【第4夜】 鳥の声



 今でも憶えていることがある。



 鳥の声で目が覚めた。ホーホケキョと鳴く、あの鳥の声だった。


 布団を敷いて寝ていた和室は、しっかりと雨戸を閉めている。その隙間から入った薄い光は、ガラス窓を透けて縦に障子に当たっていた。


 ああ、もう朝なんだ。


 そう思ったが家の中はまだ暗く、耳を澄ましてもキッチンからはなにも音はしない。母が料理をする音が聞こえないということは、まだ早すぎる朝なのだ。


 ホーホケキョ ホーホケキョ


 鳥の鳴き声は続いている。さっきよりも近くで聞こえてくるようにも思えた。もしかしたら今、雨戸を開けたなら。鳴いている鳥の姿を見ることができるのかもしれない。


 そんな考えが浮かぶと子ども心に楽しくなってしまった。むくりと布団から起き上がる。


 障子を引き、窓を開ける。雨戸をそっと一枚だけ、音を立てないように戸袋へとしまう。大きな音を立てたなら、鳥は驚いて飛んでいってしまうだろう。父や母も起こしてしまう。


 外は明るかったが朝陽の明るさではなかった。空一面にかかった白い雲が薄く光っているように思えた。庭の景色ももやでも出ているかのように白く霞んでいた。近くを通る大きな道路からの車の音も、まったく聞こえてこなかった。


 ホーホケキョ ホーホケキョ


 鳥は鳴いていたが、どこにも姿は見えない。しばらく探していたが飽きてしまった。雨戸はそのままにして窓と障子を閉める。


 もう一度布団に横になると、すぐに眠ってしまった。


 

 「朝よ。起きなさい」


 母に起こされて目が覚めた。


 朝食に焼いてもらったトーストを齧りながら、鳥の声が聞こえた話をした。雨戸を開けて外を見たが探せなかった、と。すると母は笑いながら言った。「それは夢よ」


 夢? あれは夢ではない。ホーホケキョという鳴き声も、雨戸を静かにそっと開けた感触も、白かった朝の空もちゃんと憶えている。


 そう説明したが、母はきょとんとしていた。


 「だって、雨戸は開いてなかったわよ」


 確かに雨戸を開けて外を覗いた。鳥の声もはっきりと聞いた。だけど……。いつもは昼夜問わずに聞こえてくる国道からの車の音は、まったくしていなかった。



 あれはやはり、夢だったのだろうか。





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