第13話
「クレイグ、ベティの目撃者は?」
「それが途絶えてしまって全然集まらないんですよ」
もう二時間以上ベティの捜索を続けているが、一向に彼女が見つからない。
ブタを目撃したらただちにエルドレッドに知らせるようにと王宮内に通達を出しているが、ベティの消息は途絶えたまま時間だけが過ぎていく。
「騎士団にも捜索願を出していますから、見つかるのも時間の問題ではあると思いますが」
「それまで大人しく待っておけと? 生憎俺はそんなに聞き分けがいいわけではない」
王宮内で迷子になっているならまだ安全だ。だがもしも外に飛び出していたら話は変わる。身の安全は保障できないし、誰かに連れ去れてしまう可能性も高い。
「……無意識に庭園に向かったのかもしれない」
「はい? それは殿下と散歩をしていたからですか?」
「ああ。人は無意識に歩き慣れたところを選ぶそうだ。きっと彼女もそうだろう」
毎日のように散歩をしていた薔薇の庭園。もしかしたら穴を掘って身を潜めているのかもしれない。
涙を堪えて震えるベティを想像すると、胸のざわつきが止まらなくなりそうだ。自分が悪かったと謝罪がしたいし彼女の慈悲を乞いたい。もし嫌われたまま和解もできないとなると、胸の奥が張り裂けそう。
「……きっとベティは女性の唇を実験扱いしたことに怒ったんだな」
「単に殿下とのキスが嫌だったのでは」
クレイグの言葉がズシンと重い。エルドレッドは歩みを止めた。
「俺は彼女に嫌われているのか……?」
「すみません、失言でした」
「お前が謝罪するということはつまりそういう」
「ちょっとこの世の終わりみたいな顔はやめてください。そもそも殿下はブタを愛でてはいますが、エリザベス嬢を愛でているわけではないでしょう。『本当の私が好きでもないくせに試してみようなんてふざけるな!』ってことだと思いますよ。殿下、ブタとエリザベス嬢を分けて考えていませんよね」
鋭い指摘を受けて、エルドレッドは押し黙る。
ブタがエリザベスだという仮説を立てていた。それが本当だったこともわかっても、エルドレッドはベティとの縁が切れるわけではないと思っていた。
「彼女が人間に戻った後、殿下はどうしたいんですか? 彼女とどうなりたいんですか?」
エリザベスとどうなりたいか。改めて問われると返事に詰まる。
だがこれだけは言える。
「俺は父上に飼育放棄はしないと宣言した。だからエリザベス嬢とも離れない」
「……は?」
「ベティがエリザベス嬢ならその逆もしかり。彼女に嫌われて二度と顔も見たくないと泣かれない限り、彼女の隣は譲らない」
「それは単純に責任感からくるものですか? そうであれば少し距離を置いて頭を冷やした方がいいのでは」
クレイグの指摘は真っ当だ。だがその正論がエルドレッドを苛立たせる。
「距離なんか置いているうちに彼女と縁が切れたらどうする! 俺は一度自分の懐に入れたものを他人に譲れるほど寛大ではない」
その気持ちの源がなんであれ、彼女を手放すことなどしたくない。
――まずは会話だ。きちんと彼女と話がしたい。
飼い主とペットではなく、正面を向いてエリザベスの話が聞きたい。彼女の考えに、心に、価値観に触れて、己の中でじっくり咀嚼して、そこから導き出される答えに従いたい。
「今は捜索だけに集中するぞ」とクレイグに告げた直後。エルドレッドの元に騎士が駆け寄った。
「エルドレッド殿下! 庭園はすでに我らが捜索してますのでお任せください」
「そうか、ありがとう。見つけた者には褒美をやろう」
「それは捜索のし甲斐がありますね」
報酬の話は一瞬で広まるだろう。日暮れまでにはなんとか見つけ出してやりたい。
「殿下、貴族令嬢なら疲れたときにどこで一休みをされると思いますか」
「……そうだ。この近くに東屋があったな。そこにいるかもしれない」
エルドレッドはほとんど使用したことはないが、時折王妃が休んでいるのを見かけている。東屋から見渡せる庭園も美しいとか。
急いで東屋に入るが、中は誰もいない。
だが視界の端に見覚えのあるピンク色の布が映った。
「これは……ベティの服だ」
走っているうちに脱げたのか。それにしては損傷がほとんどない。
「こちらに真珠のネックレスもありましたよ!」
クレイグに渡されたネックレスは繁みに引っかかっていたらしい。
どちらも目立った傷はなく、エルドレッドの眉間に皺が寄る。
「ベティが鳥や野生動物に襲われたのだとしたら、彼女の服に血痕がついているはずだ。だがそのようなシミも牙で襲われたような穴もない。ネックレスにいたっては丁寧に金具が外されている」
「無理やり引きちぎったのだとしたら真珠も落っこちてますしねぇ」
「つまり誰かがベティの服を脱がしネックレスを外したんだ。そのまま彼女を誘拐した」
「ブタの誘拐なんて前代未聞ですよ」
一体なんのために? エルドレッドを恨む人間の仕業か。
「俺のものに手を出すとはなめられたものだな。王家への反逆行為と受け取った」
「冷静にお願いしますよ。詰めの甘さから反逆とまでは考えていないと思いますが」
もしそうであれば証拠をこんなところに残すはずがない。衝動的な犯行だったと考えられる。
「クレイグ、父上のところに行くぞ」
「ブタが誘拐されたと報告を? それともエリザベス嬢のことまで話すんですか」
「後者は保留だ。これより王都だけならず国内全域にある養豚場にブタの屠殺禁止令を発令してもらう。いや、屠殺だけじゃダメだな。出荷も停止だ。いや、個人でさばく可能性もあるのか」
エルドレッドはぶつぶつ呟きだした。
「どうするんですか。可能性は無限大ですよ? 犯人に飼われている可能性もありますからね」
急ぎ王宮に戻りながら今後の対応を考える。現実的には養豚場への通達を急ぐべきだろう。
「クソ、まどろっこしい。それなら国民全員ベティが見つかるまでブタを食うな!」
「あははは!」
キレ気味に吐き出したエルドレッドに、クレイグは声を上げて笑った。
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