第8話

 ブタになって四日目。

 朝から購入したばかりの服を着せられて、王宮内を散歩かと思いきや。到着したのは大臣たちが並ぶ議会だった。

 きちんと政務に参加していることはよかったけれど、ペット同伴など聞いたこともない。私をテーブルに座らせた王子は満足そうに無言でペット自慢をしているが、大臣たちは困惑の嵐だ。


「エル、ブタを連れて議会に参加というのは」


 国王陛下が溜息混じりに王子を嗜めるが、彼はスッと室内に入って来たばかりの王太子殿下に視線を移す。


「兄上もマリリンを連れていますが」

「(え?)」


「待たせたか?」と、堂々と着席した王太子殿下は首に立派な白い蛇を巻いていた。周囲から小さな悲鳴が漏れるが、気にした素振りはない。


「アルヴィン、何故お前までペットを連れて来てるんだ」

「よくぞ訊いてくれました父上。俺のマリリンは脱皮をしたばかりで、今が最高に美しいからです!」


 艶やかで弾力のあるうろこが外から入る陽光をキラキラ弾いている。蛇が怖くなければ美しいと思うけれど、首に大蛇って迫力がありすぎます。あ、両隣に座っていた人たちが席を移動したわ。あからさまだけど仕方ない。


 そんな王太子殿下を見て、王子は提案する。


「これを機にペット同伴を可能としてみては? 犬や猫を愛でながら議会に参加を可能とすれば和やかに進むでしょう」


 もちろんアレルギーがないことと、犬の場合は小型犬限定などある程度の条件がそろった上での提案だそう。この男、自分が私と離れたくないがために、常識はずれのことを言いだした。

 だが意外なことに、王太子殿下以外にも乗り気になった大臣がいた。彼は猫を飼っており、猫を連れてきてもいいのであれば連れてきたいと言い出した。


「う……うむ。では反対意見は…………、いないのか」


 まさかの全員動物好き。モフモフは正義と言いたげな表情をしている。

 放し飼いはせず逃がさないことなど、ある特定の条件を満たしたペットは議会への同伴が可能となった。だが蛇は怖いから却下を食らっていた。


「まあ、マリリンの美しさに惚れられたら困るからな。仕方ない」


 そうあっさり王太子殿下は引き下がった。脱皮後の美しい姿を見せられたことで満足しているようだ。

 それにしても、うちの王家は大丈夫なのだろうか……。

 この常識的な国王陛下から自由人がふたりも生まれたことに謎が深まる。もしや王妃様がそっちの人だった? 

 陛下が王妃様に振り回される姿を想像する。美女に振り回されるというのも楽しそうだけど、気苦労は多そうだ。でもそれも幸せの形なのかしら。


「ベティ? どこへ行く」


 とてとてと、テーブルの上を歩く。お行儀悪いが仕方ない。

 そして陛下の前で止まった。今日の私はピンクのフリフリのスカートを穿いている。


「ブタが陛下の前で……」

「まさか陛下を癒そうと?」


 ええ、私を撫でてくれてもいいですよ。テーブルに置かれた手にコロンと横たわった。

 陛下の目が驚きで見開かれるが、嫌悪感は伝わってこない。


「なるほど、癒しか……」


 そっとお腹を撫でられる。陛下の手はなかなかのテクニシャンだった。


◆ ◆ ◆


 私がなかなか陛下の元から離れないため、痺れを切らした王子に回収された。ちょっとだけピリついた空気が流れたが、概ね平和な議会だった。


「俺はどうやら嫉妬深いらしい」


 部屋に戻った直後、私は王子のベッドに押し倒されていた。

 え、なにこの体勢。仰向けで寝かせられているけれど、まるで貞操の危機のよう。

 じっとりした視線には確かに嫉妬が含まれているようだ。こんな表情もできたんだ? と驚くやら呆れるやらで、私の胸が忙しなく鼓動する。


「ぶひぃ……(あの、離れてください)」

「嫌だ」


 言葉は伝わっていないはずなのに、どうも会話が成立している気がする。王子の変質的な愛情がブタ語を感知しているとか? 深く考えたくはない。


「ベティ、俺にも癒しをくれないか」


 癒し? そんなものどうやって。

 肉球があれば手を差し出したものの、ブタにはそんなものはない。


「父上までベティのかわいさに気づいてしまった。たとえ相手が父上でも、君を誰かに譲るなんて絶対に嫌だ」


 聞きようによっては愛の告白のようだ。胸の奥がソワソワする。

 眉根をギュッと寄せて心情を吐露する王子はいつもより少し幼く見えた。子供の頃の天使の顔を思い出してしまい、ムズムズした気持ちがこみ上げる。


「俺のかわいいベティ。他の人に懐かないで」


 王子は私を幼少期の愛称で呼ぶから、まるで子ブタのようだった子供の頃の私も愛でられている気分になってきた。太っていて醜くて、天使の傍にいる資格なんてないって気づかされたあの頃の記憶が蘇ってくる。


 でも、王子がベティはかわいいって言うから、少しは過去の私も認めてもいいのではないか。食べることが大好きで、誰からも愛されているのだと疑わずにいた私も私の一部だ。自分に自信がつくたびに過去を消したいと思っていたけれど、無邪気で天真爛漫だった自分を認めてあげてもいいのかもしれない。


「ぷう……(殿下、私……)」


 考えるよりも先に声が出た。

 あれ? 今なにを言おうとしたのだろう。


「ああ、ベティ。君の鳴き声もたまらなくかわいい」


 お腹に顔を埋められた。急なことにびっくりする。

 それ、くすぐったいしムズムズするし、なんだか変な気持ちになるからやめてください!

 手足をばたつかせていると、王子は恍惚とした声で囁きを落とす。


「俺は君の下僕になりたい」

「(……)」


 スーハーとお腹の柔らかい毛を吸う音が耳に届く。

 私ははじめてブタのまま眩暈を起こしそうになった。


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