【第6夜】 外れた蓋



 ある冬の日。晴れた午後のことだった。


 その日は休日で、横になって炬燵こたつに肩までもぐり込み、ゴロゴロとくつろいでいた。


 母は近所の祖母の家に行っていて、父は家の中にはいなかった。外で庭木の手入れでもしているのだろう。


 炬燵のテーブルの上には、窓から入るうららかな冬の陽が差していた。


 暖かい炬燵の中でうとうとと居眠りを繰り返しては、つけっぱなしのテレビの音に起こされる。


 そんな心地よい微睡まどろみの途中に、うっすらと瞼を開けたその時――


 突然にポンっと音がして、ふたが宙を飛んだ。テーブルの上に置いてあった、水飴の入っている透明な小瓶の蓋だった。


 蓋はテーブルの上に落ちて、硬い音を立てる。


 眠気など一気いっきにぶっ飛んでしまった。


 ひとりでに小瓶から蓋が跳ねるところを見てしまったのだ。


 ゾゾゾゾゾっとした寒気に襲われて、炬燵を飛び出し窓を開ける。靴下のままで庭に走り出た。


 何なのだ!? 今のは!?


 半ばパニックになって、庭にいるはずの父を探した。しかし、どこにもその姿はない。どうでもいい時にはうるさくちょっかいをかけてくるくせに、どうして肝心な時にはいないのだ!


 あんなに心地のよかった空間は、一瞬でなにか訳のわからない恐ろしい場所に変わってしまった。とてもじゃないが、ひとりでは戻れない。


 しばらくして母が帰ってきた。


 それまでは寒さを我慢して腕を擦りながら、靴下のまま庭に立っていた。誰もいない家の中に戻るよりも、寒いほうが全然ましだった。


 結局、父も母と一緒に帰ってきた。


 「空気が膨張したんじゃないの?」 


 ふたり揃って同じことを言った。しかし水飴の小瓶の蓋は、体重をかけて押し込まないと元のようには入らない。それに、開ける時にもかなりの力がいる代物だった。


 しばらくはびくびくとして母たちにくっついて回っていたが、ほかにおかしなことは何も起こらなかった。


 なぜ、小瓶の蓋は勝手に飛び出したのか。


 本当に空気が膨張したせいなのか。



 今でも謎のままだ。





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