第33話 一つだけ言わせていただいてもいいですか

「連日、ですか」


 朝、下駄箱に靴を仕舞おうとした私が見つけたのは、丁寧に折りたたまれた手紙。

 それの中身は大抵が好意を伝えるためのもの……いわゆるラブレター。

 私にとっては全く珍しくなく、昨日も似たような経緯で他のクラスの男子から告白されました。


 もちろん断りましたが、彼はさほど落ち込んでいませんでしたね。

 断わられるのがわかっていたのでしょう。


 ……私の返答が変わらないとしても、せめて本気で告白して欲しいと思うのはわがままなのでしょうか。


 それはともかく、今は手元の手紙を見てみましょう。


 一応人目がないのを確認してから手紙を開けば、見覚えのあるきっちりとした文字で『放課後、体育館裏で話がしたいです』とだけ書かれていた。


「……何をしているんですか、あなたは」


 思わず出てしまった呟きは、幸いにも誰にも聞かれていない。


 部屋で一緒に勉強する機会もあった私は灯里さんの文字を度々目にしている。

 だから多分、これは灯里さんの文字で間違いない。


 ……だからこそ疑問が生まれるわけですが。


 端的に記された用件。

 普通なら話がしたい理由は告白のためでしょう。

 けれど、差出人が灯里さんであるならば、告白のために呼び出したとは思えません。


 それならそれでとても嬉しいのですが、状況が悪い。


 何より私が気になったのは文面よりも、肝心の差出人の名前が記されていないこと。

 単純に書き損ねただけかもしれませんが、真偽は定かではない。


 ――とはいえ、折角お誘いを頂いたなら、断るのも無礼というもの。


 恥の上塗りはしたくないですし、いずれ対話の場を設ける必要がありましたから。

 血の問題も解決していないので最後には灯里さんを頼らなければならない。


 私も数日挟んで冷静になったはず。


 結論は、まるで変わっていませんが。



 ――その日の授業は、まるで身が入らなかった。


 先生の話は右から左に流れていくし、板書も中途半端で復習にも使えない。

 連日、集中力を欠いている原因は奇しくも同じものでしたが、内容まで含めると真逆と言っていいでしょう。


 昨日は灯里さんを意識的に避けつつも頭の中ではずっと休日のことを考えていた。

 対する今日は手紙のことで灯里さんを意識してしまい、ちらちらと事あるごとに盗み見てしまう始末。


 ……なんだか私、ちぐはぐですね。


 私の全てを差し出すと言っておきながら私の意思で灯里さんと距離を置いたのに、頭では灯里さんのことばかり考えてしまう。

 愛してると言った手前、灯里さんのことを好きなのも認めます。


 でも、だからってこんなになっていると、自分の色ボケ具合に呆れてしまいます。


「遠坂くん、次は移動教室だよ?」

「そうだった。行くか」


 今も小柄な男子生徒……隠岐さんに連れられて教室を出ていく灯里さんの背中を、穴が開くくらい眺めてしまうのですから。


 私もいつか、灯里さんとあんな風に――なんて浮かんできた都合のいい未来を振り払って、次の授業が行われる実験室へ。

 なんとかミスだけはしないように授業をこなし、やっと放課後が訪れる。


 ずっと感じていた緊張がまだ高まるのを感じる。

 それでも表面所は平静を装い、先に帰宅の用意だけを済ませておく傍ら、隣の椅子がすっと引かれた。


 立ち上がった灯里さん。

 音に釣られて視線を向けてしまう、なぜか私を見ていた灯里さんと視線が交わる。


 一秒にも満たないアイコンタクト。


 言葉は交わさず、表情も動かさない。

 けれど、その一瞬があればじゅうぶんだった。


 すぐさま教室を立ち去っていく灯里さん。

 いつもより緊張しているのか、歩幅が狭い。


 灯里さんの行先が私と同じならば――。


 私も少しだけ時間を空けてから教室を出て、向かう先は体育館裏。

 すっかり常連となってしまった、この学校における告白の定番スポット。


 何度か私に用事のなかった人と鉢合わせたことがありますが、あれは本当に気まずかったですね。


 それはともかく。


「――やっぱりあなたでしたか、灯里さん・・・・


 体育館裏で佇んでいるのは一人の男子生徒。


 ちょっと長くなりつつある黒髪。

 やや気だるげな目元と、目立たないながらも整った顔立ち。

 私よりも頭一つは高い身長なのに圧を感じないのは、慣れたからでしょうか。


 ……慣れもあると思いますが、一番は灯里さんに私を害する気がないことが雰囲気から伝わってくるからかもしれません。


 仲良くなる以前から、そういう人でした。


 私のことを気遣って声をかけてくれたことも覚えています。

 それでいて、いっそ不思議なくらい下心を感じませんでした。

 あれはそもそも私に興味がなかったのではと今なら思う。


 けれども。

 この場では、そんなことはどうでもよくて。


「本題に入る前に、一つだけ言わせていただいてもいいですか」

「もちろん」

「……ネクタイ、曲がっていますよ」

「え」


 私に言われて気づいた灯里さんが直すよりも先に、私の手がネクタイへ届いた。


「直します」

「いやでも」

「動かないでください」

「……はい」


 有無を言わせない口調で告げると、大人しく首を差し出した。

 灯里さんも緊張しているのでしょう。

 これで多少は和らぐといいのですが。


 そうでないと、お互い腹を割って話せませんからね。


―――

頑張るけど明日更新怪しいかもです。頑張るけど

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