アリスはついにダンジョンと出会う
それは、薄暗い空間だった。
どうやら私達は、地面を突き破って、地表の下の空間まで、落ちてきてしまったらしい。
地面がひんやりと冷たくて、
そして鼻につく血の匂いがした。
私の身体に押しつぶされて、勇者アレクは息絶えている。
しかし、私は、知っている。
勇者アレクは不死身なのだ。
小学校の授業ではじめてしったときは、なんて羨ましやつなんだと、心底憎たらしかった。
「いてて……」
彼は血を流しながら立ち上がった。
背中から貫かれた岩が抜けて、たたたくまに欠損部分が再生していく。
「ありがとうございました。バカな私を助けてくださって、ホントに感謝します……」
私は、痛い思いをして命を助けてくれた勇者に、心からの感謝を述べた。
「二度と、自ら死のうだなんて思うなよ。生きてりゃいつか必ずいいことがあるんだ」
「は、はい……そうですね」
私は頷いて、スマホに映る配信画面をみた。
同接、3800人、マジ?
「魔王城の地下きたーー!」
「勇者アレクカッコよすぎだろ!」
「俺達は今伝説のはじまりを目撃しているのかもしれない」
「治りかたグロすぎww」
「アリシャちゃん! 生きてりゃいいことあるよ」
「キッス、キッス!」
「男だけど惚れたわ」
あぁ、私、生きてて良かった……
胸いっぱいに、温かいものが満たされていくようだった。
「それにしても、なんでオレは若返ってるんだ? リスキルしすぎた副作用か?」
「確かに、教科書に乗ってる人なのに、写真と同じくらい若いですよね…… って、服! 服を着てくださいよ!」
飛び降り配信をするということで、最初から年齢制限タグをつけていたものの。
配信的にオッケーとはいえ、私がとてもじゃないけど耐えられないのだ。
「ハイシン……?って何だ? 食べ物か?
服を着ろって言われてもなぁ、着るものがないんだ。君からもらうわけにもいかない、困った……」
アレクは困ったように言った。
「アリシャちゃん照れてるやん」
「そのままおっぱじめてもいいんだぜ」
「エロ配信キボンヌ」
「ツンデレ最高!」
「アリアクてぇてぇ」
「分かるぜ、鍛えられた筋肉美最高だよな。」
「アクアレだろ」
コメント欄が一気に沸き立つ。
私はたまらず叫びだした。
「えぇい、だまれぃコメント欄の猿どもっ!」
「わわ、ななななんだ? 急に叫びだして……」
「あ、ごめ、なんでもないです……」
あぁ、そうか、もしかして。
勇者アレクは、スマホや配信のことについて、何にも知らないのかもしれない。
「……名前……君の名前を教えてくれないか?」
勇者アレクが、私の目を見て聞いてくる。
反射的に目を逸らしそうになるけれど、私は頑張って視線を戻した。
「私の、名前は、アリスです。そう、本名はアリス……」
「そうか、アリスか、改めてありがとう。オレをリスキル地獄から救ってくれて」
「はい、こちらこそ、ありがとうございます、勇者アレクさん」
ここで私は、はじめて彼を本名で呼んで。
「うおおおおおお!」
「激アツ!」
「アリスたん!」
「照れてて可愛い」
「アリシャ× アリス○」
「草」
「ほぼ本名やん」
「キスしろ」
「もう付き合っちまえよ」
「突きあえ突きあえ」
「だ、だまれ……こんな変態と付き合うとかありえないからっ!」
私はスマホの音声認識部分に向かって小声で囁いた。
まったくコイツらは何を楽しんでいるのだろうか?
同接を確認すると、1.1万という表記があった。
は? いちいちいち、1万!?
私はひっくり返りそうになった。
「危ないっ!!」
突然、アレクの迫真の叫び声がして、私は現実へと引き戻された。
アレクに突き飛ばされる私、目の前で血の爆発が起こる。
ギュォォオオオ!
そして、鼓膜を切り裂くような断末魔が、私の目の前から鳴り響いた。
かろうじて目を空けてみれば、そこにいたのは鎧を着た人形の化け物だった。
顔面には大きな牙、そこから白いよだれをだくだくと溢れさせている。身体は風船のように太っていて、緑にくすんで汚かった。
胸には勾玉の首飾りをつけて、腰を巻くのは藁の腰巻き、
私はこの生き物を知っていた。
生物の教科書で、あるいはモンスター園で、何度も見たことがあった。
「ゴブリン……!」
大勢で群れをなす、比較的知能の高い低級モンスター。
魔力の濃い場所、主にダンジョンに生息していた。たしか野生のゴブリンは絶滅していたハズである。
案の上、勇者アレクはゴブリンの斧で殺されて、すでに生き返っていた。
「まさか……こんな所にダンジョンがあるなんてなぁ。とにかく良い所に来た。その服、奪わせてもらうぞ!」
勇者アレクは、心底楽しそうに叫んだ。
ダンジョン……!
私は、心が飛び跳ねた。
それは、私が憧れていった場所。
私はずっと、小さい頃から、憧れの聖女になって、仲間といっしょに冒険をしたかった。
「よっしゃぁああ! ダンジョン来たーー!! 生きてて良かったぁあああ!」
私は意気揚々と、ゴブリンに向けて両手を構えた。
現代社会において、一般人の魔法の使用は固く禁止されている。
私は聖女の資格を持っていたから、リストラされるまでは、回復魔法を使用のみは許されたけれど。
他の魔法は、決して使うことが許されなかった。
スマホに搭載された術式魔法も、安全のために制限されたものばかりである。
でも、ここなら、ダンジョンの中ならば。
ダンジョンに潜る冒険者だけは例外として、すべての魔法の使用が許可されていたのだ。
まぁ、私が小さい頃にダンジョンはすべて踏破されて、冒険者なんて職業はなくなってしまっていたのだけど。
でも、ダンジョンはここにあった。
勇者アレクが言っているのだ。ここはダンジョンで間違いないだろう。
「【
私は意気揚々と、声高らかに、詠唱した。
学校図書館の地下に忍び込んで、魔術禁書を盗んでこっそりと覚えていた、火属性魔法。
ついに思いっきり放てる時が来たのだ!
私は、炎の塊を、ゴブリンめがけてぶっ放した。
ギィエエエエ!!
ゴブリンは、断末魔を上げて焼き尽くされていく。
あぁ、これなんだ。私の求めていた人生は。
私の冒険人生は、今ここからはじまるらしい。
私は感動のあまり、全身に鳥肌が立っていた。
「おいぃぃぃ、服が燃えちまうじゃないかぁああ!!」
「あ……」
アレクの言葉に私はハッとなって、魔法を止めたがもう遅かった。
ゴブリンの身体は黒焦げになっており、服や鎧は見る影もなく融解して消滅してしまっていた。
どうやら全裸勇者の地獄絵図は、もう少しだけ終わらないらしい。
(続く)
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