第12話

 人気がしない方を選んで走っていたら、王宮の外に出ていた。以前王子と散歩した薔薇の庭園をてくてくと歩く。


 ベティと接している間の王子は様子がおかしいけれど、普段は冷静沈着で理知的な人だ。少なくとも学園ではそういう風に見られていた。

 常に成績は一位で、頭脳明晰だけならず文武両道。おまけに生徒会長までしていたのだから、王族というのは常に人から見られて大変だろうなと思っていた。

 品行方正はもちろんのこと、何事も実力を見せなければ人はついてこない。苦手な分野ってあるのかしら? と誰もが思っていただろう。確か唯一微妙だったのは芸術方面だったとか。前衛的すぎると一時期話題になったそう。


 そんな人が大声でベティを止めるように命じるなんて、そりゃ誰もがびっくりして当然だ。私だって王子の必死な声をはじめて聞いた。

 でも、私は悪くないと思う。どう考えても王子が怖くない?

 普通ほふく前進でベッドの下まで追いかけてくる!? しかもなんかうれしそうに笑っていたもの。狭いところで二人きり(正確にはひとりと一匹)で喜ぶとか、ちょっと冷静ではなかった。


 これは双方のためにも一旦距離を置くべきだ。

 それにベティの正体がエリザベスだとわかっても態度を変えてこないのはどうかと思う。遠慮がなさすぎて距離感がおかしい。

 

 過剰なペット愛には物申したいが、保護してくれたことは事実だ。もちろん感謝しているけれど、だからと言って実験的なキスに応じるのは私のプライドと乙女心が……!


「ぷぅ(東屋?)」


 庭園を抜けた先に東屋を見つけた。大きな木の近くに作られた東屋は密談にちょうどよさそう。きっと逢引きに使うのだろう。

 誰も座っていないベンチによじ登る。

 丸くなって目を瞑っていたら寝てしまったらしい。外の天気が気持ちよくてぐっすり昼寝ができた。

 今日は別の飼い主を探そうかしら。このまま王子の元へ戻ったら、「俺とキスをする気になったんだな」とか思われそう……!


「ぶひ(なんか嫌!)」


 王子が嫌いで嫌悪感があるわけではない。ただなんか……なんか嫌なのだ。

 本当に好きだと思った相手としたいと思うのは当然でしょう? 私はまだ初恋だって経験していない。ブタの唇と人間の唇を分けて考えられればいいのに、頭の整理が追い付いていないのだ。

 もう少し冷静に考える猶予がほしい。自分が納得したら、そのときはこっちから頭を下げて「クチビルヨコセ」くらい言ってやるわよ!


 興奮気味にあれこれ考えていたからか。私は背後に忍び寄る陰に気づかなかった。


「あら? なにかしら」

「ぶひぃっ!?(なに!?)」


 ひょいっと身体を持ちあげられた。王子の声ではない、女性の声だ。


「東屋に着飾ったミニブタ?」


 じろじろと私を見つめる顔には見覚えがある。アビゲイル・タルコット伯爵令嬢だ。

 私と同じ17歳で、学園では王子と一緒のアレキサンドライト寮の寮生。そして王子の信者であり、婚約者の座を狙っているという噂がある。

 なんでアビゲイルが王宮に? タルコット伯爵は王宮に出仕していただろうか。


「お嬢様、このブタはエルドレッド殿下のペットでは? 殿下は最近ブタを飼い始めたとか」

「はあ? 殿下がブタを? 嫌だわ、あり得ない!」


 アビゲイルは私を従者に押し付けた。爪先が食い込みそうだったので離してもらえて助かったけれど、なんだか嫌な予感がする。


「なんであのお美しい殿下がブタなんて家畜をペットにするのよ? 似合わないわ」


 それは私も謎なので本人に訊いていただきたい。きっと王宮の誰もが王子の変貌ぶりに驚いているだろう。実のご両親ですら目を丸くしていたもの。


「しかもこのブタ、真珠のネックレスをしているわ。ブタに真珠ってセンス悪い! 価値なんてわかったものじゃないじゃない」


 同意同意! 私も王子のセンスには疑問しかないわ。あ、だから芸術面では微妙なのかも?

 普通は真珠のネックレスを首輪替わりにしようとは思わない。無駄なことをしていると思う。


「しかもなに? スカート? ブタに服なんて不要でしょう。ブレント、そのブタをちゃんと持ってて」

「お嬢様? なにを」


 従者が止める隙もなく、アビゲイルは私から服を剥いだ。ついでに真珠のネックレスまで奪われてしまった。

これで私はただのミニブタである。ペットの証がなにもない。


「その服とネックレスをどうされるつもりですか、お嬢様」

「適当にこの辺に捨てておけばいいわ。それでエルドレッド殿下のブタちゃんは野生動物にでも食べられたことにしたらいいのよ。あの方のペットがブサイクなブタだなんて、品位が下がっちゃう」


 ……はあ? この私がブサイクですって!?

 ちょっと撤回しなさいよ! さすがに聞き捨てならないわ!


「飼い始めたばかりなら手放しても心が痛まないでしょう。傷心中の殿下には私から殿下に相応しい動物をプレゼントするわ! そうね、ユキヒョウなんてどうかしら」

「それは輸入が制限されている貴重な動物では」

「だからこそじゃない。我が家はユキヒョウを譲り受けるだけの財力と伝手があるのだと見せつけられるし、貴重な動物こそ殿下に相応しいわ。こんな家畜じゃなくてね」


 ギラリ、と光った目を見て身体が竦んだ。もしかしなくても私、命の危機では?

 従者の腕から逃れようともがくけれど、容赦なく抱きかかえられている。「暴れたら今夜のおかずにしますよ」と囁かれて、大人しくせざるを得なくなった。


「それでお嬢様、このブタをどうされるつもりですか」

「そうね。野犬に食べさせるのは寝覚めが悪いから、養豚場にでも持って行きましょう。あ、近場はダメよ。念のため王都から離れたところの養豚場に連れて行ってちょうだい」

「承知しました」


 承っちゃダメじゃない、それ!? 従者ならお嬢様の暴走を諫めるのも仕事でしょう!


「ぶひぶひいっ!(あんた性格悪すぎるわよ!)」

「あらやだ、なにか抗議されてるみたい。でも残念、豚語は理解できないのよ」


 クスクスとした笑い声が耳に残る。

 私は大した抵抗もできないまま、アビゲイルの従者に連れ去られてしまった。


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