あめ
落差
一つ目
あめが降る夜だった。
お昼なんて最悪だった。彼氏にねだられて朝渡したお金が、ゲーセンで飛んでいってると知ってしまった。開いた自動ドアの先のあまりにも騒々しい非日常が、彼の日常には溶け込んでいた。
重たい足を引きずりながら、朝と同じ道を辿るであろうお金を稼ぎにバイトへ向かった。彼氏がそういう人間だと思っていなかったわけではなかった。ただ、私だけは違うんじゃないかと、どこかで期待している自分がいた。鞭で撃たれたかのように心がズキズキといたんで、それでも彼に喜ばれたくて働く。そんな私を、馬鹿だと嘲笑っていいのは私だけだと思った。
バイトでも踏んだり蹴ったりだった。傷心中の心を抱えながら、なぜだかいつもよりいそがしくせわしなく動き回った。バイト先であるコンビニの自動ドアの開く音声が、ゴキブリが動く音の次に嫌いな音にランクインした。上から目線の客、気持ち悪いおじさん、ワイヤレスイヤホンつけっぱの客、たばこを銘柄で言ってくる客。三日に一回来たら嫌な奴が今日に限って大集合した。
ため息をつく。今日は帰りにハーゲンダッツを買って帰ろう。そうでもしないとやってらんない、なんて呟く。ご機嫌の取り方がわかっている自分に苦笑する。
あ、ドアが開いた。
もはやゴキブリと同レベルな音にバイトモードへと引き戻される。が、
彼だ。
透けるようなグレーのセンター分け。綺麗な二重と高い鼻、右目に添えられた涙ぼくろ。正直ド好みな私の彼氏がそこに居た。
動揺と恋心がこんがらがって、一瞬にして私情モードへ逆戻りする。
「ど、どうしたの急に」
「んー、可愛い彼女の顔が見たくなって」
嬉しかった。
嬉しいことが、悔しかった。
「んじゃこれレジ、おなしゃす」
「えっあっうん」
あ、ハーゲンダッツ。
「好きだろ」
「え?」
「ハーゲンダッツ、こないだ好きって言ってたろ」
「え、あ、私に?」
「俺んちで食べてけよ」
「っ、うん!そうする!」
ああ、
きっと私が、この世で1番幸せな女で、この世で1番大馬鹿な女だ。
「おまたせ!待っててくれてありがと」
「んー、行こかあ」
「んふふ、なんか機嫌良い?」
「あー?あー、そうかもなあ」
その理由のうちに少しでも私が入っていたら良いな、と胸の内で呟いた。
「なんか今日お前すげえ可愛いな」
「え?ほんとに?そんな、特に何にもしてないけど」
「可愛いよ。俺の彼女が世界一可愛い」
あまりのご機嫌さがもはや怪しいだとか、そういった気持ちには上手に蓋をして。にこにこ笑って、今はただ、この幸せを噛み締めていたかった。
最高の夜だ。たとえはたから見たら違くたって、誰にどう言われたって、最高の夜だ。
「ね、あめ降ってるかも」
「はあ?何言ってんだよ、雲ひとつないだろ」
そう言って笑う君の笑顔が、何よりの飴玉になる。
世間一般的に見て、鞭と鞭、それから無知であっても関係なかった。
誰がなんと言おうと今日は、
飴が降る夜だった。
あめ 落差 @rakusa
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