教科書の歴史は必ずしも真実とは限らない
私は、気持ちを落ち着けるために、配信のコメント欄へと目を向けた。
「よっ、魔術師アリスちゃん」
「魔術師アリス爆誕ッ!」
「やめてあげなよ」
「なに今の?」
「速報:ゴブリン全滅」
「勇者アレクも唖然」
「まじ?」
「バーサーカーすぎるだろ」
「天才魔術師の卵って、俺もひょっとすると才能あるのかも?」
「攻撃魔法って、覚えることも規制されてるよな」
「これで聖女は無理がある……」
光のような速さで流れていくコメント欄に、私は、複雑な感情を抱いていた。
私がみんなに褒められている。3万人に見てもらえている。
それはとても嬉しいことだけれど。
「私は、聖女、だもん……」
力なく声をもらす。
急にバズって、何万人から注目されて、
あなたは魔法の天才ですと言われても、
もちろん、嬉しいけどね。
ハイそうですかと、素直に喜べる私ではなかった。
……私は、自分が思っていたより、聖女という職業に強いこだわりを持っていたらしい。
子どもの頃から、聖女に憧れて頑張ってきた。
聖女学園に友達がいなくても、虐められても、成績が振るわなくっても。
聖女という職業が廃れていっても、
私は強い憧れだけを支えにして、聖女という職業を勝ち取ったのだ。
でも、私は一年でリストラされた。
プライドを捨てて生きていくくらいなら、死んだほうがマシだって、魔王城から飛び降りようと覚悟を決めたのだ。
「……はっきりと、教えて下さい。私には、回復魔法の才能がないんですか……?」
泣きそうになりながら、私はアレクに尋ねていた。
たしかに、攻撃魔法でゴブリンを殺しまくるのはめちゃくちゃ楽しかったけれど。
私はあくまで聖女でありたいのだ。
「……不思議なものだな。聖女ミナも、アリスと同じようなことを言っていたよ」
「え? ミナって……まさか聖女ミナ様のことですかっ!?」
私は興奮のあまり、勢いよく立ち上がった。
聖女ミナ!
勇者パーティのうちの一人。
聖女なら誰もが尊敬してやまない……
「あの聖女ミナ様が、私と同じことを言っていたんですか?」
「あ、あぁそうだ。ミナは結構好戦的な女でな。
本当は聖女じゃなくて、勇者か戦士か魔術師になりたかったそうだ。
ミナはまさに今のアリスみたく、強力魔法で暴れまわる戦い方に憧れていたんだよ……」
「え? ミナ様が、私のようなミジンコみたいな存在に、憧れていた……?」
「そうだぜ?
いや君はミジンコではないけれども……
ミナには君のような魔術師の才能がなかったからな。
得意の回復魔法を駆使して、サポートに注力する道を選んだんだよ……」
「そうですか……」
私は、少しだけ心の奥が熱くなるのを感じていた。
嬉しくないわけがなかった。
聖女ミナ様は、私とは天と地、神とゴミほどの差があると思いこんでいたけれど。
ミナ様も私と同じように……いや、私と入れ違いになるように、お互いに手の届かない才能に憧れていたというのだ。
「それでも私は、聖女がいいです……」
私は、絞り出すような声で言った。
「まあな…… オレからすれば、聖女だとか魔術師だとか、一体誰が決めるんだって話だよ。
アリスが聖女がいいなら、聖女を名乗ればいいんじゃないか?
聖女ミナも別に回復魔法ばっかり使ってた訳じゃねぇぞ?
火の魔法も水の魔法も武器もそこそこには扱えた。なにせ憧れていたからな。
命がけの戦いでは、勇者だって魔法を使うし、魔術師や聖女だって剣を振らなくちゃいけなくなる。
聖女だとか魔術師だとかの肩書きなんて、生死を分ける戦いになったら、心底どうでも良いことなんだよ」
「え……? ミナ様って、回復魔法以外も使ってたんですか?」
私は、アレクの語る話に衝撃を受けていた。
聖女とは、回復魔法が専門の職業であると、思い込んでいた。
小さい頃から今に至るまで、口酸っぱく刷り込まれていた教え。
私みたく、聖女に強く憧れながら、攻撃魔法にも興味を持ってしまうのは、異常なことなのだと思っていた。
ずっとコンプレックスを抱いていたのに。
「だから、つまり、俺が言いたいのはな……
アリスみたく攻撃魔法で戦う聖女がいたって、別におかしくないってことだ。
気にすることはねぇ、アリスが聖女を名乗りたいなら、アリスは聖女でいいと思うぜ?」
アレクは照れくさそうに、目を逸らしながらそう言った。
私は思わずクスリと笑ってしまう。
「はい、私は聖女です。誰がなんと言ったって」
今なら、胸を張ってそう言える。
「……それと、聞きたいんだが、聖女ミナは今どうしてる? まだ生きているのか?」
アレクは、一転して不安そうな顔で、私の瞳を伺ってきた。
え……
「……もしかして、知らないんですか?
聖女ミナ様は、50年前の魔王シリウスとの戦いで、亡くなってしまったと教わりましたけど……」
「…………っ!」
アレクの顔が、激しく歪むのが見て取れた。
身体がふらつき、前に倒れ込みそうになったので、私が慌てて肩を支えた。
「嘘だ…… そんな 馬鹿な……」
アレクは、弱々しい声を漏らし、肩を小さく震わせる。
私は一体、どうしていいのか分からなくなった。
だって、この事実は、私が生まれたときから教わってきた歴史であり、疑いようのない当たり前の過去だったから。
「……魔王との戦いで生き残ったのは、斧使いのダーマだけだったと、いちおう学校で教わりました……」
私が小学校から学んできた、この世界の歴史。
50年前、魔王との戦いで、勇者パーティ五人のうち四人が戦死した。
戦死シルク、魔術師サクヤ、聖女ミナ。そして不死身のはずの勇者アレクも、魔王シリウスの業火によって存在ごと焼き尽くされたと。(実際には目の前で生きているわけだけど)
そしてただひとり、王都に帰還した斧使いダーマは、この世界の英雄となった。
「そんなハズはない。ダーマはあの時、重症で動けなかったハズなんだ……
ダーマはまだ、生きているんだろう?
教えてくれ、ダーマはいまどこにいる!?」
アレクはどこか縋るような表情で、私の肩をブンブンと揺すった。
「……ダーマさんも、高齢で亡くなっています。5年ほど前に……」
「そう、か……」
アレクは、がくりと肩を落としていた。
「どうやら、俺がこれからを生きていく意味は、完全に無くなってしまったらしい……」
膝をつき、うなだれ、自身の身体を抱え込みながら。
勇者アレクは、絶望の底でうちひしがれるのだった。
(続く)
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