衝撃の大告白の瞬間まで、あと……
勇者アレクは、絶望に打ちひしがれて、ウンともスンとも動かなくなった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あ」
私は、気まずさに耐えかねて声を上げた。
「そんなに、落ち込まないでくださいよ……
アレクさん……!
この世界にだって、楽しいことが沢山ありますよ!」
「………ついさっき、『さようなら、クソみたいな世界』、って言ってなかったか?」
勇者アレクは、疲れた顔で私の見上げた。
「そんなこと言ってません!
いや……た、たしかに言いましたけど、取り消しますっ!
……だって、私は、アレクさんに出会ってから……!」
私は、演算処理で熱を帯びたスマホを、胸のまんなかで大事に抱えた。
「私はあなたと出会ってから、人生が輝き始めたんですっ!
ここにはダンジョンもある! 私を見てくれる視聴者もたっくさん出来たんです!
これを見てくださいっ! アレクさん!
同接3.5万人です!
まさに今、私達の動向に、3.5万人が注目しているんですっ!」
私は熱く語りながら、スマホの配信画面をアレクの顔面へと押し付ける。
「な、なんだこれ……? 文字が……上に流れては消えていく……これは新時代の巻物か? 早すぎて読みきれないぞ……」
アレクは流石に興味をもったのか、私のスマホの画面を凝視しはじめた。
「……いいえ、その文章は、私達のやりとりを遠隔で眺めている世界中の人たちが、この瞬間に書き込んでいる文章です。
3.5万人もの人たちが今、私とあなたに注目しているんですよ!」
「なんだって!? 距離が離れているのに、意思疎通ができるということか!?」
「そういう事ですっ! これは凄いことなんです! 私達は現在進行系で鬼バズってるんです!
3.5万人ですよ!? こんなの幸せすぎますよ。ホントにホントに夢みたいな話です……!」
私は、涙が出そうになりながら訴えるのだ。
「だからアレクさん! 一生のお願いです! 私と一緒にMutuberになりませんか?
あなたと私なら絶対に天下とれますっ! この世で一番の人気ものになれるんですっ!」
これは運命だと思った。
勇者アレクと出会ったことで、私の人生がやっとスタートした気になったんだ。
「それに、私は、あなたと一緒に冒険者をして、モンスターと戦いたいっ!
はじめてのダンジョンは、すごくすごく、楽しかったから!
私は、アレクさんと一緒に、ダンジョンを攻略したいんですっ!」
唾を吐きかけるような勢いで、私はアレクに想いをぶつけた。
楽しかったのだ。
生まれてはじめて心が踊った。
ゴブリンとの戦いも、憧れていたダンジョンも、
そして、生まれてはじめてできた、気兼ねなく話せる男の人も……
「……『男気あるー』『プロポーズかな?』『アリスちゃんの大告白』『※3,7万人が見ています』
だってさ……ふーん。ほー。
これが今、世界のどこかで、誰かが書いた文章ってことか?」
「は?」
私は、アレクから向けられた配信画面のコメント欄を、慌てて覗き込んだ。
「意地悪で草」
「てぇてぇ」
「キッスしろ」
「♡」
「熱いプロポーズごちそうさまでした」
「結婚おめでとう」
「からかい上手のアレクさん」
「結婚おめでとう」
「お幸せに」
「ご祝儀スパチャ#10000000000」
「お幸せに」
「お似合いだと思うよ」
「収益化はよ」
「アレクとアリスのカップルちゃんねる祝開設」
…………
「は、ぁ……っ!」
私は、顔を真っ赤に熱くした。
羞恥心と憤怒が烈火のごとく込み上げてくる。
「だ、だまれだまれコメント欄どもっ!
違うからっ! だれがこんな変態男なんかと付き合うもんですかいなっ!
お、お幸せにじゃねぇっ!」
「ぷふっ、ははっ」
すると、アレクが、たまらず噴き出してこらえたように笑いはじめた。
「……あぁ、へぇぇ、こんな凄い魔道具ができたんだなぁ……たしかにコレは傑作だ……」
「なんか、私、バカにされてませんか……?」
私は顔を逸らしながらも、声だけはちょっと強く、彼にぶつけた。
ピロン。
そんな時、
私のスマホに、通知音がひとつ届いた。
反射的にスマホを覗いて、私はあっと驚いた。
「……発明王・ギルド様、『緊急配信』、ライブ配信開始……?」
私は目を疑った。
私は急いで、コメント欄へと目を向けた。
「は?」
「マ?」
「????」
「え?」
「ギルド様が、生配信だと」
「え?」
「今日いろいろ起こりすぎじゃねww」
「流石にギルド様行くわ」
「なにごと」
「ギルド様生配信www」
「え?」
「嘘だろ」
「誰」
「動画投稿勢よね?」
コメント欄も、ざわついているようだった。
「何かあったのか?」
勇者アレクが、私のスマホを覗いてきた。
アレクの顔が近すぎて、私の心臓は高く飛び跳ね、反射的にアレクの顔面をぶんなぐりそうになった。
危なかった。
すんでのところで思いとどまれた。
「発明王・ギルド様ですよっ! チャンネル登録者2億7千万人!
紛れもない世界一のMutuberです! しかも男性Vtuberですよ!? はっきり言って異常な存在です!」
「すまん、何言ってるか全く分からない」
「ええそうでしょうね! とにかく見てくださいっ!
動画投稿メインでライブ配信なんてして来なかったギルド様の、初めてのライブ配信なんですよ!」
「分かった分かった、とにかく凄いことだけは分かったから……」
私は興奮冷めぬままに、自分の配信画面から、ギルド様の配信画面へと切り替えた。
こういう経験は初めてなのだが、画面を切り替えても、私の配信はついたままの状態のはずである。
いわゆる、無断ミラー配信という形になってしまうが、良いのかな? まあ良いか?
ギロン様の配信待機画面は、滝のように流れるコメント欄でいっぱいだった。
待機人数は……
「53万ッ!?」
一線を画す圧倒的すぎる数字に、私は頭が真っ白になっていた。
そしてすぐに、配信画面が切り替わる。
『やっほー、発明王・ギルド様だよー! 今日は緊急配信ということで、たくさん集まってくれてありがとうねー』
ダンディな男の声で、ギルド様の肉声が配信に乗った。
コメント欄が加速する。
赤青黄緑とスパチャの嵐だ。その文章は本当に目で追えない。
「なんだこれ? すっげぇ。さっきの何倍も早いじゃねぇか!」
勇者アレクは、目をパチパチと瞬きさせる。
「……60,85、130万……!」
私は、一秒ごとに爆増していく配信同接人数に、目が釘付けになっていた。
そして、ついに、
「……360万……! いや、まだ上がるッ!?」
『今日は緊急配信ということで、大事な告知をしたいと思います』
発明王・ギルド様は、初めての配信でも手慣れた様子で話を進めた。
「おい嘘だろ? 絵が、動いてるぞ! 文字どころか絵まで動くのか!?」
勇者アレクは、愕然とした表情で叫んだ。
『……この告知を聞いて、喜ぶ者と悲しむ者、人それぞれ様々な受け取り方をすると思います。
悲しむ人のほうが多くなってしまうかもしれないですね。
ですが、私は言わねばならない……』
喜ぶ者と悲しむ者? なんだろう? と私は思った。
「ん……? あれ、なんだ、この感じ……?」
勇者アレクも、難しそうな顔で首を傾げた。
「この声、どこかで聞いた覚えが……?」
隣から、そんな声がするのと同時に。
『実は、私は……』
ザザザ……と、配信画面が激しくブレた。
短い銀髪のイケメンおじの2次元アバターが、ぐにゃぐにゃりと歪んでいく。
『いや……ワシは、ワシこそは……』
その口元が、ホラー映画のようにいやらしく歪み、プツリと画面が切り替わった。
薄暗い部屋、実写だった。
しかし、真ん中に映っている人物は、人間とは思えない。
真っ黒なウロコに覆わた表皮、ギョロリと獣のような目ん玉。
私は恐怖のあまり、心臓が引き攣って心臓発作が起こるんじゃないかと思った。
そして、画面のそいつは、堂々と宣言したのだ。
『ワシは、魔王シリウスである』
と。
「「あぁあああああああああっ!!」」
二人きりの洞窟のなか。
私とアレクの大絶叫が、汚い不協和音で響きわたった。
(続く)
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