リスキラレ勇者(1)
また、今日も、頭の上から巨大な剣が降ってくる。
「ズバァァァァン」
「ぎゃぁぁぁぁぁあああ!!」
漆黒の刀身。
刃渡り3メートルの伝説の剣によって、オレの身体は見るも無残に血しぶきを上げた。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
オレの泣き叫ぶ声を聞いて、オレを殺した張本人は、つまらなそうにフンと鼻を鳴らした。
彼はこれを暇つぶしだという。
魔法が使えない結界魔法陣の中にて、
二人きりで閉じ込められたオレと彼。
食べるものもない。読むものもない。
しかも男同士だからむさ苦しいったらありゃしない。
せめてこいつが女だったら良かったのに。
何の娯楽も存在しえない、この封印魔法陣のなかで、コイツに残された娯楽は、オレを暇つぶしに殺すことぐらいだった。
身体が再生していき、切断面が接合していく。
ふたつに分かれた身体がひとつになり、
オレ一瞬のうちに生き返った。
オレは何度でも蘇る。
オレは不死身体質らしい。
子供の頃、初めて死ぬまで気がつかなかったが、
占い師曰く、生まれるときに受けた強力な呪いの一種であるという。
ゆえにオレは、勇者に選ばれた。
「もういい加減死にてえよ。なんとかオレを殺してくれよ……
まったく魔王の名が泣くぜ……?」
オレは、長年苦楽を共にした魔王に、切なる願いを吐露した。
18才の頃より、魔王城にて、魔王とのシェアルームがスタートしてから、少なくとも30年は経っている。
昔はイケメンでモテモテだったクールでナイスガイなオレも、髭の生えた50代のおっさんになってしまった。
直径7歩程度の封印魔法陣のなかに、黒ずくめの魔王と二人きり。
この30年、ご飯も食べることができず、お風呂に入ることもできず、女の子をお目にかかることもない。
50代童貞男。もはや結婚は難しいだろう。
そして死ぬこともできないのだ。
なんという生き地獄。
こんなオレが死にたいと思うことは間違っているだろうか?
「ふはは、何を言うかアレク」
魔王シリウスがオレの名を呼ぶ。
「貴様はあと100年もしないうちに、寿命で死ねるではないか!?
羨ましいものだ。ワシは不老ぞ? 寿命は永遠に尽きることはない」
魔王は泣きそうな顔で言った。
そんな魔王にオレは少なからず同情している。
勇者が不死身で、魔王が不老。
オレは寿命が来れば成仏できるけれど(たぶん)(できるよな?)
魔王に寿命は存在しない、永遠にここに閉じ込められる可能性だってある。
「誰か助けに来てくれないかなぁ、女の子、エチエチでキュートな女の子……」
「フン、何度聞いても人間の感覚は理解できぬ。人間のメスのどこが良いのか? オスもメスも同じ猿ではないか?」
こんな野郎の前で、堂々と性欲を発散するわけにもいかないし。
あぁ、せめて死ぬ前に一目女の子に会いたいよ。
せめて、女の子の匂いだけでもいい。嗅ぎたい。
キスだってしたことないんだ。
せめて、もう一度だけ、ミナに会いたい。
当時16才だった彼女は、今はオレと同じく50才近いのだろうか?
オレは彼女が好きだった。
魔王を倒した暁には、告白して結婚したいと思ってたんだ。
彼女は既に、他の男と結ばれて家庭を築いているのだろうか?
嫌だ。許せない。ミナが他の男のものになるなんて。
ミナがどこの馬の骨とも知らない奴に抱かれるなんて、想像しただけで吐き気がする。
でも、この年齢になっても独身というのも寂しいから。
どうかミナには、幸せに生きていてほしいと願った。
魔王と勇者が封印された後の世界で。
それがどんなものなのか、オレには想像すらできないけれど。
まるで天国みたいな、幸せで安全な世界になったと信じている。
もう随分と昔のように思える。
聖女ミナ、戦斧のダーマ、重戦士シルク、魔導士サクヤ
そしてオレ、勇者アレクの五人からなる勇者パーティで過ごした五年間は……オレの楽しかった思い出の大部分を閉めていた。
五人の中で、オレの戦闘能力は最弱だった。
勇者というのは聞こえはいいが、その実態は「最も勇気のある者」という意味であり、
オレの役割は命を投げ打ち、一人きりで先陣を切り、モンスターに殺されることだった。
まずオレが敵に突撃し惨殺され上がる悲鳴が、戦闘開始のホイッスルだった。
オレに勇気があるって、冗談じゃないぜ。
オレは世界一の臆病者だ。
痛いもの大嫌いだ。
いくらオレが不死身といっても、死ぬのはいつも恐ろしかった。
でも、オレには戦う理由があった。
聖女ミナ。
オレより二才年下の、黄金色の長髪で巨乳な女の子だ。
回復魔法の天才の彼女の美貌に、若かりしオレはどうしようもなく恋焦がれていたのだ。
ミナちゃんにカッコいい所を見せたくて、オレは満面の笑みを作ってダブルピースしながら死地へと飛び込んだものだった。
「……本当にあなたは、どうしようもない雑魚ね……」
戦闘中、聖女ミナは、ため息を吐きながらもよくオレに回復魔法をかけてくれていた。
回復魔法なんて無くても、オレの身体は勝手に再生されるというのに。
痛みを少しでも和らげようと、暖かい治癒の光でオレの身体を包んでくれるのだった。
「あぁ、うぅ。気持ちいいよミナ、わざわざオレのためにありがとな」
「はぁ? キモっ。ばっかじゃないの?
別にアンタのためとかじゃないし。
早く戦線復帰してもらうためだから!
勘違いすんなしっ!」
ミナは顔を赤くしてぷんすかとオレを叱りつけた。
「あぁ、オレ。ミナのお陰でまだ戦えるよ。
でもミナ、もう一つだけお願いだ。
『頑張れ! 頑張れ!』って、オレの耳元で囁いてくれないか?
そしたらオレ、元気100倍だから!
魔王とか小指で一捻りだからっ!」
「はぁ、ふざけんなしっ!
誰がそんなこと言うもんかっ!
あーもうっ! 分かったわ! 仕方なくだからねっ!
しょうがないから、言ってあげるわ。
ほら……
……がんばれ♡、がんばれアレク♡……
………ッッ!」
あの時の吐息の感触は、今でも耳元で鮮明に覚えている。
「うぉぉぉおおおっ!! 元気1億倍じゃぁぁああ!」
「なに言わせてんだバカぁぁっ!!」
オレは飛び起きて、モンスターに突撃した。
そしてまた、殴打され瞬殺されるのであった。
そんなオレ達の冒険も、最後の戦いを迎えることになる。
魔王城。
ついに魔王の住む根城に到着したオレ達は、大量の魔族と対峙することになった。
道中、戦士シルクが四天王スピカに惨殺された。
この時が、勇者パーティ結成以来、初めてのメンバーの戦死となった。
オレを除いては。
「行こう皆、死んでしまったシルクのためにも、オレたちは魔王を倒さなくちゃいけない」
悲しみに明け暮れる三人を、オレは懸命に奮い立たせた。
「私……もう戦えないよっ! ……死にたくないの……怖くてたまらない。
足が震えて、まともに立ち上がれないの……」
特にミナの動揺っぷりは酷く、恐怖に染まった顔でうなだれ、涙を溢れさせながらガタガタと身体を震わせていた。
そんなミナの震える背中を、オレは後ろから抱きしめた。
「……大丈夫だミナ。もう誰も死なせない。オレが必ず皆を守るから」
「アンタは、良いわよ……
死んでも生き返るんだから……
でも私たちは普通の人間だから、アンタとは違っ……
あっ! ……ごめっ……今のは違うのっ
……ッッ!」
オレが子供の頃、周囲の人達から化け物だと嫌悪されて、虐められ、迫害されたという話を思い出したのだろう。
ミナは申し訳なさそうに口をつぐみ、不安そうな涙目をオレに向けてきた。
「……あぁ、そうだ。死ぬのはオレだけで充分だ。
ミナの事はオレが絶対に守るから……
ねぇミナ。
もしも魔王を倒した暁には、キミに伝えたいことがあるんだ。
一生に一度のお願いだ。
本当だぜ? 実は三回目とかじゃないんだからからな!」
「あはははっ、あるあるだよね。
一生のお願いとか言って、何度も何度も使っちゃうやつ」
ミナが、赤くほてった顔でケラケラと笑い転げた。
「約束だよ? アレク。
……魔王を倒した後で、絶対その話聞かせてよ?
くだらない話だったら、ほんと許さないからっ!」
「あぁ、もちろんだ。……行こう……」
ミナはオレの手をとり、涙を拭って立ち上がった。
ミナの手のひらはもう、恐怖で震えてはいなかった。
斧使いダーマと魔導士サクヤが手を繋ぎながら、微笑ましい目でオレたちを眺めていた。
オレはもう、誰も死なせない。
強く決意したオレは、先陣を切って、魔王上最上階へと駆け上がるのだった。
(続く)
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