第9話 函館の写真師
函館の守護達からは敬遠されているという写真師は、確かにクセのつよい人間だった。キャリアすでに10年だからベテランなので、こなれているといえばこなれているのだが。とにかく仕事は速く、どんどん件数をこなしていくから、人手不足のこの教区では重宝されると思う。だが、横で見ていて被写体の彼らは決して救済された安堵感のような表情を浮かべているわけではなく、どこか硬く居心地が悪そうであった。実際、事前に現地の同僚の守護に話を聞けば、彼に回収された魂たちは押しなべて悲し気だったと言っていた。
救われる準備のあるものが我々の救済リストに載る。決して救済の押し売りをしているわけではないし、実際現場に行けば感謝されこそすれ恨まれたり否定されることはないはずだ。淡々と仕事を進める彼、ダニエルは必要最低限しか口を開かない、寡黙、不愛想で無礼になるかならないかのギリギリを攻めているような男だった。俺と合流したときも視線すら合わさず、一言どうも、とだけ。撮影に入れば俺の本人確認が気に入らなかったらしく、舌打ちまでして合図も待たずにシャッターをバンバン切っていった。被写体だって驚いただろうし、険悪な我々の空気に恐縮してしまう者も多かった。そう、ダニエルは自分の抱える苛立ちをその無表情の下に隠しているつもりのようだったが、それは眼差しに如実に見えていた。それをくらう俺はとんだとばっちりだ。
車に乗り込むと、俺は助手席に座りダニエルはエンジンをスタートさせた。
「あんたの仕事、雑だな」
端末に届く写真データを見ながら言うと、ダニエルは表情を変えることなく、そりゃどうも、と答えた。会話をするつもりはないらしい。
「もう少し穏やかに仕事したらどうだ?向こうさんにしたら、この世で最後の瞬間なんだからさ」
ナビをいじっていたダニエルの指がほんの一瞬止まった。だが、すぐに
「それが私と何の関係があるんですか?」
とため息交じりに次の案件の住所を入れ始めた。出張者の俺は今回はひたすら外敵からの守護に徹するので、ダニエルの横でそれを眺めている。どっちにしたって、地場のダニエルの方が道には詳しいはずだ。
「テレビの災害ニュースで大勢死んだと報道があったとして、視聴者は災害の事実には胸を痛めますが、被害者の一人ひとりに心を寄せることなんて誰もしない。それと同じことですよ」
ダニエルはそれだけ言うと、こちらに視線もくれずに車をスタートさせた。
へぇ、そうなんだ。
だとしたら、あんたはどうしてそんなに苦しい顔をしているんだ?
***
ダニエルはよく働いた。函館市内で数件こなした後、どんどんリストに表示される案件に向かう。
「あのさ、ちょっと聞くんだけど」
端末に最後に残った目的地をみて思わず口を開いた。
「積丹町って、近いのか?」
ダニエルはちょっと考えて、普通ですかね、と答えた。いやいや、地図アプリを見たら4時間近くかかるってでているけど。
「これって、小樽のやつは来ないのか?おひざ元だろう?」
「彼らは出払ってます、2人しかいないので」
「札幌は?あっちのほうが函館からより近いんじゃ…」
「行けたら行ってるんでしょう」
「…じゃあ稚内とかの案件はどうしてるんだ?」
そこはその時、手が空いてる人がカバーする、自分もよく行くと淡々と答えた。
「それって、車で?」
「急ぎ具合によりますかね。稚内便は多くないので、車で稚内目指しながら急遽のヘルプで道すがら仕事したりとかもあるし」
「ちゃんと守護、付けてるのか?」
「誰も来られないこともありますよ、特に稚内みたいになると。リレー式に一応守護を区間ごとに配置する算段はつけてくれるんですが、大体途中のイレギュラーでスケジュールが合わなくて一人になることが多いです、規定からは外れますが背に腹は代えられないんでしょう」
写真師を一人にするなんて危険極まりない。守護がいる理由、それは写真師の魂が相手にそのまま引きずり込まれないようにするためだ。普通はただ救済を待つ相手なのだが、稀に他社や善からぬものと鉢合わせることがあり、こっちの写真師はただの人間なので、その時には俺たちのような守護が相手をすることになっている。勿論、それ以外にも写真師が物理的に事故に会わないように注意するのも俺たちの仕事だ。
「大丈夫ですよ、真名を知らせることもないし視線を合わせても決して受け入れない。」
こいつ大丈夫か?一人なんて絶対ヤバイ目に合っているはずなのに、こんなに淡々としてる。普通の人間なら精神的にやられてしまうところだが。
ふと、自分の端末に目をやると、イザヤのアカウントに新たな仕事が入っているのが目に入った。東京教区でトマスの上司であるポールには、イザヤが現在稼働不能な状況は報告済みで、次に仕事を受けるタイミングは管理者のトマスに委ねられていた。今のところ手詰まりになっていて、ピーターに引きずりだせと言われたものの、その方法を考える間も与えられないままこの任務に駆り出されているのだが。何かの手違いだろうか、と承認者欄をみれば函館教区長となっていた。策案者も同じだった。
舌の根も乾かないうちに、あの人何やってんだ?端末をスクロールしていくと、守護者は調整中となっていた。すぐに抗議の電話をピーターにいれようとしたが、携帯は圏外となっていた。これもあの人の計画のうちのような気がして思わず舌打ちをした。
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