リスキラレ勇者(2)


 魔王戦は苛烈を極めた。

 オレが肉の壁となりながら、他のメンバーが遠くから攻撃する。

 しかし、魔王は遠距離攻撃に優れていた。

 安全な場所など存在しない。

 最初こそ善戦していたものの、最後の決定打に欠け、戦いは長期戦へと雪崩れ込んだ。

 ここまでの戦いの精神的・肉体的疲労に加えて、休む間もない全力戦闘。


 不死身のオレはともかく、他の三人は10分もたたないうちにクタクタに疲弊していた。

 まず限界がきたのは、斧使いのダーマだった。

 彼の巨大な斧は、長期戦を戦い抜くには重すぎたのだ。


 一瞬の油断を突かれ、魔王の魔法が直撃する。

 ダーマは壁まで吹き飛ばされて、血を吐き出して、動けなくなった。

 

「ダーマっ!」


 聖女ミナが血相を変えてダーマに駆けつけた。

 

「嘘……嘘だ……」


 魔術師サクヤが、虚な目を、ダーマに向けていた。


「いや、嘘よ……いかないで……」


 激しい動揺で、集中力を欠いてしまった、黒髪お姉さん魔術師サクヤ。

 

 その明らかなる隙を、魔王が見逃すはずもなく。


「サクヤ! 逃げろっ!」


 オレの叫びも虚しく、サクヤは魔王の剣で身体を真っ二つにされて、即死した。


「いやぁあぁぁあぁぁ!!」


 ミナの絶叫が鼓膜を大きく震わせた。

 くそ、くそが、こんちくしょう!

 オレはミナだけは、守らなくちゃいけない。

 しかしこの絶望的な状況。

 ミナとオレの二人きりで、どうコイツを倒せば良いのか?

 

「魔術師が死んだ今、ワシの勝利は確定した。

 この毒魔法を防げるものは、もうこの場にはいなくなったということだ!」


 魔王シリウスは高笑いをし、身体から紫色の光を発光しはじめる。

 毒だと?

 聖女のミサは解毒は専門外だ。

 今ここで毒を喰らえば、確実にパーティメンバーは全滅してしまう。

 オレ以外。


 何か良い案はないか?

 たった一瞬。

 頭がはち切れそうなほど思考を巡らせたオレは、たった一つの案を思いついた。

 

「ミナ、封印だ! 封印の呪文を唱えるんだ!」


「……え?」


「覚えているだろ? 王都を出発する前に覚えたアレだよアレ!」


「アレって何よ? 分かんないっ!」


「オレの付けてる首輪だよ! 冒険初期のころ、よくお前がイタズラで脅してきたじゃないか!」


 ミナは訝しげに目を細めたあと、信じられないと目を見開いた。


「アレク? あなたまさか!」


 そうだ。封印の指輪。

 オレがまだ化け物として恐れられていた頃、どうしても暴走が止められなくなった時のために、

 オレ以外の勇者メンバーには、オレを封印するための呪文が授けられていたのだ。

 一度発動すれば、解除は不可能。

 首輪に触れている対象を、直径七歩程度の魔法陣に閉じ込める機構。

 封印内部では魔法が使えない。いくら魔王といえども脱出は不可能のハズだ。


「……そんなっ、嫌だよアレク。一緒に帰ろうって約束……」


「オレのタイミングに合わせろ! そしてダーマを連れて逃げるんだっ!」


 オレは叫んで、魔王シリウスにカエルのように抱きついた。

 首輪が魔王の身体に触れるくらい。強く強く魔王の身体を抱きしめた。

 最悪の気分だった。


「魔塵波!」


「ラタナ、ブラナ、ジグ、ソリテ!」


 魔王が毒魔法を放つのと、ミサが呪文を唱えるのは、ほとんど同時だった。


「ミナぁぁ!! 好きだぁぁ! 愛してるぅぅぅ!!」


 少し遅れて、オレはありったけの声で愛を叫んだ。


 周囲が毒の大気に包まれて、オレは血を吐きながら倒れ込んだ。

 また生き返っては毒で死ぬ。

 封印魔法陣のなかで、魔王とオレの二人きり。

 最後の告白の言葉は、ちゃんとミナに届いただろうか?

 ミナは毒から逃げることが出来たのだろうか?

 分からない。

 かくして、オレと魔王シリウスの奇妙な同棲生活が始まった。


 あぁ、懐かしい。思い出すたびにすぐ涙が込み上げてくる。

 あれから30年以上が過ぎ。

 オレは少なくとも、50才を過ぎていた。

 


 

 

 


【そして、さらに10年後】


「フハッ、フハハハハァァァッ!!

 やったぞぉぉ!! ついにワシは成し遂げたのだぁぁあぁっ!!」


 魔王が数十年ぶりに、歓喜に極まれし大声を上げた。

 長らく屍のようにぼーっとしていたオレも、流石にハッと驚いて、まじまじと魔王を見た。


「どうしたシリウス?」


「ガハッ、ガハハァ?! 知りたいかアレク! 知りたいだろう!

 ……長かった、だが諦めなければ何とかなるものだなぁ!

 苦節40年、ワシはついに、封印魔法を打ち破りたり!!」


 そう宣言した瞬間。

 オレと魔王を囲んでいた忌まわしき青い魔法陣が、跡形もなく霧散したのだ。


「なっ、なにィィィィ!!??」


 声をあげて驚いた。

 自然とオレの目から涙が溢れる。


「ついに、やったのかシリウス! 良かったなぁ! これでオレたちは晴れて自由だ!」


 オレは歓喜極まって、魔王と抱き合おうとした。

 しかし。


 ズバァァァァァン!!


 魔王の一振りにより、オレは胴体を真っ二つに切り裂かれた。


「自由だと? ふざけるなよアルクゥ! この封印は元々お前らが原因だろうが!?

 ふふ、楽しみにしていろ勇者アルク……

 貴様にはとっておきの地獄を用意してやる」


 勇者……

 懐かしいその響きに、オレはハッと思い出した。

 そうだった。オレは勇者で、コイツが魔王。

 ……ずっと一緒に暮らして、最近は親友どころか夫婦なのかもしれないと勘違いし始めていたけれど。

 俺たちはもともと相容れぬ存在。

 戦う宿命にあるもの同士だった。


「ふふ、名残惜しいが、さらばだ勇者アレクよ。

 ワシは再び、人類を滅ぼす準備を始めることにするさ」


 魔王シリウスはそう言って、オレの首根っこを掴んで上げた。


「待て……許さないぞ…… この世界を、お前の好きには……」


 また斬られた。

 魔王は歓喜の喜びのごとく、魔剣を振り回して狂気乱舞し、

 そのたびにオレの身体は切り裂かれて、殺されて、蘇っていく。


 そしてオレは、処刑台に磔にされた。

 そして、歯車が回転する。

 対に取り付けられた2本の剣が、交互にオレの体を縦に切り裂いていく。

 

 魔王がオレに残した置き土産は、絶え間なくオレを刻み続ける回転式リスキル装置だった。


 痛みや苦しみは、今までとは比べものにならなかった。

 休む暇も与えられず、眠ることすら許されない。

 一秒あたり五回。

 斬られて蘇ってまた斬られる。

 それが、途方もない時間続いていたのだ。


 あれからどれだけの時が経っただろう?


 そんな時、オレは救世主に出会った。

 魔王城に、謎のテンションで入ってきた桃色の髪の女の子は……

 聖女アリスは、オレをリスキル地獄から解放してくれたのだった。


 100億年ぶりの女の子の匂い。

 アリスという天使のような女神様は、顔立ちも整っていて、おっぱいのほうは、記憶の中のミサの胸に、負けず劣らずの巨乳だった。


 だから、仕方ないだろう。

 オレが歓喜のあまり、何を血迷ったのか、とんでもない失言をしてしまうことは。


「おっぱいをしゃぶらせてください」


「は………?」


 オレの欲望まみれのセリフに、目の前の少女は、ぽかんと正気が抜けたように口を開けた。


「私のときめきを返せよ残念イケメン」


 至極真顔で、彼女は言った。




(続く)


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