私は聖女アリスなんだぁぁぁぁっ(涙)!
それは何気ない日常だった。
昼寝から目が覚めて、枕元のスマホに手を伸ばす。
Mutubeの画面をスワイプしていくと、ふと目に止まる配信タイトルがあった。
聖女アリシャの礼拝チャンネル
登録者3261人……
同接2.7万人!?
配信タイトルは……なんだって??
「魔王城のてっぺんから飛んでみた」!?
「魔王、城……!?」
背筋にゾクリと寒気がした。
焦燥感に駆られるように、ワシは視聴ボタンをタップする。
コメント欄が、嵐のように流れて目で追えない。
ボカァドゴォォドドドドドォォォ!
と、けたたましい爆発音が鳴り響く。
『……こらアリスっ! 狭いダンジョン内で激しい魔法は禁物だと言ってるだろう!?』
『……はぁ、なによっ!
あれもダメこれもダメって……!
火の魔法も水魔法もダメなら、何を使えば良いってのよっ!』
『威力を加減しろって言ってんだっ!』
何やら言い争う男女の声。
男のほう声は、どこかで聞いた覚えがあるな。
ギェェェェ!!
男女に襲いかかるのは、無数のゴブリンだ。
群れをなして、次から次へと、二人の男女に飛び掛かる。
なんだコレは……? ダンジョンか?
いや、自然界のゴブリンなんて、大昔に絶滅したハズなのだ。
まさか、いや、そんなはずは……!
慌てて。配信のコメント欄に視線を落とす。
「ゴブリンきもすぎてワロタ」
「水魔法カッコよ」
「アリスちゃんニッコニコやん」
「聖女……??」
「初見です!」
「つーかなんで普通に攻撃魔法を使えてんの?」
「なにこれ今北産業」
「いい加減服着ろ」
「野生のゴブリン怖いな」
「トレンドから来ました。何これ?」
「グッロ」
「アリスちゃんって魔法スポーツ経験者?」
「勇者アレク復活→魔王城地下ダンジョン発見→vsゴブリン」
「まさか魔王城の地下にダンジョンがあるなんてな」
ん……?
魔王城の、地下に、ダンジョンだと?
ワシは……驚愕のあまり、目玉が飛び出そうだった。
「まさかここ、ワシの家の玄関か!?」
魔王城の地下。
ひとりぼっちの秘密基地にて。
あぁ。
これが最近有名な、迷惑系Mutuberという奴か。
とうとう辺境のワシの家にまで、不法侵入するヤツらが現れたのだ。
ドタドタドタ!!
ワシが歯噛みすると同時に、慌ただしい足音が階段を駆けて降りてきた。
「魔王さま! シリウスさまっ! 一大事ですっ!
我が家の地下一階より、侵入者が……!」
「あぁ、そのようだな……
どうやら、勇者アレクの封印が解かれたようだ……」
ワシは一転、ニヤリと笑った。
「いつも通り準備を始めろ。ちょうど退屈していた所だ」
★★★
「【
私、アリスは、今度は氷魔法を、ゴブリンにブッパナした。
「どう、氷魔法なら文句ない!?」
私はキレ気味にアレクに聞いた。
「あぁ悪くねぇっ 上出来だな!
……ウブへッッ!!」
殺されながらも、勇者アレクが、私に賛辞を返してくれる。
しかし、これはどうしたものか?
ゴブリン共め、倒れても倒れても、ゴキブリのように湧いてくる。
「私、さすがに疲れてきたんですけどっ!
いったい、いつになったら休めるのよっ!」
ギェェェェッ!!
三匹ゴブリンが、斧を私へと振り下ろす。
私は慌てて、スマホをタップした。
キィィィィン!
と耳障りな金属音が鳴り響き、スマホアプリ搭載の、携帯式防御魔法により、私はなんとか攻撃を弾いた。
「はぁっ、はぁっ……」
今のは危なかった。
「だから俺は、ゴブリンを舐めるなと言ったんだっ!
嬉々として群れに飛び込むなんて、いくらなんでも馬鹿げてるっ!
また自殺したいのかよっ!?
ダンジョン初心者かよお前はっ!?」
勇者アレクが、早口で私を責めたてた。
「ドがつくほどの初心者ですけどっ!? 何か文句でもありますかっ!?
言っとくけどっ! 今の時代に、ダンジョンなんて一つも残ってないんだからっ!
勇者アレクっ!
あんたが魔王を倒したせいで、この世界は平和な世界になっちゃったのよっ!
ふざっけんなっ!」
「はぁぁ!? 良い事じゃないか!?」
私は、怒りをゴブリンにぶつけていった。
しかし、疲弊しているのもたしかだった。
もう10分以上、絶え間のない戦闘を強いられていた。
「だいたい、魔王はまだ死んでねぇっての!
魔王はまだ、どこかで生きてるハズなんだが……
本当に今の世界は、平和なのか!?」
「え? 嘘! 魔王ってまだ生きてんの!?
この世界には、魔王のマの字もないけれど」
魔王が、まだ生きている?
私は、目を輝かせて喜んだ。
「もう満足しただろ! 逃げるぞアリスっ!
これ以上は
いっせーのーせで後ろに引いて、天井に向かって破壊魔法だ!」
「破壊魔法? そんな魔法知らないっ!
とにかく天井を壊せば良いんでしょ、まかせてよ!」
「よしいくぞアリス! せーのっ!」
勇者アレクの掛け声で、私は後ろに大きくジャンプした。
「【
私は、こっそり読んだ魔術禁書のなかで、
超級魔法と呼ばれていたものを、詠唱した。
使ったことはない。
必死に覚えて一度発動しようとして、威力が抑えられそうになくて、怖くてやめた記憶がある。
深夜に忍び込んだ図書館の地下室。もし大きな音を立てて誰かにバレていたならば、聖女学院退学だけでは済まなかったハズだ。
はじめて使う魔法。
しかし、超級魔法というくらいだ。
この天井を崩すことくらい、きっとできる、できるよね!?
ドッーー!!
目の前が、真っ白にトぶ。
私はとてつもないエネルギーが、身体を媒介として、手のひらから吐き出されていくのを感じていた。
私は、あまりの反動で、後ろに向かって吹き飛んでいた。
「……危ねぇっ!」
上も下もわからないまま、勇者アレクの叫び声が、どこからともなく聞こえた気がした。
★★★
「はぁ、はぁ……」
全身が、燃えるように熱かった。
頭のなかがボーッとする。
(アリス、アリス、大丈夫か……?)
もやがかかったように、アレクの声が反響していた。
「あれ……?」
私の唇から、声が漏れた。
口のなかが乾いている。
ゆっくりと目を開けると。
上から光が差し込んでいた。
「まったく、どこで覚えたんだよ……こんなとんでもない魔法……」
勇者アレクは、呆れたように空を見上げて、すがすがしく笑っていた。
え??
空の上から、パラパラと土埃が落ちてくる。
天井には、大きな風穴が開いていた。
深さは20歩ほどだろうか?
「この攻撃……まさか私がやったの?」
私は、直径50歩ほどにおよぶ破壊の跡を、なかば唖然と見つめていた。
「自覚なしか……この魔法を使ったのは初めてか? ひょっとするとお前、天才魔術師の卵かもしれないぞ……?」
「まじゅつ、し……」
私はアレクの言葉を反芻した。
引っ掛かるところがあったのだ。
「違う……私は、聖女だから……」
「ん?」
「私は、聖女アリスだから……」
言い聞かせるように、私は言った。
「いや、お前に聖女としての適正は、回復魔法の素質は……な……
いや、ん、んん……
……あんまり、そこそこくらいしかないと思うぞ……」
え……?
私は、彼の残酷な言葉に、半ば泣きそうになっていた。
「嘘だ……」
「はぁ?」
「嘘だぁっ、私は聖女なんだっ! 誰がなんと言おうと聖女なんだぁぁぁっ!!」
聖女は私の存在意義だ。
この世の絶望に打ちひしがれた私の、唯一残されたプライドであり、アイデンティティなのだ。
「私は、聖女アリスなんだぁぁぁぁぁっ!!」
ゴブリンの群れが、みな焼き尽くされた跡地にて、
私の慟哭が、ひどく虚しくこだましていた。
(続く)
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【告知】
この話にて、執筆ストックが尽きました。
明日以降、毎日更新は難しいかもしれません。
もう一つの連載作品とバランスを取りつつ、あまり焦らず無理せず、執筆を楽しみながら、投稿していきたいと思います。
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