トイレからでたら、そこは駅だった

牧太 十里

一 放尿

 最近、放尿の夢を見る。用をすませて、すっきりした気分に浸っていると目が覚める。あわててパジャマの股間に手を触れる。濡れていない。尿意はある。こんどは本当にあわててトイレに入った。


 用をすませて周囲を見た。あれっ?と思う。ここは自宅のトイレじゃない。それにこの服装はなんだ?アンクルブーツ、ダッフルコート、そして、ショルダーバッグ。髪は長めだ。ショルダーバッグを見ると応用物理学や応用数学の教科書がある。俺は大学生か?


 トイレを出て建物を見た。ここは駅だ。売店の新聞を見ると二〇一六年二月十七日だ。いったいここで俺は何をしてる?そう思っていると「おまたせ!」と声がする。俺はふりかえった。

「待った?さあ、いっしょに帰ろ!」

 俺と同じくらいの背丈で、チョット垂れた大きな目の童顔の女がいた。スキニーなジーンズに紺のダッフルコート、白のタートルネックのセーターにライトグレーパープルのマフラー。薄茶のふんわりした髪がかかった肩にはリュックのベルトが見える。


 この女、俺の知りあいらしい。状況がわからないので話を合せて電車に乗った。なんだか、俺の服装はこの女と似ている。そう思って足元を見る。女も俺も黒のアンクルブーツだ。

 俺は女が気になった。そう思ったとき、二月二十五日が思い浮ぶ。この日までに記憶を取りもどさねば、この女が消えて無くなる気がする。俺の記憶はこの女に関係している。腕時計のカレンダーは二月十七日。俺はこの女を見守ることにした。


 俺は女と親しいらしかった。女の話から推測すると俺は地元の大学に通っている一年らしい。女も同じ大学に行きたいが成績がふるわず悩んでいると言う。

「アッキみたいに、覚えられたらいいのになあ・・・」

 電車の中で俺はこの女からアッキと呼ばれた。思いついてショルダーバッグを探った。学生証のケースがある。学生証に「中野明なかのあきら」とあり、若い俺の写真が貼ってある。

 俺は女に学生証を渡し、女の学生証を見せてほしいと言った。

「いいよ。こないだも同じことを言ったね・・・」

 俺の学生証を受けとり、女は自分の学生証を俺はよこした。


 女の名は「瀬川ルル」。俺が通う大学にちかい高校の三年だ。俺の家とルルの家は近いらしい。歩いて三分もかからないと言う。俺とルルの学生証の住所から、その事はわかる。

「ね、また、最後の家庭教師、お願い」

 ルルが拝むように手を合わせて俺に黙礼する。

「今さら、ジタバタしても何もならないから、おちついて復習をすればいいよ」

 そう話すとルルは言う。

「やだっ。家庭教師にくるまで、返さない」

 ルルは俺が持っているルルの学生証を取りあげて俺の学生証といっしょにルルのリュックに入れた。そのまま、走りはじめた電車の車窓を見てニタニタ笑っている。


 もしかしたらと思った。ルルと俺はただならぬ関係になっていまいか?思いきってルルの耳もとに顔を近づけ、確かめの言葉を口にした。

「また、してほしいか?」

 顔を離すと、ルルの頬が赤くなった。うん、と小さくなうなずいた。

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