第2話 目覚め

 フルートの部屋で手早く武器や防具を外しながら、ゼンが言いました。

「そういや、ポポロはどうした? あいつも呼ばれているのかと思ったのに」

 ポポロというのは、空飛ぶ天空の国に住む魔法使いの少女で、彼らの仲間です。戦いの時には、いつも強力な魔法で彼らを助けてくれます。


 ところが、その名前が出たとたんフルートは表情を変えました。笑顔が消えます。

 ゼンは渋い顔になりました。

「おまえ──! またあいつを呼ばないでいたのか? いいかげんにしろよ。いくらポポロが優しくたって、そんなことばかりしてたら、いつか愛想あいそをつかされるぞ」

「違う、違うよ」

 フルートはあわてて答えました。思わず赤くなっていることに、自分では気がついていません。

「ちゃんと呼んだんだよ。天空の国が空に見えるたびに呼んでみたんだ。でも、ポポロは一度も来なかったんだよ」

「一度も? 変だな。あいつなら、フルートに呼ばれたら絶対に大喜びで会いに来るはずなのに」

 とゼンは意外そうに言いました。

 フルートは天空の国の少女に密かに思いを寄せています。そして、ポポロのほうでも、そんなフルートを憎からず思っている様子なのです。


 フルートはますます赤くなって、弁解するように言い続けました。

「花祭りに行くなら大勢のほうがいいと思ったし、ポポロだってゼンには会いたいだろうと思ったから、ずっと呼んでいたんだ。でも、本当に一度も来なかったんだよ。だから、また修行でもしているんじゃないかと思って」

「まあ、それは考えられないことじゃないか。一度修行を始めると、終わるまで誰にも会えないって言っていたもんな。でもなぁ、それならそれで、ちゃんと天空の国まで行って確かめてみりゃいいんだよ。おまえはポチに乗って飛んでいけるんだし、天空王は『いつでも天空の国に遊びに来ていい』って言っていたんだから」

「ワン、ぼくもずっとそう言っていたんですよ。だけど、フルートったら、絶対うんと言わないんだもの」

 とポチが口を挟みました。

「だ、だって……修行中だったら、邪魔しちゃ悪いじゃないか……」


 しどろもどろになったフルートを、ゼンは呆れて眺めました。

「要するに、呼んでも全然ポポロが来てくれないんでねていたんだな? え、そうだろう。こら、白状しろ!」

 とはがいじめにします。

 ドワーフのゼンは並外れた怪力の持ち主です。フルートはまったく身動きできなくなって悲鳴を上げました。

「いたたっ、やめろよゼン……! そんなんじゃないよ!」

「そんなんじゃないなら、どんなんだよ! ったく、ほんとにじれったいヤツだ。よし、花祭りから帰ってきたら、もう一度ポポロを呼んでみようぜ。それでもやっぱりあいつが来ないんなら、天空の国が上を通るのを待って、ポチに乗って天空の国まで行ってみよう」


 とたんにフルートはゼンを見つめました。

 その目がひどく真剣に見えてゼンが面食めんくらっていると、フルートは急に笑顔になりました。

「うん……それならいいよ。一緒に天空の国に行こう」

 あっさりと答えたフルートは、もう赤い顔もしていませんでした。

 ゼンは急に素直になった友人にわけがわからなくなって、とまどいながら腕をほどきました。

 すると、フルートがまた口調を変えて言いました。

「ほら、急げよ、ゼン。お父さんたちが待ってるじゃないか」

「おっと、そうだった」

 ゼンが我に返って、また防具をはずし始めました。


 その時です。

 部屋の中に突然、澄んだ音が響きました。

 シャララーン、シャララーン……とガラスの鈴を振り鳴らすような音が繰り返されます。

 子どもたちは、はっとしました。

「金の石!」

 とフルートが叫んで自分の机に飛びつきます。

 勢いよく開けた引き出しの中で、金のペンダントが鳴っていました。花と草を透かし彫りにした縁飾りの真ん中で、魔法の金の石が強く弱く光りながら鳴り響いています。

 フルートがペンダントを手に取ったとたん、ガラスの鈴のような音が止まりました。ただ魔法の石が静かに金色に輝き始めます。

「石が目覚めた……」

 とフルートは言いました。

 魔法の金の石は、世界に闇の力が迫って人々が危険になったときにだけ勇者を呼びます。

 謎の海の戦いから帰ってきたとき、灰色の石になって眠りについた魔法の石が、再び目を覚ましたのでした。


 フルートは厳しい顔つきでペンダントを見つめました。

 石は何も語りません。けれども、石が金色に変わったと言うことは、また新しい戦いが始まるということです。

 仲間たちを振り返ると、ゼンはもう外した防具や武器を元通りつけ直していました。

 ポチも緊張した顔でフルートを見つめています。その首には風の犬に変身できる魔法の首輪が光っていました。

 フルートは言いました。

「泉の長老に会いに魔の森に行こう。ポチ、旅の支度したくを頼む。ゼン、手伝ってやってくれ」

「ワン」

「わかった」

 仲間たちは短く答えて、すぐに準備に取りかかりました。リュックサックや水筒を持って、台所へ向かいます。

 たった今まで、はしゃいだり、じゃれるように言い合ったりしていたのが嘘のように、誰もが真剣な表情です。


 フルートは刺繍ししゅうのついた晴れ着をベッドの上に脱ぎ捨てると、普段着に着替えて装備を整え始めました。

 戸棚から金の鎧兜よろいかぶとを取りだして身につけ、壁から二本の剣を下ろして、交差させて背負います。炎の剣と呼ばれる魔剣と、愛用のロングソードです。ベッドの下からは丸い銀の盾を取り出します。聖なるダイヤモンドで強化された盾です。

 最後にフルートは首から金のペンダントを下げました。魔法の金の石は胸の上で静かに光り続けています。それを見つめるフルートは、もう、れっきとした戦士の顔をしていました。 


 子どもたちがあまり遅いので、お父さんとお母さんが様子を見に家に入ってきて、外に出ようとした子どもたちと出くわしました。ゼンだけでなく、フルートまでが戦いに向かう格好をしているのを見て立ちすくみます。

 フルートは申し訳なさそうに言いました。

「ごめんね、お父さん、お母さん。ぼくたち、行かなくちゃいけないんだ。石が目覚めたんだよ」

 お母さんは短い悲鳴を上げて口をおおいました。

 お父さんも真っ青になりましたが、かろうじて冷静さは保ちました。

「それで……今度はどこへ行くんだい……?」

「わからない。何が起こっているのかもわからないんだ。だから、まず魔の森に行って、泉の長老に会ってくるよ」

「おばさん、ごめん。七面鳥の丸焼きはまた今度作るからさ」

 とゼンも言います。

 フルートのお母さんは口をおおったまま目に涙を浮かべました。


 フルートは両親の首を抱いてほおにキスをすると、すぐに厳しい表情に戻って仲間たちに言いました。

「行こう、みんな」

「おう!」

「ワン!」

 外に駆け出した子どもたちの先頭で、ポチが渦を巻いて風の犬に変身しました。その背中にフルートとゼンが飛び乗ります。

「フルート! ゼン! ポチ!」

 お母さんが悲鳴のように呼びました。

 子どもたちは振り返ると、いっせいに笑ってみせました。

「いってきます」

「大丈夫だぜ、おばさん。こいつは俺がしっかり守るから」

「ワン、ぼくもついてますよ」

「……おまえたちの上に、神の守護と金の石の守りがあるように」

 お父さんは声を絞り出して無事を祈りました。

 子どもたちはうなずくと、音を立てて空に舞い上がりました。たちまち荒野の西へ遠ざかっていきます。魔の森はそちらの方角にあるのです。


 それを見送りながらお母さんは声を震わせました。

「どうして……どうして、あの子たちが戦いに行かなくちゃならないの? あの子たちはまだ十三歳よ。ポチなんて、たったの十歳なのよ……!」

 声を上げて泣き出したお母さんを抱き寄せて、お父さんが言いました。

「それがあの子たちの定めなんだよ。あの子たちは金の石の勇者の一行なんだから。だけど――」

 お父さんも唇を震わせました。

「あの子たちが普通の子どもだったら良かったのに、とぼくも思うよ。世界のためを思えば、そんなことを考えちゃいけないんだろうけれど……。フルートが金の石の勇者になったのは、ぼくのせいだ。ぼくの命を助けるために魔の森へ行って、石と出会ったんだから……」

 涙でにじむ空の彼方に、子どもたちの姿はもう見えなくなっていました。

 空は相変わらず雲一つなく晴れ渡り、遠くから吹いてくる風が、かすかに音楽を運んできます。花祭りのパレードが賑やかに街を練り歩いているのでしょう。

 お父さんはお母さんを抱きしめると、静かに涙を流しました。

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