け取ったら、それはそうだろう、くらいの予想だってできますよ!
部活、部活……部活なあ……確かに興味はある。
部活イコール青春。
部活に燃えてこその青春。
そんな気がする。どこかの部活に入るつもりはあるのだけど、でも、それは――新聞部じゃない。その気持ちは、この部室に来て、麟太郎くんの話を聞いても、少しも揺らがなかった。
だから、迷うことはない。
「私は新聞部には入らないよ」
「ふぅん、どうして?」
麟太郎くんは動じない。きっと、私の返事を予想していたのだろう。そして、私もまた麟太郎くんが声をかけてきた理由を予想している。
――私の能力だ。
他人の記憶を読む『追憶』の能力は新聞部という仕事において、とても便利だろう。というか、相性ばっちりすぎて奥の手にも切り札にもなるだろう。全てを終わらせる最終兵器。ついに見つかった、私の天職!
だけど、だからこそ――私は自重しなければならない。
「人の内面にズカズカと入り込むような真似はしたくないから。だって、私はそれができてしまうから」
そうやって、大昔に、私は美咲ちゃんの心を傷つけた。そのときの苦い記憶が、悲しみが、鎖となって私の行動を縛り付ける。
「簡単にドアが開けられるからって勝手に開けていたら空き巣になっちゃうよ。私はそういうことをしたくないんだ」
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