第4話 写真師の心得
帰りの車内では、僕は狸寝入りを決め込んだ。仕事は失敗し、浅慮を指摘され、結局手ぶらで今日を終えたのだから。唯一、人よりもできることだった筈なのに肝心な時に失敗するなんて。何より自分を見込んで拾ってくれた雀部を失望させたことが苦しかった。これでは早晩追い出されるような気がする。こんなことなら前の住まいを引き払うんじゃなかった。寝たふりしていたのに、うっかり溜息をついてしまった。
「諫谷君、今君が何を考えているかは分かりませんが、私は今日君が怪我なく初日を終えられたことを、とても喜んでいます。」
待っていたかのように、だが穏やかな口調で雀部が話し始めた。
「生身の人間である写真師は、初日に命を落とす者もいますし、自我を失う者もいる。でも君はこうしてここにいるし、最後にシャッターを切るところまで出来た。それは君がこの写真師としての適性があると証明されたということです。おめでとう」
つきましては、と雀部は胸元から端末を取り出して僕に差し出した。
ほら、と差し出され、仕方ないので寝たふりをやめてそれを受け取った。雀部はそれを横目でみると、口元だけ少し笑って、
「君の端末です。我々とのやりとりはこの端末を介して行います。紛失は始末書どころではないので、くれぐれも気をつけてください」
指紋で開いてね、と促されロックを解除した。
「我々は仕事では本名は使いません。君はこれからイザヤと名乗り、私のことはピーターと呼んでください。これは自分の身を守る為ですから、忘れないでください。」
「雀部さんがピーターだったんですね。父がアレって言ってましたけど…すいません」
「彼には手を焼かされましたね、アレ呼ばわりってひどいな。むしろこっちのセリフと言いたいところ…失礼」
父が最後に視線を交わした雀部がピーターであることは何となく想像はついていた。ただ、思いのほか二人は親しかったようだ。
「父は最初から写真を撮れたんでしょうか」
「まあ、彼は幼いころより写真師になるべく手ほどきを受けていましたから」
ただ、あまりにも自由すぎて守護を困らせることも多々あったようです、と。
「いわゆる天才肌でした。だから母上もたいそう心配されていた」
そう言いながら、ピーターは懐かしそうに笑った。
本当に父はこの仕事をしていたのだ。
「父はどうして僕にこの仕事を引き継がなかったんでしょうか?」
ピーターはちょっと考えて、
「恐らくですが、今の時代家業は継がなくてもいいと考えていたのではないでしょうか?職業選択の自由を謳っている憲法の元に生まれているわけですから不思議はありません。やりたければやればいいし、やりたくなければそれでもいい、彼は君をとても大切にしていましたよ。
あの悪童が子供を持ってこんなにも変わるものだと、正直私は驚きましたし、見ていて楽しかったです。」
僕の知らない父だった。父が悪童とか、ちょっと想像がつかなかったけれど。
「それに、私が君とやり取りしているのを知っていたこともあったのでしょう。撮影技術については、まあ、実質丸投げされたということですね。」
火葬場での父の様子を見ると、確かに若い頃はそんな感じだったのかもしれない。
「一応、先のイザヤの名誉の為にお伝えしておくと、最終的には彼はとても優秀な写真師で、精度の高い仕事をして守護達からの信頼も厚く皆から好かれていました。」
「父さんの守護はあなただったんですか?」
ええ、とピーターは頷き、
「彼のデビュー戦に立ち会ったのは私です。そしてそこから病に倒れるまで、私はずっと彼の守護でした。何なら彼が生まれた時から私は彼を見ていました。」
端末の画面をいじっていると、任務リストのページがあり、先程の逃亡犯については、写真師欄に僕の名前があり、守護欄は調整中で、策案と任務承認は函館教区とあった。ステータスは終了となっていた。
「何で函館なんですか?」
ああ、それは僕が函館教区の所属だからで特に気にする必要はない、とだけ言った。
まあ、同じ会社の函館支店と東京支店みたいな関係です、たまに繁忙期にヘルプとか応援要員で駆り出されたりとかあるでしょう?と、言われれば、まあそんなものか、とそれ以上は聞かなかった。
こうして僕の初仕事は終わった。まあ、写真がとれていないから、正式にはデビューとは言わないのだろうけど。
ただ、この写真師という仕事は、これまでの小遣い稼ぎで心霊写真を撮っていたのとは、大きく意味合いの違うことなのは何となく理解できた。上手くできる自信はないけれど、まずは転職先が僕を受け入れてくれたことを喜びたいと思った。
ホッとすると急に眠気が襲ってきた。着いたら起こしますから少し休んでください、とピーターの声が遠くで聞こえた。
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