第11話 告白とかではない……よな?

 週末が開けての月曜日、朝六時半頃。

 こんな時間から部屋に響いたインターホンの音で目を覚ました俺は、慌てて飛び起きドアを開けに玄関へ。


 というのも、この来訪は報されていたものだった。


「……おはよう、早夜月」

「おはようございます、遠坂さん。約束通り、朝ご飯を作りに来ました」


 玄関で顔を合わせるのは、制服姿の早夜月だ。

 早夜月がこんな時間に部屋を訪ねてくるのは不思議な気分がしたものの、これも約束の内。


 そのまま部屋へ招き入れると、早夜月はキッチンへ直行。


「遠坂さんは寝起き……ですよね。お先に着替えとかを済ませてきてください。その間に準備をしておくので」

「……今度はもっと早起きするわ。ちょっと恥ずかしいし」


 寝癖をつけたまま人と会うのは金輪際やめようと心の中で決意する。


 洗面所で寝癖を直し、制服に着替えてリビングに戻るも、まだ早夜月の姿はない。

 しかし、漂ってくる匂いから、調理中であることは察せられた。


 様子を見に行くべきか迷ったが、大人しく待つことに。


「遠坂さん、朝食の準備が出来ましたよ」


 早夜月が呼びに来たのは数分ほど後。

 運ぶのくらいは手伝おうとキッチンから出来上がったものをリビングへ運んでいく。


 メニューは黄金色の玉子焼きと焼き目のついたウィンナー、豆腐とわかめと油揚げの味噌汁に加えて温野菜のサラダまで。

 こんな立派な朝食が並ぶのなんていつ以来だ……?


「簡単なものばかりですが、どうでしょうか」

「……簡単? これで?」

「シチューに比べたら手間も全然かかっていません。焼いて茹でて待つだけです」


 簡単に言ってるけど、それが出来たら苦労しない。


 朝、時間のない中で出せるポテンシャルとしては最高クラスだと思う。


 リビングのテーブルへ運び終え、早夜月が作ってくれた朝食を頂く。


 まずは玉子焼きから。

 黄金色のそれを口に運べば優しい甘さと出汁の旨味が広がって――


「……これ、玉子焼きじゃなくて出汁巻き?」

「お口にあいませんでしたか?」

「いや、めちゃくちゃ美味い。単に出汁巻きだったらさらに手間がかかってるんじゃないかなって思って」

「出汁を一から取って作るならまだしも、今は市販のもので代用できますから」


 さすがにそうかと安心する一方で、それでも手間じゃないかと考え直す。

 ……のだが、美味しい食事には抗えず、続いて味噌汁も実食。


 シンプルな具材と味噌の旨味が素晴らしい。

 朝食にはやはり味噌汁だな、と思ってしまうのは俺が日本人だからなのか?


「……朝から贅沢過ぎるな、これは」

「いらないと断られない限り、毎日作りに来ますからね。それと、お弁当は作ってきましたので、こちらを持って行ってください」


 席を立った早夜月が通学用の鞄から取り出したのは、シンプルな布に包まれた俺の分の弁当箱。


「……いいのか?」

「いいもなにも約束しましたから。中身は事前に私が作っておいた具材を詰めたものになります。ですので、食べるときのお楽しみです」


 至れり尽くせり、とはこのことだろう。


 ありがたく受け取ることにしたが、懸念点が一つだけ。


「いきなり俺が明らかに手作りの弁当なんて持っていったら怪しまれそうだ」

「そこはどうにか誤魔化してもらうしかありませんね。色々あってお隣さんを助けたらお弁当を作ってもらった、とか」

「事実に即しているはずなのに言葉足らずというか解釈の違いがある気がしてむずむずする」

「細部まで明かさず抽象化すれば大体似たような話になりますから」


 それはそうかもしれないけど、なんだかなあ。


 でも、この味にたった数日で手懐けられつつあることも自覚していて。


 早くも二つ目の出汁巻きへ箸が伸びた俺を、早夜月は楽しそうに眺めていた。


「遠坂さんは本当に美味しそうに食べますね」

「実際美味しいからな」

「そんなに褒めても何も出ませんよ」

「美味しい料理は出てくるだろ?」

「それくらいならいくらでも。今日の夜のリクエストもあれば聞きますし」

「……だったら冷たいやつがいいかな。最近ちょっと暑いし」

「確かに最近暑いですね。帰りにお買い物してからお部屋を訪ねますね」

「お使いくらいはしてくるぞ。荷物持たせるのも申し訳ないし、この前は気づかなかったけど誰かに二人でいるのを見られたら困るだろ?」


 スーパーとはいえ、同じ学校の生徒と出くわさないとも限らない。

 この関係がバレれば、俺の高校生活は平穏さを失うだろう。


 そして、こんな男が隣にいるなんて知られたら、早夜月にも迷惑がかかる。


 付き合っている事実がないとしても、それが周囲へ過不足なく伝わるかは別の話。


「――私、遠坂さんとの関係を勘違いされるのは困りませんよ?」


 ……だと思っていたのに、平然とした様子で早夜月が告げる。


「私が遠坂さんの血しか受け付けない以上、どうやってもかかわりを持つことになります。そして、家族の次に親密な関係は、世間一般だと恋人になるでしょう。恋人ならいつも一緒にいても不思議ではありません。遠坂さんとお付き合いしていると周囲に思われれば興味のないお相手からの告白も減るでしょうし、得しかありません」

「…………あのさ、一応聞くんだけど」

「なんでしょう」

「告白とかではない……よな?」


 自意識過剰だよなと思いつつも念のため真意を問えば、早夜月は顎に手を当てながら考える素振りを見せ、


「仮に全世界の男性から告白されたとして、私がお付き合いしたいと答えるのは遠坂さんだけですよ」


 意味深に微笑むものだから、二の句が継げなくなった。


 ……え?

 これ、本当に告白だったりする?

 俺がもしここで付き合ってくださいとか言ったら交際始まるやつ?


「……とは言ったものの、私からお付き合いを迫ることはありませんのでご安心を」


 あえて一歩引くのは、早夜月が自分を貰う側の立場と捉えているから。


 この関係は、やはり歪だ。


「遠慮してるわけじゃないんだよな」

「かなり好き勝手やっている自覚はありますよ。余計なお節介だと拒絶されてもおかしくないくらいには。まだまだ足りないとも思いますけど」

「……他に何をするつもりで?」

「遠坂さんが望むなら何でも」


 予想していた通りの答えが返ってきて、小さくため息が出てしまう。


 こんな美少女に尽くされて、嬉しくないわけではない。

 俺も男子高校生で、その手のことへの興味がないとは言わない。

 でも、素直に受け入れられないのは、人から好意を向けられることに慣れていないからだと思う。


 真っ向から拒絶できるほどの意志力もなく、全面的に受け入れる懐の深さも持っていない俺は、今後も早夜月のそれに振り回されることになるだろう。


「手始めに、今日の夜はお風呂で遠坂さんのお背中を流そうかと」

「…………」


 ちょっとだけ心が揺らいだのは許して欲しい。


―――

いつもの持病(自信ないなるやつ)が起こったのでどっかで止まるかもしれないし続くかもしれないとだけ……

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