第26話 それって恋人同士がするものでは

 休日。

 授業がない分、少し遅い時間まで寝ていても許される日――だったのがしばらく前に感じるのは、この生活に慣れてしまっているからだろうか。


 今日の朝食は乃蒼が作ってくれたフレンチトースト。

 ふわふわでほんのり甘いそれに、トッピングとして目玉焼きやベーコン、カットしたフルーツなんかも添えたお洒落なもの。

 味も申し分なく、ぺろりと完食してしまった俺を、乃蒼が楽しそうに眺めていた。


 その後は二人で片づけを済ませ、食後のお茶を二人で飲みながらその日の過ごし方を相談するのがいつもの流れ……なのだが。


「……灯里さんは、私といて楽しいですか?」


 やけに真面目な表情で聞かれ、お茶を飲む手が止まる。


「藪から棒に今更な質問だな」

「今更って……私、結構真剣なんですけど」

「楽しいかどうかを気にする前に考えることがあると思うんだよなぁ」


 いきなり隣部屋に引っ越してきたこととか、風呂場に乱入したこととか、匂いフェチのあれこれ……はどうしようもないか。


「冗談は置いといて、俺は乃蒼といるのは楽しいぞ」

「……そうですか? どういうところが楽しいんですか?」

「急にめんどくさくなったな」

「めんどくさ……っ!?」


 あ、ごめん、思ったことをそのまま言ってしまった。


 でも今の質問の流れって完全にめんどくさい彼女的なアレのソレじゃないですか。


「……私、めんどくさい女ですか?」

「完全に否定できない雰囲気にするのはやめてくれ」

「わかっていますよ。ボッチ歴が長くて誰かといることの楽しさがわからなくなったとかではありませんからね」

「ほぼ自白では?」


 そういう素振りも可愛らしく見えるのは美少女の特権だ。


 それはひとまず置いといて。


 ……誰かといることの楽しさがわからなくなった、か。


「まあでも、単純に飽きが来たってだけだと思うけどな」

「……飽き、ですか」

「俺たちって基本的に部屋で過ごすだろ? 景色も変わり映えしないし、かといって外に出ようにも限度がある」

「二人で外出しているのを誰かに見られたら一大事ですからね。……私はそれでもいいんですけど」


 ……聞いてない。

 俺は何も聞いてないからな。


「けれど、いつかは二人でお出かけもしたいですね。人目につかない場所……夏休みなら別荘に旅行もできますが」

「別荘」

「夏は大抵そちらで過ごしていましたね。灯里さんなら歓迎しますよ」

「……それ、泊まりにならない?」

「なりますね」


 なりますね、じゃないんだよ。


 平然と男女での泊まりを提案しないで欲しい。

 こっちは男子高校生なんですが……なんて懸念も乃蒼には必要ないのだろう。


「予行練習、しておきます?」

「来客用の布団なんてないけど」

「一緒に寝たらいいじゃないですか」

「二人で寝たら狭いし色々問題が」

「……では、またの機会にしましょう」


 諦める気はないんですね……わかってたけど。


 最近、乃蒼が欲を隠さなくなっている気がする。

 それ自体は遠慮が無くなった結果だろうから喜ばしい。

 そのせいで俺の理性が削られているのも、まあいいとしよう。


 ただ、この状況が続いたら、いつか俺も吞まれるのではないだろうか。

 いつでも理性的な判断ができるとは限らない。


「話は戻るけど、家で出来ることも色々したよな」

「テレビや映画も観て、ゲームもして、色々お話したり、勉強とかもしましたし……結局いつも通り過ごすしかないのでしょうか」

「刺激が欲しい、ってことか?」

「当たらずとも遠からず、ですね」

「そう言われてもなぁ……」


 休日の過ごし方なんて乃蒼と関わる前まではちゃんと考えたことなんてなかった。


 大抵だらだらとテレビを見て、マンガを読み、ゲームをして過ごしていたと思う。


「……一緒にお風呂入ります?」

「却下で」

「では、私が灯里さんを甘やかすというのは」

「なんでそうなる??」


 しかも言葉を濁さず『甘やかす』って言ったよな?


「最近は灯里さんにご奉仕らしいご奉仕を出来ていなかったので」

「しなくていいしやりたいだけだろ。あと、ご奉仕って言われるといかがわしく聞こえないか?」

「いかがわしいご奉仕がお望みならそれでも構いませんけど」

「……どっちもいらないから」

「躊躇いが見て取れますね。私が言っていたご奉仕はちゃんと健全な内容ですよ。膝枕で頭を撫でて耳かきをしたり、添い寝やお風呂で髪を洗う……みたいな」


 一番最後だけ怪しいけど、他は健全の範疇で収まる内容だ。


 ……揺れてなんていないからな?


「てか、それって恋人同士がするものでは」

「そういうサービスもあるので恋人に限定する必要性はないかと」

「……そんなにしたいの?」

「したいですね、とても」


 そんなに純粋な笑顔で肯定されると俺が間違っているのかと思ってしまう。


 超がつくほどモテる乃蒼にこんなことを申し出られて断れる男子が学校にどれだけいるだろうか。

 俺も興味が全くないとは言わないし、こんな機会を逃すのは世間一般の価値観的には勿体ないとも思う。


 ……だからこれは単なる興味本位での選択で、俺の趣味嗜好によるものではない。


 ないったらない。

 断じて、ない。


 それに、どうせなら乃蒼がやりたいことをしてもらった方が楽しいだろう。


「お風呂はともかく、他ならいいぞ」

「……! では、ちょっと待っていてください。灯里さんの気が変わらないうちに着替えてきます」

「…………着替え? 何に?」

「勿論メイド服ですけど。ご奉仕するならこれ以外ありません」


 ……なんでそんな都合よくメイド服の用意があるんですかね?


 ―――

 ご奉仕と言えばメイド服でしょ(?)

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