第17話 クリスマスディナー
マヤの葬儀に参列し、遺影も母親の様子も何も異常がないことにホッとしたところで、トマスが持っていったあのトナカイの置物の行方が気になった。
昨日が仕事納めと言っていただけあって、今日は端末に任務の通知はきていなかった。今日明日に何かあった場合には他社が対応する取り決めになっているそうだ。(その代わり三が日は何かあった場合には我々が稼働するらしい)持ちつ持たれつということか。
それにしてもトマスは一体どこに行ってしまったのだろう。お昼をなんとなく飛ばしたので、小腹が空いてラーメンでもと歩き出した。店ののれんが見えてきたところにアガタから連絡がきた。
『こんにちは、イザヤ。トマスと一緒ですか?』
「いいえ、僕一人ですけど」
『今晩の予定は?』
「特に何も。ケーキでも買って帰るくらいですかね。」
『ローストチキンは?』
「ケンタはしょっぱいので僕は買わないです」
『ではなくて、ローストチキンは好きですか?』
「あ、はい…好きですけど」
『ではこうしましょう。これからうちに来てください。私の助手が逃亡したので、手伝いが必要です。その代わりにクリスマスディナーに招待します』
え、僕料理できないけど、と言いかけて、これはアガタの回りくどい夕食の誘いであることに気づいた。昨日の僕とトマスのやり取りを聞いていたのだろう。
「ありがとうございます。今、喪服なので一度家に戻ってから伺います」
『手伝いに来てもらうんですから、お礼は無用です』
では後ほど、とだけ言うと電話は切れた。
ラーメンを食べている場合ではなくなった。僕は手土産の代わりにクリスマスプレゼントを購入するべく踵を返し、商店街に向かった。
***
手伝いが必要と呼ばれたが、結局することと言ったらテーブルセッティングとクリスマスツリーを飾り付けるぐらいしかなかった。4席作るように言われ、自分以外のゲストがいることを知った。テーブルクロスを敷いてカトラリーを並べ、柊の柄がプリントされた紙ナプキンをアガタに言われたように折り王冠を作った。アガタは手先が器用だと褒めてくれた。
居間の隅にセットされた人工のクリスマスツリーに飾りをかけて仕事が終わったかと思いきや、箱に入ったクリスマスオーナメントやキャンドルホルダー、リースを渡された。まだ時間があるからゆっくりでいいと言われたので、自分の記憶するクリスマスのイメージを必死に掘り起こしながら飾り付けた。幼い頃はよく父と飾り付けをした。母の記憶はない。亡くなったと父が言ったけれど、あまり父がその話題に触れたがらなかったのは子供心に感じたので、それについてはとうとう最後まで話しを聞くことはなかった。
「どうしました?」
アガタに声をかけられ、我に返った。玄関の靴箱の上を飾り付けながら考え事をしていたようだ。
「あ、この木の枝の飾りはどうしようかな、って」
僕の手にあったフェルトで作られた木の枝の束を見て、ああ、それはヤドリギです、というと、壁に立てかけておいてください、と言い
「こちら、鳴っていましたよ」
と、携帯を渡された。着信履歴を見るとトマスの番号で画面が埋め尽くされていた。ただならぬ気配に、思わず折り返すと次の瞬間、目の前のドアの向こう側から着信音が聞こえた。アガタと顔を見合わせると、僕はドアを開けた。そこにはバツの悪そうなトマスが立っていた。
「トマス、その手にあるものは何ですか?」
アガタの眉間い皺がよっている。あ、これ昨日トマスが言ってたやつではないか?アガタに内緒でと言っていたような…
『こんばんは。初めまして。』
カゴの中の猫は僕たちに向かって礼儀正しく挨拶した。息を呑んだ僕に対してアガタは特に驚くでもなく、こんばんは、と返して険しい視線をトマスにやった。そして溜息をつくと、寒いからとりあえず中に入りなさい、と中に入るよう促した。僕はトマスからカゴを預かり、中の様子を伺うと、毛足の長い白く大きな猫がいた。
「トマス、この猫に水とかご飯とかあげなくていいのか?トイレとか?」
本人に聞いてくれ、とだけ言われて困っていると、アガタが覗き込みながら
「何か必要なものはありますか?カゴからでますか?」
カゴから出してもらえれば特にいらない、と言うので、アガタのOKをもらってカゴの扉を開けた。
手を洗って居間にやってきたトマスは、猫に向かって
「今夜目的地に連れて行くから、それまで俺の部屋で時間潰しててくれ」
猫はトマスの顔をじっと見ると、何も言わずトマスの部屋に入っていった。
「猫が喋った!!」
興奮冷めやらぬ僕はもっと猫と話したかくて、チラチラとトマスの部屋の方を見たが、誰も相手にしてくれなかった。トマスとアガタはダイニングテーブルで向かい合って座りひどく重苦しい雰囲気になっていた。
「作之介、ババロアさんのところに行ったんですね?あの狐をどうするつもりですか?」
え、狐?! 猫に見えるけど。
「プレゼントするんだよ、クリスマスプレゼント」
「誰に?」
「誰だっていいだろ」
「よくありません。あれは神獣です。使命を持ってやってきてるとは思いますが、私たちに今そんな案件はないはずです」
「アガタじゃない守護と組んでる」
「嘘おっしゃい、嘘は泥棒の始まりですよ!」
あれは恋人じゃない、親子だ。親子ゲンカだ。仮に違ったとしても、それに近しい間柄なのは想像がついた。それはともかく。とても気まずい、最後のゲスト、早く来てくれ。
「あなたの考えていることなんてお見通しです。あの猫の体に昨晩の少女の魂を取り込ませるつもりでしょう?」
答えないことが答えだった。そして沈黙がその場を覆った時に間の悪い僕のお腹が鳴った。昼食を取らずに出かけていたので空腹も空腹、そしてキッチンにはご馳走が見えているのだからもう耐えられなかった。
「ひとまず食べてから考えてみてはどうですか?」
恐る恐るアガタに提案してみる。アガタはトマスから視線を外さないまま、そうですね、と呟いた。
***
19時になると、アガタがそろそろ始めましょう、と言ってトマスもおとなしく支度を手伝った。
四人目のゲストはまだ来ていない。
アガタがきれい鶏を切り分けてくれた。お皿を受け取りながら待たなくてよかったか尋ねると、
「彼はクリスマスイブで立て込んでるんですよ。気にしないで」
それを聞きながらトマスがワインを注いでくれた。
卵とピクルスと肉が入ったサラダや、マッシュポテトやサーモンのマリネがあり、スライスレモンの入った炭酸水も注がれた。それでは、頂きましょうか、とアガタが言うと、トマスがアガタに杯を上げて、
「今日のごちそうを用意してくれたアガタに乾杯」
それを受けて、アガタがこちらに杯を上げ、
「今日のごちそうを手伝ってくれたイザヤに乾杯」
流れ的にトマスに杯を上げるが、何を言ったものか一瞬考えたが、
「今日も働いたトマスに乾杯」
さっきは険悪になったが、そもそもトマスが猫を迎えにいったのだってマヤの為だった。だからその良し悪しはさておき、休日に献身的な仕事をしたことは、もし誰も褒めないのであったら、せめて僕は褒めたいと思った。アガタは特に何も言わず、トマスは少し嬉しそうだった。
こうして僕たちのグラスが透き通った音をたてて鳴ると、クリスマスディナーが始まった。
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