【第5夜】 足音
当時は分譲マンションをオーナーさんから借りて住んでいた。ペットも一緒に住める仕様だったが、ペットは飼っていなかった。小型の室内犬を飼っている住人とエントランスですれ違うこともあるが、大型の動物を飼っている住人はいないようだった。
隣家からの生活音は響かなかったが、上下階からの音はわりと聞こえてくる。それと天井に設えてある換気扇の
その夜はシャワーを浴びていた。昼間は最高気温を更新するほどに暑くて、とても湯船にゆったりと浸かる気分ではなかった。37度の温めの湯を浴びていると、パタパタパタと廊下を走る音がした。
髪を洗っていたところだったので、シャンプーの泡が顔に流れている。目を開けられない。
ああ、また
気にせずに髪を
パタパタパタ、トタトタトタ、テトテトテト。
犬などではない。小走りで走っているようなリズムだ。音の軽さから大人ではない。小さな子どもの足音だった。
マンションなんだから室内を走らせちゃダメだろう。まあ、注意したって子どもは聞かないけどさ。
そう思ったが、ふと違和感を覚える。
あれ? 今、そこの廊下から聞こえた?
浴室の前は玄関へと続く廊下になっている。まさかと思い、水を
それから四、五日の間は、シャワーを浴びて髪を洗っているときに限って同じ足音が聞こえた。髪を濯いでから廊下を確認するが、やはり誰もいない。少し薄気味悪くも思ったが、きっと何処かの階の音が反響しているのだ。そう思うことにした。
夕方に仕事を終えて部屋に帰ると、インターホンが鳴った。画面を確認する。年配の知らない女性が険しい顔をして立っていた。
「はい……」
用心をしながらインターホン越しに応対する。女性の穏やかならざる雰囲気から、玄関は開けないほうがよいと判断をした。
「下の階の者ですが、いい加減にしてくれませんかっ!?」
いきなりの喧嘩腰。いったいなんの話だかまったくわからない。目を吊り上げての怒りの形相に、恐怖と不快感を覚える。
「なんのことでしょう?」と聞き返すと、さらに怒気を強めて大きな声で話し始めた。
「本当にわからないんですか!? このところ夜中に子どもが廊下を走り回ってますよね? 親ならきちんと注意をしてください! それに昼間もドタドタきゃあきゃあとうるさいです!」
は? なんのことだ? 独り暮らしだぞ。
「あの、どこかのお宅とお間違えじゃないですか? ここは私が独りで住んでいるのですが……」
「よくもそんな嘘を言えますね! 今だって後ろから子どもたちの声が聞こえているじゃないですか!」
……え……?
それからすぐに引っ越した。
その後はあの部屋がどうなったのかは知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます