第2話

 必死に心の奥底に蓋をしていたものが、記事を読んで再び溢れ出してきた。


 うう〜むかつく!


王都じゃ私みたいなのを若者言葉でインキャと呼んで、アリサみたいなのをヨウキャと呼ぶらしい。

 向こうからすれば、地味なインキャを、ちょっとからかって遊んでやったつもり……なんだろうけど。

 もう、絶対、ぜっったいに、懲らしめてやる!


 そう一度火がついてからは早かった。

 私の唯一の得意分野で絶対の自信がある魔法薬を使っての復讐を思いつき、さっそくその魔法薬の調合にかかる。

 調合鍋に、材料を入れ火をかける。


 「ふふふ……」

 

 ……以前にも、こうやってアリサを思って薬を作ったことがあった。

 その時は、復讐のため、じゃなくて、アリサの風邪を治してあげるため、だったけど。

 

 私が薬を渡しにいくと……、


 「エマちゃんが作ってくれたの?嬉しい!大切にするね」


「い、いや、飲んで欲しいんだけど……」


 「うん!じゃあ大切に飲む!」


 そう言って、熱で辛いはずなのに嬉しそうに笑って……。

 

 ……今思い出しても、胸がドキッとするような……。

 ……って、違う違う! 

 あいつは私を騙してたんだから!

 だから、あれも全部……嘘……だったんだから……。


  

 ……3日後。


 恨みのパワーは恐ろしい、というべきだろうか。 

3日徹夜して、私はついに恐るべき魔法薬を完成させようとしていた。

 小さな鍋に入った、緑色の液体。

 これが、私謹製のオリジナル魔法薬。


 『飲むと、特定の相手にとって恋愛的に、理想的な姿に見える薬』だ。

 

 ちょっとややこしい言い方をしたけど、ここでの特定の相手とは、すなわちアリサのこと。


 つまり、この薬を私が飲めば、恋愛的に最も好ましいとアリサが思う姿に見えるってわけ。


 この薬はまだ完成していない。

 あと最後に一行程、アリサの髪の毛が必要だ。


 小さい頃に入れた、宝物という名のガラクタが入った箱をひっくり返し目当てのものを見つける。

 

 綺麗な金色の髪。アリサのものだ。

 当時の私はこんなものですら有り難がって保管していた。


 …………ほんと、馬鹿みたいだよね。今は勿論、こんなものただのゴミだって分かる。

 ……分かるってば。


 …………えい!と想い出と共に、髪の毛を薬に投げ入れる。


 しゅわしゅわしゅわ、と髪の毛が溶けてなくなっていく。

 少しかき混ぜて、色が緑から、アリサの髪色である金色に変わったところで……ついに完成!



 ……こんな薬を作ってどうするかって?


 ふふ、私の計画を教えてあげよう!


 まず、理想の相手に見える薬を飲んで、アリサを誘惑する。

 そうしたら、絶対に女癖の荒いアリサは私を宿に連れ込むだろう。

 そして、アリサの気分が最高潮に盛り上がったところで……、解毒薬を飲んで、ネタバラシ。

 今まさに行為に及ぼうとした理想の相手が、エッチが『できるわけない』『無理』な元カノに変われば、とてつもないショックを受けるに違いない。

 これから先、どんな相手をナンパしようとも、私のことが頭をよぎって、気分が萎え萎えのトラウマを植え付けるという寸法だ。

 

  

 ふふ、完璧すぎる……。我ながら、天才的で恐ろしい計画だ……。


 「……ふふふ、あははは!!」


 ……一人、高笑いをする私を見て、妹が『お姉ちゃん……ついに……』と可哀想な人を見る目で見ていたことは、気づかないふりをした。




 さて、薬もできたし……いざ、実行に移す時!

 数日後、乗合馬車に乗り、私はアリサがいる王都へと向かった。


 「……お姉ちゃんずっと何読んでるの?」


 一人で行く予定だったのに、なぜか着いてきた妹が、本を読む私に話しかけてくる。


 「なんでもいいだろ、邪魔しないで」


邪険に扱うと、強引に体を入れ、表紙を確認してきた。


 「…………これ、昔流行った女スパイモノのやつだよね。しかもちょっとエッチな描写があるやつ。……お姉ちゃんにはまだ早いよ」


「早くないし!お姉ちゃんもう二十歳だから!それに遊びで読んでるんじゃないの!」


そう、これは勉強だ。

 

せっかく理想の見た目になっても、中身が伴わないと作戦が失敗するかもしれない。

 だから、女スパイがターゲットを誘惑するシーンのあるこの小説を読んで、その手法を参考にしているのだ。

 ふふふ。これで、私の作戦はもっと完璧になる……。


 「…………なんか、ロクでもないこと考えてそー……」

 

 そんな私を妹は、じとー、とした目で見ていた。



 長い時間馬車に揺られ、ようやく王都についた。

 

 ……ここのどこかに、アリサがいる。

 

 ……どうやって広い王都から、アリサを見つけるの?だって?


 その答えは、私が過去に作ったある魔道具にある。

 

 この間、記事の写真を見た時に気づいたんだけど、なんのつもりか、アリサの手首には私が過去に渡したブレスレットがついていた。

 で、アリサは知らないんだけど、実はこのブレスレットは私が作った魔道具で、ペアとなる方位魔針コンパスにいる方向が映し出されるようになっている。

 こんなの隠して送るなんて、当時の自分拗らせすぎだろ、と思わなくもないけど、役に立つからよしとする。


 そして、夜。


 薬を飲み、ついてこようとする妹をなんとか振り切った私は方位魔針コンパスをたどり、路地裏のめちゃくちゃ入りづらい雰囲気のバーの前にいた。

 ……この中に、アリサがいる。

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