第11話
「尻尾まで硬直しましたね」
クレイグ様の指摘を受けてハッとする。無意識に動いてしまう尻尾まで停止していたら、私は無言で肯定したのも同然ではないか。
咄嗟にコインを【いいえ】に動かした。私が呪いを受けてブタに変えられた哀れな令嬢ではあるけれど、自分の正体が王子にバレるのは避けたい。
ちらりと王子を見上げる。彼は私を見つめたままにっこり笑いかけた。
「ちなみに、ここに報告書が一式あるんだ。君が読んだら時間がかかるだろうから、俺が簡単に説明しよう」
ブタが報告書を理解できる前提で話が進められている。なにやら嫌な予感がする。
「八日前の学園のパーティーの名簿を手に入れた。参加予定だったのに、実際には不参加だった学生のリストだ」
……えっ! そんなものどうやって入手できるの!? と思ったが、よく考えたらこの人は卒業まで生徒会長をしていたんだった。生徒会の権限でそんなリストを入手するなんて容易い。学園のパーティーの運営には生徒会が関与している。
「ベティを保護した場所に落ちていたドレス、靴、ジュエリーなどの一式は俺が保管している。ドレスの仕立て屋は顧客情報を厳しく管理しているため、誰に作ったのかは明かさなかったが、靴屋の店主は違ったようだ。貴族の従者だと思ったんだろう。持ち主がすぐに判明した」
「(……っ!)」
「靴の持ち主とパーティーに不参加だった学生のリスト。そして休暇中は学園の寮に残っているはずなのに、八日前から目撃者がひとりもいない人物はただひとりだけ」
ガタガタと身体が震えてくる。処刑宣告をされている心地なのですが!
王子はふたたび私に問いかけた。
「ベティはエリザベス・ローズウッド侯爵令嬢だね?」と。
……これ、もう逃げ場ないじゃない……。
私は大人しくコインを【はい】に移動させた。もう煮るなり焼くなり好きにしてください……。
「おや、すんなり認めましたね。本当にエリザベス嬢なのですね?」
クレイグ様に問われて、私はコインの上に前足を置いた。タン! と音が響く。
「その気の強そうな青い目は確かにエリザベス嬢」
「ぶひぶひっ(なによあんた。別に私と面識ないじゃない!)」
「おや、怒りましたか。すみません」
まったく謝っていない顔だ。そもそも真顔でも笑っているように見えるので要注意人物だ。
「ベティ、君にはまだ確認したいことがある」
「(っ!)」
私がエリザベスだとわかっても、王子はその名前で呼ぶらしい。
確かにベティはエリザベスの愛称でもあるけれど、私の正体が分かった上で昔の愛称で呼ばれると、胸の奥がムズッとするというか……ちょっと居心地が悪い。
「君がその愛らしいブタの姿に変化した理由について心当たりは? 【はい】か【いいえ】で答えてくれ」
余計な形容詞がついているが大人しく従うことにした。
あると言われたらあるんだけど……多分あの声、ヘクター・ステイプルトンだった気がする。
タン、とふたたびコインを踏んだ。紙の上は【はい】に置かれたままだ。
だが確証はないので、私はコインを地道に動かす。【タ・ブ・ン】と意思表示をした。
「多分あるってことですね。確証はないけれど心当たりは一応、という感じでしょうか」
「ぷう……(そうね……)」
クレイグ様に発言に頷いてみせる。彼らはなにやら考え込んだ。
「変なものを食べたり飲んだりしたことは?」
もう面倒なので、簡単な質問には頭を振った。左右に振れば意思も伝わりやすい。
「パーティーに参加直前で誰かに襲われたってことか。姿形を変える呪いを簡単に扱えるとは思えないが、隣国には古くからそのような呪いがあるらしい」
「ぷきゅっ!?(え、そうなの!?)」
「隣国と縁のある人物で君を恨んでいる男子学生が濃厚ではないかと考えている。君は女性には優しいことで有名だが、男子学生には厳しいという噂があるようだな」
「……」
残念ながら否定はできない。厳しくしたつもりはないけれど、ちょっと注意しただけで尾ひれがついて噂が広まったり、勝手に怯えられたりしていた。
しかも私の外見も見るからに気が強そうなので、自尊心が低めな男子生徒は特に私に近寄らない。
「ぶぅ、ぶひひ、ぶうぅ!(勘違いした男が私に女王様になってほしいって懇願してきてキモすぎて蹴ったことはあったけれど、学園内の暴力なんてそれくらいよ!)」
「なにやら興奮気味に語ってくれているようですが、なにひとつわかりませんね」
伝わらないもどかしさはあるけれど、わざわざ紙で知らせることでもない。
一応ブサイクにブサイクと本音を言ってしまったことなら反省しているわ。だって身の程知らずのブサイクって嫌いなんだもの。でも心の中で思っていたことを面と向かって言うのはよくなかった。事実だとしても言い方に配慮はするべきだった。
でもね、本当のことを言ってもらえてありがたいって考え方もできるじゃない? 客観的に自分を見つめられる機会を与えてあげたのよ。
私だって十年前に自分がブタみたいって言われなければ、今頃ずっとデブなブタのままだったもの! ……まあ、本当にブタになるとは思わなかったけれど。
「ぷきゅ、ぷぅ、ぶいぃ!(ヘクターが犯人かどうかはこの際置いておいて、私がほしいのは解呪の仕方。呪いを解く方法を早く見つけたいの! )」
「今度はなにかを訴えているようですが」
地道にコインを動かす。【ノ・ロ・イ・ト・イ・テ】と。
「クレイグ。おとぎ話でよくある解呪方法はなんだったか」
「ああ、あれじゃないですか? 愛する人からのキスってやつ」
……はい? なにを言ってるんだ、このふたりは。
「なるほど。そういえばまだキスは試していないな」
ふむ、と王子が考えこんだ。私の全身に震えが走る。
待って、もしかしなくても私の唇が狙われている!? 誰にも触れさせたことのない乙女の唇が!?
そんなの冗談じゃないわ!
私は素早くテーブルの上から逃げ出した。幸いテーブルが低くて助かった。
「ベティ!」
王子に呼ばれるが止まってはいけない。振り向いてもいけない。振り向くなんて「期待してます」ってサインじゃない!? そんなあざとい行動、誰がしますか!
私が隠れられる場所はひとつしかない。ベッドの下だ。
応接間と続き部屋になっている。そしてそこは私が行き来できるように扉が開けっ放しなのだ。
「待つんだ、ベティ」
「ぶひぃっ!(絶対嫌!)」
ブタの全力疾走は案外素早かった。すぐにベッドの下に潜り込んで身を顰める。向こうが諦めるまでここに隠れていよう。
だって今まで恋人がいたことのない私はキスだって未経験。はじめてのキスなら好きな人がいいし、ブタのままキスを経験したくない!
乙女のキスを実験みたいに扱うなんて酷い! 怒りで眦が釣り上がりそう。
「ベティ、話し合おう」
ベッドの下の隙間から王子の靴先が見えた。だが次の瞬間、王子の顔が私を捉えた。
「(……っ!?)」
「いた。そのままじっとしてて」
「ぴぃっ!?(ぎゃあ!?)」
「ああ、意外といけそうだな」
ベッドと床の隙間に潜り込む王子って一体なんなの!?
「ちょっと殿下!?」と焦るクレイグ様の声に同意する。
ほふく前進で私に近づく王子が怖くてたまらない。しかもなんか、うれしそうだし!
「狭くて暗いところにふたりきりというのもいいものだな」
「ぷぎゃ(ひえ……っ!)」
やだ、私監禁される!?
ズリズリとにじり寄る王子を避けて、私は全速力でベッドの下から逃げだした。
「あ! 殿下、非常食が!」
私がエリザベスだと分かった後もクレイグ様の呼び名は変わらないらしい。
ぶれない男の手からも逃げて、応接間の扉に一直線に走る。
コンコン、とタイミングよく扉がノックされた。
「殿下、そろそろ時間ですが」
ちょうどよく呼びに来た侍従さん、よくやった!
「その子を捕まえてくれ!」
「え、はい!?」
王子が声を荒げてびっくりしたようだ。
驚く人々の足の間を潜り抜けて、私は王子の部屋からはじめて脱走したのだった。
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