第19話 エピローグ

 第二王子のペットだと知りながらも王宮の敷地内からブタを攫い、養豚場送りにした罪はそれなりに重かった。

 私の証言を元に、私を処分しようとした張本人のアビゲイル・タルコット伯爵令嬢と、その父の伯爵が王宮に呼び出された。伯爵は娘がしでかしたことをまったく知らなかったのだろう。彼は可哀そうなほどに青ざめてアビゲイルを叱責し、娘を修道院に入れさせて王家に忠誠を誓うと言ったらしい。

 だがここでアビゲイルは反論した。王国の頂点に君臨し、模範となるべき王家が家畜をペットにしている方が正気の沙汰ではないと。王家にすり寄る貴族たちは勝手に忖度をはじめて豚肉を食べなくなり、そのうち国内の養豚場は破産に追い込まれてしまう。畜産業のバランスが崩れることを防ぐために、目を覚まさせようとしたまでだと言いだしたそうだ。


 敵ながらなかなか見どころがあるじゃない。と、その後日談を聞いたときは少しだけ感心してしまったけど、多分あの従者がそう言えと言ったのではないか。腹黒そうだったもの。


 タルコット父娘にブタの正体が貴族令嬢であることは明かせないため、今回はあくまで王族の私物に手を出したという意味での処分に留められることとなった。修道院送りは免れたが学園は一年停学とし、王都からも追放処分となった。実質的に社交界から追放と同義である。

 ちなみに一年間の停学は、私が学園内で顔を鉢合わせることがないように、私が卒業後に復学できるようにしたとか。今は夏季休暇中だけど、一年間じっくり反省しろということだろう。

 まあ、素行次第では社交界復帰も叶うと思うので、数年間は大人しくしていればいいんじゃないかしら。できるかはわからないけれど。


 次に、私に呪いをかけたヘクター・ステイプルトンについて。

 彼は母方の親戚に隣国の魔術師がいたらしい。怪しげな呪いを上級生にかけた罪は重罪だけど、本人曰く数時間で効果が切れるものだったそう。

『卒業式のパーティーに出られなくするだけだった』と震えながら証言したらしい。未だに解けていないことを明かすのは得策ではないし、ヘクターは私がブタに変化したことを知らない。どうやらブタになる呪いではなくて、正確には【最も醜いと思う生き物に変化する呪い】だとか。

 つまり本人は呪いを解く条件を知らされていなかった。数時間で呪いが切れるなら、わざわざ解く方法まで聞くこともないだろう。


 ヘクターの誤算は、悪戯と仕返しのつもりでかけた呪いが持続してしまったこと。そして私、エリザベス・ローズウッドが第二王子の婚約者に選ばれてしまったことだ。後者は呪いがもたらした縁なので微妙なところだけど、本当に考えなしというか詰めが甘いというか……。


 学園内での呪い騒動など前代未聞だ。隣国の魔術師との繋がりがある生徒を学園に置いておくわけにはいかないためヘクターは退学処分となった。しばらくはステイプルトン子爵の監視下に置くそうだけど、魔術師との繋がりというのが厄介だ。今後どこの監視下に置くかを慎重に話し合うらしい。


 ちなみに王子はその魔術師の連絡先をちゃんと入手していた。それと彼の心情的には、ヘクターが呪いをかけなければブタの私と出会うこともなかったので、まあちょっぴり温情はかけているみたい。


 普通なら、これにてめでたしめでたし……となるはずなのに、まったくめでたしでは終わらない。


 実はまだ、呪いがきちんと解けていないのである。なんで!!?


「――ローズウッド侯爵から婚約の許しも得られたことだし、堂々と一緒にいられるな。呪いの解呪が今すぐ無理でも自分で制御ができるようにはなっておこうか」


 王子はドレスに埋もれる私を探し出して、ひょいっと抱き上げた。蕩けるような眼差しをブタに向けてくる。

 相変わらずネジが一本どこかへ飛んでいるけれど、もう治る気がしない。


「ぶぅ!(制御って言われても!)」


 一体なにが呪いの引き金になるのかはわからない。感情の昂りなのか、王子のドン引き発言が原因なのか。本来の予定以上に呪いが長引いているのは、私と呪いの親和性が高かったからなのか……。


 本当、ブタになる体質なんていらないんですけど! 王子はとてもうれしそうだが、私はまったくうれしくない。


「だが制御ができないまま学園には戻せないぞ」

「ぶひっ!(なんですって!)」

「俺ももう卒業しているし、傍に事情を知っている人がいないと困るだろう」


 あと一年で卒業なのに、このまま退学は嫌だ……!

 抱き上げられたまま青ざめる。私の目が潤みだした。


「つまり俺たちは四六時中一緒にいなくてはいけない。俺にとってはずっと一緒にというのもアリだけど」

「ぶふぃ~!(私は嫌~!)」


 涙がぽろりと零れた瞬間、王子が私の頬にキスをした。

 ブタから人間に戻る方法は、私の泣き顔に王子がキスをするというもの……これが今のところ確認できている唯一の解呪方法である。


 みっともない泣き顔ばかり見せることになって恥ずかしいし居たたまれないし、そして毎回裸だし! 羞恥心がごちゃまぜだわ!


「まあ、呪いを解くのはのんびり考えようか」

「一日でも早くお願いします!」


 顔を真っ赤にさせながら、私は王子の手からドレスをひったくるのだった。


(Fin.)

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肥えたら食われる!? ミニブタ令嬢は王子の偏愛から逃げ出したい 月城うさぎ @usagi_tsukishiro

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