第37話 ラスボスイベント~予想外の味方?~

 デウス第一作のラスボスイベントでは、天眼山脈の山中に存在する古代遺跡が舞台となる。


 このイベントでは、実はレプリカではない本物のセインベルが秘密結社の手にある事が明かされ、古代遺跡にメインヒロインシエルとパーティメンバーのアリーシャが誘拐されるという事件が発生する。


 残された主人公ルークたちは、結社の指示に従い自分たちだけで古代遺跡に乗り込むことを決断する。


 結社の人形兵器が蠢くラストダンジョン「天眼山脈の古代遺跡」を攻略したルークたちは、その最奥部で、一人束縛されてセインベルを用いた何かの儀式を行われているシエルに出会う。


 そして、その儀式らしきものを主導しているのは、パーティメンバーであり味方であるはずだったアリーシャと、その横にいるかつての負けバトルのボス、〈風の秘密を唄う使徒〉ミリアだった。


 それまでのストーリーでルークとアリーシャは絆を深めており、アリーシャがルークに片想いしているような描写があったこともあり、この時のプレイヤーの驚きは相当な物だった。


 アリーシャとルークは対話を交わし、ルークの事を大切に思うよりも先に、わたしは秘密結社〈円環の唄〉の幹部、〈恋の秘密を唄う使徒〉であるとアリーシャは宣言する。


 それはゆっくりと育んできたルークとアリーシャの絆が終わりを迎えた瞬間だった。


 ラストバトル前の中ボスとして主人公たちが戦うのは、この〈風の秘密を唄う使徒〉ミリアと〈恋の秘密を唄う使徒〉アリーシャのペアである。


 そして、この2人のHPをそれぞれ半分以下にまで削ると、このゲームのラスボスイベントが起こる。


 シエルに行われていた儀式とは、古代遺跡に封印された女神デウスの力をシエルが継承する儀式だった。


 ミリアとアリーシャの時間稼ぎにより儀式が完遂された事で、シエルに封印された女神デウスの力が覚醒し、ミリアとアリーシャは、シエルの前に跪き、指示を仰ぐ。


 そう、秘密結社〈円環の唄〉とは、女神デウスの復活を目的の一つにしている組織であり、彼女たちの真の主とは女神デウスであった事がここで示唆されているのだ。


 だが、古代遺跡に封印された女神デウスの記憶に乗っ取られつつも、まだメインヒロイン・シエルの心も失っていないシエルは、このミリアとアリーシャを攻撃し、一撃で戦闘不能に追い込む。


 そこで、古代遺跡の女神デウスの力を護る役割を持ったゴーレムが地下深くから現れる。そしてついに女神デウスの記憶に乗っ取られたシエルは、このゴーレムと一体化し、ラストバトルのボスとなるのだ。


 ルークたちは、このラストバトルのボス、ディヴァインゴーレム〈デウス〉と戦い、見事勝利する。


 ゴーレムから解放されたシエルは、正気を取り戻しており、女神デウスの力を制御しきって今までよりも遥かに強くなった状態で、ルークたちのパーティに復帰する。


 瀕死のミリアとアリーシャを少し治療した上で捕縛し、冒険者ギルドに連行しようとする一行だったが、そこに新たな秘密結社〈円環の唄〉の幹部〈水の秘密を唄う使徒〉シリウス・レンハイムという、作中最強の剣士でもある男性キャラクターが登場し、ミリアとアリーシャを奪還されてしまう。


 二人を連れて逃げていくシリウス・レンハイムを追う事を断念した一行は、ひとまずシエルが無事戻った事を喜びながら地上に戻り、エンディングの学園の年末パーティに話が繋がる、というのがデウスのラスボスイベントのあらましだ。


 これを踏まえて今の状況を考えると、秘密結社〈円環の唄〉の面々が、現在このラスボスイベントを起こそうとしている事は明らかなように思えた。


 正直言って、様々なイベントを経て仲間達が強化されている原作と違って、仲間がみなまだ弱い状況でこのラスボスイベントに挑むのは無謀であると言えるだろう。


 しかも、原作と違い、原作主人公のルークもまた誘拐されており、それを助けに行く主人公役をなぜかこの悪役サルヴァ・サリュがやる事になっている。


 この事に、正直いって色々な意味できな臭さを感じるところはあったが、いずれにせよ、現時点で用意された選択肢は多くない。


 このラスボスイベントから逃げるか、立ち向かうかである。


 俺がそんな究極の二択に迷っていると、突然背後に響いた足音と共に、こんな声がかけられた。


「サルヴァ……?」


 振り返ると、そこには、〈火の秘密を唄う使徒〉にして我が師匠でもあるロセット・ジェリが、結社の恰好ではなくA級冒険者としての恰好で立っていた。

 

 さらに、その背後にはもう一人、元B級冒険者にして元オーベル国軍の大佐でもある、我らがカサドール教官の姿もあった。


 これは原作での負けバトルで、主人公を助けにくるA級冒険者とカサドール教官そのものである。


 原作では別のA級冒険者が助けに来ていたが、今回は何かがゲームと変わっているらしく、ロセット師匠が助けに来たようだ。


 彼女の正体を知る俺としては、彼女がこの状況で味方をしてくれるのか、疑わしいところはあったが、ひとまずは知らないフリをしておいたほうがいいだろうと判断する。


「師匠! 教官!」


 俺は二人に思わず叫びかけてしまうが、その時、手に持った手紙を隠すのを忘れてしまっていた。


「その手紙は?」


 それを目敏く見つけた師匠が、俊敏な動作で抵抗する俺の手から手紙を奪い取り、読み始める。


「……カサドール、これを見てください」


 ロセット師匠は、現在の秘密結社〈円環の唄〉の状況を共有されていないのか、その手紙に驚いた表情を見せていた。


「……誘拐されたパーティメンバーというのは、シエル・シャット、ルーク・ルフェーブル、アリーシャ・アーレアで間違いないな?」


「……はい。犯行を行ったグループの要求通り、単身で踏み込むべきか、迷っておりました」


「古代遺跡の場所は分かるのか?」


「以前修行をここ天眼山脈で行っていた際に発見した事があります」


 これは嘘で、実際はゲームの知識があるから場所が分かるだけだったが、まあ今はこれで問題ないだろう。


 俺の言葉に少々驚いた様子を見せたのはロセット師匠だったが、師匠はその事について言及はせず、こう決断を下す。


「事態は一刻を争うと言えましょう。カサドール、敵拠点の可能性がある天眼山脈の古代遺跡に、この3名で踏み入りましょう。A、本クエストを解決します」


 俺は師匠の言葉に、師匠が今回あくまでA級冒険者として行動し続けるつもりなのだと悟り、今回は味方として扱っていい可能性が高そうだと判断する。


 カサドール教官は近くに記録用の魔道具「カメラストーン」を浮かべており、ロセット師匠にとってカサドール教官の前で結社の一員であると明かすのは非常にまずい事なのだろう。


 俺は奇跡的な出会いによって最低限戦力が整ったらしい事を踏まえ、古代遺跡に踏み入る事を決断する。


「いきましょう、ロセット師匠、カサドール教官!」


 突然のラスボスイベントだが、ここで秘密結社の手に覚醒したシエルを渡してしまうのは、不味い気がした。


 なにせ、俺が遊んだ5作品目の途中までの時点でも、秘密結社〈円環の唄〉が女神デウスの力とどのようなかかわりがあるのか、なぜその力を求めるのかは、明かされていないのだから。


 ――場合によっては、シエルという少女が永久に失われてしまう。


 そんな嫌な予感が、俺の直観の奥深くから、確かに囁いてきていたのだ――

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転生悪役貴族、なぜか秘密結社の危険な美少女達に懐かれる~最凶美少女達のせいで誰も見た事の無い超展開に突入していくけど、頑張って最高のハッピーエンドを目指します~ 救舟希望 @himizutoruku

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