14 余韻なんてあったもんじゃない


 ミリーの行動を不思議に思った出場者たちも顔を見合わせながら彼女に続く。


「先生! 隠しても無駄です。っていうか隠せてません。何かあったんですよね?」


 フィールドを出て裏に入ったミリーは、学園長に何かを伝えていた教師の一人を捕まえて鋭い口調で訊ねる。


「何かあったとしても、せっかくの祝福を壊すようなことはしたくないの」


 ミリーに捕まった女教師は笑顔を取り繕って誤魔化そうとする。が、そんな小技がミリーに通用するはずもなく。


「もう壊されたも同然です! 閉会の挨拶もやけにあっさりしてましたし、何をそんなに慌てているんですか?」

「うぅっ」


 ミリーの剣幕に女教師は胸を抑える。もはや逃げ場はない。ミリー越しに見える他の生徒たちのぽかんとした無垢な表情も相まって、女教師は観念したように息を吐く。


「分かった。分かったから。どうせすぐに広まる話だわ」


 女教師はミリーをどうどう、と両手で牽制しながら眉尻を下げて弱弱しい笑みを浮かべた。彼女の顔色を見ればあまり良い話ではなさそうだ。


「前に花畑で区長の親戚が見つかった事件があったでしょう?」

「はい。前区長所有の花畑で、その後は特に続報がありませんでしたね。前区長はまだご無事だと聞いていますが」

「ええ。そうね、前区長たちは無事だわ。そろそろ街にも戻ってくると思う」

「……え?」


 まだ犯人が捕まったわけでもないのに何故だろう。

 事件に巻き込まれることを恐れて街を出たというのに気が変わる理由が分からない。

 ミリーが沸き出た疑問に眉根を寄せると、女教師は辺りの様子を窺った後で声を顰める。


「事件に巻き込まれたのは前区長の花よ。あの花畑の。ついさっき、事件の進展があったの」

「進展?」


 ミリーの斜め後ろからマノンの声が飛んでくる。ミリーは思わず横目でマノンを見やった。彼女は腕を組み、真剣な表情で女教師の話を聞いていた。


「そうなの。国立図書館の裏の川辺でね、一人の女学生が大怪我を負って倒れていたの。手当てしているけど、意識不明のままよ。助かるかも分からない」

「怪我って、何があったんですか?」


 ミリーは自分が迫りすぎていたことに気づき、女教師から一歩下がって慎重に訊ねる。


「花冠よ。あの前区長の花畑で育った花で作られた冠をつけた彼女は、花冠に頭をかじられてしまったの。必死で抵抗したのね。締め付けてくる花冠をどうにか取ろうとして戦った形跡が残っていたわ」

「頭、食べられちゃったんですか?」


 一人の生徒が声を震わせて恐る恐る訊く。


「……少しだけね。まだ治療中だから、なんとも」


 女教師の神妙な声色に生徒たちは身震いをして青ざめた。ミリーは頭に感じる重みを見上げ、さり気なさを装いながら頭に被った冠を外す。


「つまり、狙われたのは前区長ではなく、あの花畑の花だったということね。あの花は前区長が独自の組み換えで創り出した美しい花だけれど、新種な分、まだ歴史が浅く、種としても未熟なはず。その従順さが魔法に悪用されてしまったってところかしら」

「そうね、アレン。そうかもしれないわ」


 ミリーの推測に女教師も頷いた。


「普通、花は気高くてプライドが高い種だもの。本来ならそんな乱暴な魔法の言うことなど聞かないはずだけど……前区長の花なら、可能性はある」

「気高くてプライドが高い、か。似てる人を知ってるなぁ」


 女教師の補足にマノンの口からぼそっと独り言が洩れた。聞きたくもない声が聞こえてしまったミリーは粘り気のある眼差しをマノンに向ける。


「犯人に心当たりはあるんですか? まさか、自分でそんな魔法をかけた花冠を作って被るはずないですよね」


 生徒の一人が問いかける。


「一応、容疑者は逮捕されたと聞いたわ。彼女の恋人って話だけれど。国立図書館は学園からも近いでしょう? だから学園に危険が及ばないか、学園長に事件の確認を急いでもらうところなの」


 女教師は事のあらましをすべて話し、「もういい?」と自分も急ぐ素振りを見せた。


「ありがとうございます。引き留めて、申し訳ないです」

「いいの。事件のことはあなたたちだって知る権利があるから」


 しゅん、と控えめになったミリーの肩を優しく叩き、女教師は学園長たちが向かった方角へと駆けて行った。


「ミリー」


 胸を締め付ける声に呼ばれ、ミリーはそっと振り返る。

 女教師が去るのを見計らっていたのか、ジュールが小走りでミリーの元へと寄ってきた。彼の表情にはどこか哀切が滲む。


「おめでとう。流石はミリーだ。君は本当にすごいことを成し遂げる」

「ありがとう、ジュール。勿論、私に賭けてくれていたのよね?」

「当たり前だ。意外性がないのだけが君に賭ける唯一の欠点かな」

「面白みに欠ける?」

「さぁ、どうだか」

「ふふふ」


 頬にキスを受け、温かな彼の吐息にミリーの肩に入っていた力が抜ける。もう少し温もりが恋しくなり、ミリーはジュールの胸元に抱きついた。ジュールはミリーの肩を抱き、そっと頭を撫でてくれる。


「ねぇ、聞いた? 事件のこと」

「ああ」


 やはりジュールも既に知っているようだ。先ほどの彼の表情を思い出し、ミリーは彼を見上げて凛々しく眉を上げる。


「本当に、彼女の恋人が犯人なの?」

「まだ分からない。術義局が取り調べをしている最中だ」

「ジュールはどう思うの?」

「俺は────」

「ジュール‼」


 ジュールが口を開いても聞こえてきたのは彼の声ではなかった。ちょうど被さるようにして別の女子生徒の声が彼の発言を遮ったからだ。

 ミリーとジュールが声の主を見やれば、荒い息で肩を上下させているリアンナの姿があった。恐らく全速力で走ってきたのだろう。


「ダイルが、ジュールのこと呼んでて……っ、ほら、事件の」

「ああ。分かった」


 息を切らしながら一生懸命事情を説明しようとするリアンナにジュールは優しく微笑んだ。


「ミリー、悪い。魔道具部の招集だ。ダイルが事件の進展を知って、何か話があるらしい」

「ええ。行ってらっしゃい」

「悪いな。優勝の祝いは今度埋め合わせさせてくれ」

「うん」


 事件が起きたのだから仕方ない。本当はもう少しジュールに傍にいて欲しかったが、彼の幼馴染のダイルを無視するわけにもいかない。というか、彼が無視するはずがない。

 もう一度キスを交わし、ミリーはリアンナとともに去って行くジュールを見送った。確かリアンナも魔道具部の一員だ。あまり興味はないが、彼女にまつわるそんな知識だけはちゃんと持っている。


 手元の冠に視線を落とし、艶々に輝く表面に映った自分とミリーは目を合わせた。

 栄光の最中にいるはずなのに何故か寂しそうに見える。

 冠から目を離し、ミリーは気を取り直して待機室へ戻って行く。その後方で彼女にお祝いを言いに来たモリーが出所を見失って難しい顔をしていた。


「三連続優勝のせっかくの舞台が、なんか台無しだよね」


 学園長の閉会宣言よりも前にミリーに会いに行こうと動いていたモリーもまた、女教師の話を途中から聞いていた。悲劇に嘆くモリーの隣に並ぶクインシーは、一人待機室へ戻って行くミリーを見やる。


「うん。本当に」


 モリーに同意するクインシーの声はどこか気持ちが入っていなかった。

 彼の目線の先で、マノンもミリーに続いて待機室へ戻って行く。マノンがミリーを追い越す際、彼女の鼻先がミリーに向けられた。が、二人の目が合うことはない。


「こんな偉業、今後二度とないかもしれないのに。そりゃあ事件は大事だけどさ」


 クインシーの横でモリーはぶつぶつとやりようのない恨み節を唱える。聞き慣れた彼女の念仏にクインシーはテンポよく相槌を挟む。


「ね。もったいないよね」


 ミリーのマノンへの眼差しを観察するクインシーは、遠くからでも分かる二人の不穏な雰囲気に目を瞬かせた。

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