第27話 ベッドに行きましょう

 そんなわけでメイド服に着替えるべく一旦自分の部屋に帰った乃蒼は、数分ほどで戻ってきた。

 ……さっきまでの服装のまま、少々大きめの手提げ袋を抱えて。


「……着替えなかったのか?」

「冷静に考えてメイド服の女の子が部屋に入っていくのを見られたら色々拙い気がしたもので。あと、灯里さん以外に見られるのはちょっと」


 常識的な判断力が残っていたのは喜ぶべきだろう。

 さしもの乃蒼も世間体は考えるらしい。

 その対象に俺が含まれていないことだけが気がかりだけど。


 でも、その気づかいはありがたい。

 現代社会でメイド服の少女がマンションの一室に入っていくなんてそういうサービスの利用者と思われかねない。


 ……そういうサービスでもメイド服のまま部屋を訪れたりはしないか?


 しかも、俺以外に見られるのは嫌ときた。

 それがなんともむず痒く、言葉にしがたい感情を浮かび上がらせる。


「ですので、脱衣所をお借りしますね」

「……もう勝手にしてくれ」

「ちょっと投げやりな気がしますが……それはそうと、ご主人様的にはメイドさんを着替えさせるのも一興では?」

「どんなプレイだよ」

「プレイだなんてそんなつもりはなかったのですけどね。私はいつ覗かれても構いませんのでお好きにどうぞ」

「誰が覗くか」


 精神的に疲れるやり取りをしつつ、乃蒼が脱衣所へ消えたところで息をついて。


「あ、一つ聞くのを忘れてました」


 ひょっこりと顔だけを出してきた乃蒼に今度は何だと思えば、


「古典的なロングスカートのクラシカルタイプとコスプレチックな露出多めのメイド服、どちらがお好みですか?」

「クラシカルタイプで」

「即答ですか。その心は?」

「気安く肌を見せられると困る」

「……では、とりあえずそのようにしましょうか。露出多めのメイド服でたじたじになる灯里さんを見たかった気持ちはありますが、またの機会ということで」


 それでは、と脱衣所へ戻った乃蒼を前に、一人で悩ましげに眉間を揉んだ。


 ……またの機会?

 これが最初で最後ではない、と?


「……まあ、風呂場に乱入されるよりはマシか」


 比較対象が強すぎてコスプレご奉仕くらいならまあいいかと素通りできるようになってしまった自分のメンタルが憎い。


 それから待つことしばらく。


「――おかえりなさいませ、ご主人様……なんて、言ってみたかったんですよね」


 リビングに現れたのは見事なクラシカルタイプのメイド服を纏った乃蒼。

 頭にはホワイトブリムも忘れることなく乗っていた。


 紛うことなきメイドの姿で一礼し、それらしいセリフを言ってのけながら微笑む乃蒼を前にして、俺は乾いた笑いを浮かべてしまう。


 およそ現代日本では着用する機会がないであろうメイド服が、どうしてこんなに似合うのだろうか。

 洋風の衣装で、乃蒼の容姿が日本人離れしているのも理由の一つかもしれないが、それにしたって似合い過ぎだ。


 今日のために特注で作ってきたと言われても驚かない。


「……ご主人様、か」

「良い響きですよね。メイド服でご奉仕となれば、灯里さんは当然ご主人様となるわけです。この方が楽しいでしょう?」

「愉悦方面の愉しいの上、そう感じるのは乃蒼だけだ」

「今のところはそうかもしれませんね。灯里さんも楽しめるのはこれからかと」


 人聞きの悪い言い方はやめていただけませんかね?

 それだとまるで俺が乃蒼に奉仕されるのを楽しんでいるみたいだろ。


 そりゃあ、興味が全くないとは言わないけどさ。


「それでは早速ご奉仕のためにベッドに行きましょう」

「…………」

「どうかされましたか?」

「いや、なんでも」


 異性とベッドで……なんて状況を変に意識しすぎだな。


 膝枕をするなら俺も寝転がれるベッドが一番都合がいいだけのこと。

 乃蒼も楽で、俺も楽。

 体勢だけを考えるなら、だが。


 乃蒼が我が物顔で寝室に乗り込み、ベッドに軽く腰掛ける。

 スカートも直し、膝を軽く叩いて「さあどうぞ」と微笑みながら手招く。


 本当にいいのだろうか。

 ここまで来て躊躇いが顔を出すも、こんなにも楽しそうな乃蒼を曇らせたくはない。


 恐る恐る隣に座り、深呼吸。

 僅かばかりの緊張を感じながらも「失礼します」と一言かけてから身体を倒し、乃蒼の膝へ頭を預けた。


 頭部を受け止めるのは程よい弾力の、乃蒼の太もも。

 寝心地は申し分なく、人肌の温もりも相まって自然と瞼が下がってくる。


 これが膝枕か。

 ……なるほど確かに、男の夢の一つとして数えられるのも理解できる寝心地だ。


 二、三度ほど身じろぎしてちょうどいい位置を探っていると、


「んっ……」

「どうした?」

「すみません……ちょっと、くすぐったくて」


 見上げれば直上に目を細めて笑う乃蒼の顔。

 さらりと流れた銀髪の毛先が頬を掠めて、奇しくも乃蒼と同じ感情を抱く。


「でも、耳かきをするなら横になって頂かないと」

「……それもそうだな」


 完全に膝枕で頭がいっぱいになっていた。

 名残惜しくもベストポジションを手放し、外側を向くように横になる。


「それではご主人様、これより耳かきのご奉仕をさせていただきます」

「要らない注意だとは思うけど耳かきを刺したりしないでくれよ……?」

「もちろんです。それと」

「それと?」

「私の手元が狂わない範疇であれば、太ももを撫でたりしていても構いません」

「……遠慮しておきます」

「そうですか」


 万が一にも耳に危険が及ばないよう断ると、しゅんと目じりを下げる乃蒼。

 ……なんで残念そうな顔をしているんですかね?


―――

本題に入るのが遅い(平常運転)

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