第2話 その能力を禁ず
入学してすでに1週間、私が日常に馴染みつつあるように、クラスもまた馴染みつつある。日々、少しずつ構築される人間関係が教室内に広がっていくけれど、そのギクシャクとした歪さはだんだんと丸くなっているように思う。
おはよう、と顔見知りのクラスメイトたちに挨拶して、私は自分の席に座った。
さて、これが今日の私の始まりだ。
授業は粛々と進み、昼休みになる。
お弁当を食べ終えた私は、小学校からの友人と雑談に興じていた。
そのとき――
ガラリとドアを開けて、クラスメイトの
彼女とはそれほど親しいわけではない。今のところ、互いに『同じクラスメイトとして認識はしている』レベルであろう。なぜ、その彼女に視線が入ったかというと、どこか視線がキョドキョドして、態度にイライラした様子が見えたからだ。大きな足音を立てて、彼女と仲がいい友人グループに近づいていく。
「ハンカチ、どこにもないんだけど!」
なるほど、探し物か……。
「もう、こんなにあちこち探しているのに、最悪!」
「落ち着きなよー。ほらほら、最後はどこで使ったの? ちゃんと思い出して!」
「そこのトイレで手を洗ったときに使ったけど――見つからない!」
「その記憶、適当なんじゃない?」
落としたものがハンカチなのもあって、友人たちが冗談まじりに笑っている。
記憶、適当じゃない、ねえ……。
その記憶をしっかりしたもにすることはできる。
だって、私には『追憶』があるから。あの力は自分限定ではなくて、他人にも使うことができる。彼女の記憶を掘り返せば、あっという間に失せ物は見つかるだろう。
だけど――
残念ながら、今の私にその勇気はない。
私はかつて自分の能力によって、友達を傷つけてしまったことがあるからだ。
まだ私が小学校1年生の頃だ。もう引っ越ししていなくなったけど、私には美咲ちゃんという同じ歳の友人がいた。
ある日、美咲ちゃんは私にこんなことを言った。
「大切なお人形さんを持っていたけれど、ちっちゃい頃に無くしちゃったんだ。とっても悲しい。家のどこかにあるのかなー」
寂しそうな表情を浮かべる美咲ちゃんを見て、幼い私に義侠心に駆られた。
この美咲ちゃんの悲しみをどうにかしてあげないと!
そして、覗いた記憶に私は困惑した。
――4歳くらいの美咲ちゃんが大泣きし、人形を力一杯引っ張って壊し、ゴミ箱に投げ捨てていたのだ。
今の私であれば何かがおかしいことに気づけたけれど、当時の私はまだ小学校一年生のお子ちゃまだった。
私は善意のままにその事実を告げた。
「それ、美咲ちゃんが壊して捨てちゃったんだよ。お母さんに叱られたから、怒って壊しちゃったんだよ」
私が見えたままの事実を告げると、美咲ちゃんは不機嫌になった。
「私、そんなことしないもん! お母さんがくれた大切な人形だもん! どうして、そんなひどいことを言うの、佳奈ちゃん!」
ものすごい目で睨まれた。
当時の幼い私は混乱した。絶対に喜ばれると思って伝えたのに。
だから、親切にも、幼い私は美咲ちゃんに、その記憶を見せてあげたのだ。
それはきっと、美咲ちゃんにとって悲しい真実であり、それゆえに忘れて違う記憶にすり替わったのだろう。
その蓋を開けるべきではなかった。
とても大好きなぬいぐるみが消えて、悲しい――そこで終わらせておくべきだった。
本当の記憶を無理やりに見せられた美咲ちゃんは混乱し、狼狽し、大声で泣き出してしまった。
一緒に公園に来ていた美咲ちゃんのお母さんが慌ててやってきて「ごめんね、今日の美咲、機嫌が悪いみたい」とペコペコ謝って美咲ちゃんを連れて帰ってしまった。
何が起こったのかはよくわからなかったけれど――
自分が取り返しのつかないことをしてしまったことだけはわかった。
あの日の出来事を咀嚼した私は自分なりの結論を出した。
――勝手に他人の記憶に触れるのは良くない。
覚え続けたいと願うことも、忘れたいと祈ることも、嘘の記憶にすがることも、いずれもその人の権利なのだ。善意であっても、それを踏みにじるのは違う。
結果はどうなるかわからない。幸せになるのか、不幸になるのか。私自身も、自分の力を詳細に知っているわけではない。厳密には、何がどうなるかわかっていない。
ならば、下手に干渉しない。
それが私のルールだ。
……なんだか、助けられるのに助けないのも悪い気がするけどね……。ごめんごめん、でも仕方がない、と自分に言い聞かせる。
そんなことがあったくらいで、無事に平和な放課後がやってきた。ちなみに、綾香さんは自分でハンカチを見つけたらしい。おめでとう。
今日も勉強頑張った! よーし、帰るぞー! と両腕を伸ばしたところで、入学と同時に買ってもらったスマホが鳴った。
ぴろりん♪
軽やかな音ともに、メッセンジャーアプリがメッセージの到来を告げる。
送信主は『
そして、私が美咲ちゃんを泣かせた日、一緒に公園に来ていた人物でもある――
泣きじゃくる私は、救いを求めて麟太郎くんにこう言った。
「私ね、私ね、人の記憶が見えるの。だから、それを教えてあげようと思っただけなの。美咲ちゃんが大切だって言うから、喜んでくれると思って!」
泣きじゃくる私の言葉を、麟太郎くんはうんうんと言いながら聞いて、慰めてくれた。
私が自分の能力を教えた、この世界で唯一の人物でもある。
その彼が、私に連絡を?
タイトルは『新聞部へのお誘い』と書いてあった。
ううん……なんだか厄介ごとのような気がするんだよね。凛太郎くん、頭はいいけれど、良すぎてアレな性格だし……見なかったことにしたいけれど、凛太郎くんにはお世話になっている。せめて、話くらいは聞くべきか。
『今から行く』
短いメッセージを返すと、私は新聞部の部室へと向かった。
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