出会いは空飛びバズりたり

 

 なんなんだこの変態は!


 私の勇者アレクに対する第一印象は、お世辞にも良いものとは言えなかった。

 おっぱいをしゃぶらせてくださいだと? ふざけんなこの残念イケメン!

 身体を売るくらいなら死んだほうがマシだ。その覚悟で私は、旧魔王城へ、立入禁止区域へと足を踏み入れてきたのだ。


「では失礼します! さ・よ・う・な・らっ! もう二度と会うことはないでしょう!」


 私は変態イケメンに怒りをぶつけて、ずたずたと大股でベランダへと歩いていく。


「待て、待ってくれ! 今のは悪かった! 助けてくれてありがとう。せめて名前だけでも教えて……」


「名乗るほどのものではござぁせん!」


 私は振り向くことなくベランダへと向かう。

 空は青く晴れていた。

 魔王城のてっぺんでは、窓からびゅうびゅうと気持ちの良い風邪が吹き込んでいた。

 見渡す限りの緑のジャングル。

 そして私は今は、今だけは……まるで絵本のなかの世界にいるような気分だった。

 誰もいない大自然のなかに、ぽつりと建った魔王城。

 私は、城のなかにひとり囚われた、まるで異世界物語のお姫様になったようだった。


「ちょ、待てよ。 出口は反対側だぞ? お嬢さん?」


 黙れっ……

 心底殺意が湧いた。

 一人きりだ。一人きりのはずだった。

 私が最後に自由になれる。私だけの楽園、だったはずなのに。

 なんで一緒に変態がいる?


「私のことはほっておいてください! 早くあなたは回れ右! 後ろに下がって女漁りでもしてきてください!」


「そうはいかない。ここのベランダは腐敗してる、落ちる危険がある。景色を楽しもうだなんて真似はやめたほうがいい!」


「あぁもう! 飛び降りるんですよ! じ・さ・つ・です! どうしてわからないんですかっ?」


 私は。肺が張り裂けそうなほどに叫んだ。

 あれ? おかしいな。どうしてだろう。

 胸がずきずきと痛い……

 それに、どうして私は、泣いているのだろう?


「なんだって!?」


 変態男が、信じられないという声で語気を強めた。

 

 ……覚悟は決めたはずだ。

 私はここから飛び降りて、伝説になるんだろう?


「あぁもう最悪っ! 生まれてから今日まで全部最悪っ! こんなことなら生まれてこなけりゃよかった! 人類みんな魔王に殺されれば良かったのにっ!」


 私は、涙でぐちゃぐちゃになりながら、スマホに向かって声を届けた。

 誰も聞いていないであろう。平均同接0.4人の私の配信。


「……待てっ! 考え直すんだ君っ! そりゃ生きてりゃ辛いこともあるだろうが、楽しいこともたくさんあるはずだ!」


 変態男が、血相を変えて飛び込んでくる。

 あぁもう最悪、◯ねよ。助けにくんじゃねぇ。

 絶望に浸る余韻すら、私には与えてもらえないのか?

 勇者のお前に何が分かる。

 お前が本当に勇者アレクだとして、お前が魔王を倒したせいで、私の人生はめちゃくちゃだ。

 私は聖女になりたかった。いっぱい冒険がしたかった。

 こんなで平和で退屈で、非情で残酷な世界になんて、生まれてこなけりゃ良かったのに。

 

「……さようなら、クソみたいな世界」


 私は意を決して、空へと飛んだ。

 あぁ、私は自由なのだと。

 恐怖の向こう側、満面の笑みが、私の表情をいっぱいにした。


 

 私は重力に捕まった。

 重力加速度、9.8メートル毎秒毎秒。


 私の心臓は、悪魔に掴まれたようにふわりと浮かび、私は地獄の穴へと引きずり込まれていった。


「あ、はは……あぁ」


 声にならない、引きつったような笑い声。

 私は、なんとはなしに、右手に掴んだスマホを見た。

 今から死ぬというのに、最後までスマホを見てしまう。

 現代人として24年間を生きていて、身についてしまった習性が、私にはひどく憎らしかった。


 え?


 私は、信じられないと目を疑った。

 同接数、1300人?

 私の配信画面は、数々のコメントで溢れかえっていた。

 今までの活動期間で、たった3つしか貰ったことのない、私に対する配信コメント。


 「ほ」「可愛いですね」「はだかみせて」

 

 クソみたいなコメントしか貰ったことのない。私の配信が。


「やめろぉぉ」「考え直せ!」「これマジのやつ?」「コメント見て!!」


 ……たくさんの人のコメントに埋め尽くされていた。


 ……あれ?

 なんで、私……?


 目尻から、別の涙が溢れ出してくる。


 死にたく、ない……




「うぉぉぉぉぉおおおおお!!!」


 変態の雄叫びが聞こえたのは、突然だった。

 温かい手で、抱きしめられたと思ったら、

 次の瞬間、私は空へと蹴り飛ばされた。


 お腹に吐き出しそうな痛みがして、視界が真っ白に消えてしまう。


 また次の瞬間、視界が戻った。

 私は、ふわりと地面に浮いていた。

 落ちていたはずなのに、空中に静止していたのだ。


 また、重力が加速する。

 落ちる。落ちる。落ちていく。


 ボゴォォ!!


 真下の地面から、爆発の音がした。

 その方向を見れば、彼がいた。

 勇者アレク。

 彼は地面を蹴り上げて、私の方へと飛び上がっているようだった。


 彼の勢いは重力に捕まって減速し、逆に私は加速する。

 それがちょうどいいくらいになって、私は彼に抱きとめられた。


 あたたかい。

 彼の胸のなかには、すごく大きな安心感があった。

 血生臭くて、汚くて、変態で。

 でも彼は確かに勇者なのだと、私は確信に至っていた。


「もう一回、蹴り上げるぞ」

 

 地面に衝突する刹那、彼は優しい声で囁いた。


 もう一度。宙を舞う。

 そして、私は彼の下敷きになるようにして、ぐしゃりと地面に激突した。



(続く)


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