第2話
1人目――
2人目――
3人目――
――と、ここまで、逢坂氏、愛発氏、念珠氏の3人の情報を見て、僕はうっすらと統一性が見えてきたような気がした。いや、僕が見えてくるのだから、警部や探偵には見通せているのだろうが――皆家庭の中の人間だということである。主人であったり、娘であったり、家庭内での属性を持った人間。
いや、それだけだと弱いだろうか、というか、やはりそのくらいは、あの二人は見抜いているだろう――もっと深いところに、合致するものがあるのではないか――と、次の資料を見た。
4人目――
「…………」
ここに来て、シングルマザーか。
1人目から3人目までを見て、家庭が、家族が充足している――家族構成に欠員のない人物だと、一瞬思ったのだが、そういう意味でもないらしい。手元の資料には、離婚原因までは書かれてはいない。そこまで詮索する必要はないと考えたのだろう。だが、家族という属性を持った者であるということに変わりはない。
これでこの5人目の情報を統合する。僕はページをめくった。
そこには――つい先刻までここに吊られていた男の情報が記載されていた。
流石は警察、仕事が早い。
5人目――
生活保護受給者――か。
かつての僕と同じである。
33歳というある種働き盛りの時に生活保護を受給するとは、何かがあったのだろうか――と、隅々まで見ると、どうやら精神を病んで仕事を辞職したということが分かった。今は通院と訪問看護を受けている。
病名は躁鬱病か。
待て、待て待て。
考えよう。
家族構成の欠員のない人、という推測は、4人目によって却下されている。
家族という属性を持つ者というのは、5人目によって棄却される。
となると、5人目、白河氏に関する周囲への事情聴取が必要になって来る。
親との関係、周囲との関係。
ただ、それによって5人の共通点が洗い出せるかといえば、これもまた微妙なところである。
共通点がないことが共通点なのではないか、などと思い始めている自分がいる――これでは堂々巡りである。
「…………」
七曲さんは、資料を見る僕を見ている。
まずい。
これは何かを言わねばならないような雰囲気だろうか。
「……何か」
「ううん。何か見つかったかな、と思って。先程から考え込んでいるようだから」
「……僕が考えつくことなんて、七曲さんや迂生野警部が先に思い至るでしょうよ」
「そうでもないわよ。人間一人が思いつく領域なんて限られているもの。それで?」
それで、とは?
「5人の個人情報を見て、何か思いついたのでしょう?」
いや、別に何も思いついていないが。
「え――っとですね」
探偵助手が、探偵を凌駕する小説というのを、未だ僕は読んだことはない。
それは、設定としてそういう仕組みに――作りになっているからであると思っていたのだが、現実はどうやらその辺り、小説に即しているようだった。凌駕しようなどと、つゆほども思えない――それだけの人間的な、生物的な格差が、開いてしまっている。最早嫉妬などして比較対象にする次元ではないのだ。
仕方ない。
僕は、頭の中の経過を、そのまま七曲さんに伝えることにした。
「まず、最初の3件を見て、完全な家族――この場合は父、母、子、という集合の表現です、学術的に違っていたらすみません――を狙った殺人かと思いました。少なくとも、逢坂氏、愛発氏、念珠氏はそこに属している。しかし、4人目、不破氏はシングルマザーであるという。これは――言い方は悪いですが――不完全な家族です。母と子、という関係――なので、初めの『完全な家族』説は却下しました。そして今度は、家族という属性に注目しました。これも、専門家とかに言わせれば表現に齟齬があるのでしょうが、まあその辺りは、適当に校閲してくれるでしょう。つまり、彼らの共通点は、家族という属性を持っていること、なのではないか――と。まあ、この時点で気付きましたけれど、それだと殺されるのは彼らである必要性はない。大体の人は、家族という属性を持っていますからね。しかし――僕のそんな考えは、5人目の白河氏によって打ち破られることになる。白河氏は、現代の世には少々珍しい、家族という属性を持たない人となる。まるでこちらの推理を誘導するかのように、犯人は5人目の殺人を完了させた――結局のところ、考えれば考えるほど、僕はこの事件の共通点が分からなくなってしまいました」
「成程、成程」
途中
「良い分析じゃない。もう少し自信を持っても良いと思うけれど」
「いや、実際犯人に辿り着くことはできていないですし、意味ないですよ。共通点を炙り出すことも、結局できていません」
「あのね笛吹――物事には過程というものがあるのよ。それを経なければ分からないもの、というものも確実にある。結果だけが全てなどと言っていると、それこそキング・クリムゾンに足元を掬われるわよ」
「…………」
七曲さん、漫画とか読むんだ。
意外であった。
「取り敢えず、警察が未だ尻尾の掴めていない、白河瘡蓋について、調査を進めていくわ、良いわね、先に行くわよ――迂生野」
「ああ、後から追いつく」
それだけ述べて、七曲さんは立ち上がった。
僕はそれについて行った。
向かう先は、白河瘡蓋という男を、良く知る人物のところである。
(続)
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